忘れ物
「おっ」
ふいに奈緒が声を上げる。
「レベルアップだ」
「やりましたね! おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。さっき、ブラックウルフの群れを相手にしていた時も結構レベルが上がったが、まさかまた、ゴブリンを数匹倒すだけでレベルが上がるとは思わなかった。次のレベルの直前にまで経験値が貯まっていたのかな」
そう言って、奈緒は恥ずかしそうな顔で笑った。
その笑顔に、明は一つ頷くと声を掛ける。
「今、レベルはどのくらいになりました?」
「今は……20だな」
何もない空中を見つめながら奈緒は言った。
どうやら、病院での襲撃の際に、格上のブラックウルフを相手に初級魔法を撃ちこみ、さらには明が弱らせたところでトドメを刺していたのが大きかったのだろう。
この短時間で想像以上にレベルを上げていた奈緒に、明は笑みを浮かべる。
「この調子でどんどんレベルを上げましょう。奈緒さんが相手出来ないモンスターが出れば、ソイツは俺が相手します」
言いながら、明は屍へと変わったゴブリンから石斧を奪う。
あの繰り返しの中で、現実の武器はどれも貧弱だということが分かりきっている。おそらくはモンスターの耐久値の高さが影響しているのだろう。大したダメージも与えられずすぐに壊れてしまう現実の武器よりかは、耐久性のあるモンスターの持ち物を奪い、それを武器として使ったほうがまだ使いやすいことを、明はもうすでに理解していた。
「分かった。よろしく」
と、奈緒が明の言葉に頷き、明達はさっそくレベリング作業に取り掛かった。
適当に街を歩き回って、明達は優先的にカニバルプラントを探す。
その間にも出会うモンスターはきっちりと経験値へと変えて、レベルの足しにしていく。
ゴブリンならば奈緒一人でもどうにかなると言うので、明は奈緒のフォローを。
カニバルプラントは当初の予定通り、その攻撃範囲外から、奈緒の魔法による一方的な攻撃を。
キラービーやボアは明が弱らせてから奈緒がトドメを刺し、グレイウルフやブラックウルフに関しては、明が全て相手をした。
そうして、明達が黙々とレベリングに励んでいた時だ。
「――――くっそ、またか」
明が手にした石斧を振るって、まるで親の敵でも目にしたかのように、やたらと襲い掛かってくるブラックウルフを打ちのめしたその瞬間。ゴブリンから奪った石斧はボキリと半ばから折れてしまった。
(これで折れた石斧は三本目……。俺のレベルとステータスが上がってから、ゴブリンの武器もすぐに壊れるようになってきてるな)
ちなみに言えば、街中で拾った金属バット――おそらく、誰かがモンスターを相手に使っていたのだろう。どす黒い血痕と共に、そのバットはボコボコに凹んでいた――を一度使ってはみたが、強化されたモンスター相手には全く歯が立たず、半ばからへし折れてしまっている。
明は折れた石斧の柄を手に持つと、その折れた先端をブラックウルフの喉元へと全力で突き刺し、確実にその息の根を止めた。
飛び散った返り血を拭い立ち上がると、離れた場所で戦闘を見守っていた奈緒が声を掛けてくる。
「なんだ? また折れたのか?」
「……ええ。武器がどれも柔すぎます。前はまともに使えていたゴブリンの石斧でさえも、今じゃ数回使えばあっという間に棒切れですよ」
言って、明は大きなため息を吐き出した。
「やっぱり、手で殴るのが一番早いみたいですね」
「……まあ、お前の筋力が高すぎるせいで、そこらの武器じゃ耐え切れないってのは、確かだろうな」
「ですね……。どこかに、頑丈な武器でもあれば――――」
と、明が呟いたその時だ。
ふと、明はその武器の存在のことを思い出した。
「――――そうだ。斧、斧ですよ! アレならきっと、俺の筋力で振り回しても大丈夫なはず!!」
「アレ?」
と、奈緒は明の言葉に首を傾げた。
明はそんな奈緒へと視線を向けると、思い出したその武器の存在を伝えた。
「ミノタウロスの斧です! アイツの筋力で振り回しても折れなかったんだ。アレなら、俺が振り回してもそう簡単に壊れないはずですよ!」
「……なるほど。たしかに、それもそうだな」
奈緒は明の言葉に頷いた。
けどすぐに、その顔に疑問を浮かべると首を傾げて見せる。
「だが、あれからもう三日も経っている。まだあの場所に残っているものか?」
「たぶん、問題ないはずです。あの武器はそう簡単に持ち上げられるものじゃないし、持っていくことは出来ないと思います」
あの斧は、筋力が70を超えた当時の明が手に持つのがやっとの、とてつもなく重たいものだった。
逆に言えばそれだけの筋力さえあれば、誰だって持つことが出来るのだが、この二日間でそこまで筋力値を上げることが出来る奴なんて居るはずがない。
数人がかりならば斧を運び出すことぐらいは出来るかもしれないが、そんなことをしていれば、モンスターの格好の的だろう。
「まずは一度、そこに行ってみましょう」
「……そうだな。一度、行ってみるか」
明の言葉に奈緒が同意して、さっそくその場所へと向かう事にした。




