変化した街
軽部と別れた明は、奈緒を伴って病院を出た。
軽部は、明が出て行くことを告げると何も言わずに頷き、「お願いします」とただ一言だけ呟いた。
意外だったのは、奈緒も付いて行くと言った時の軽部の反応だった。
軽部は、驚いたように目を見開くと、奈緒も一緒に付いて行く必要があるのかと問いかけていたのが、明には妙に印象的だった。
明たちは夜闇の中を静かに歩き、当初の予定通りカニバルプラントを探すため、モンスターがあふれた世界を彷徨い出す。
そうしながらも、明は奈緒に向けて口を開いた。
「軽部さんは多分、奈緒さんも一緒に残って欲しかったんでしょうね」
「だろうな。残った戦力を考えても、私が出て行くと、かなりしんどいだろうし」
「いや、そうじゃなくて」
「違うのか?」
不思議そうに奈緒は言った。
その顔を見つめながら、明は小さくため息を吐き出す。
(……多分だけど、あれってきっと、気があったんだろうなぁ)
吊り橋効果とでも言うべきだろうか。
モンスターが現れ、いつ死ぬとも分からない世界だからこそ、軽部はきっと、奈緒に対してそういう感情を持っていたのだろうと明は考えた。
(まあ、本人は全く気が付いてないみたいだけど。この手の話題に鈍感なのも、昔からだな)
一つ息を吐き出すと、そんなことを考える。
それから、奈緒の太股に寄り添う物体へと目を向けると、問いかけるように言った。
「それと、ずっと気になってはいたんですが。ソレは、本当に魔法を発動させるのに必要だったんですか? 奈緒さんの性格上、確かに杖を振るって魔法を発動させないだろうとは思いますけど、魔法を発動させる方向を決めることさえ出来れば、何でも良いんですよね? わざわざ実銃を使う必要なんてあったんですか?」
「……いや。正直、魔法を発動させるために、これを使う必要ないな」
奈緒は、明の言葉にはっきりとそう言った。
「それなら、どうしてそれを使おうだなんて?」
「自衛のため、といえば分かりやすいか? モンスターが現れて、世界がパニックに陥って、法も秩序もなくなったに等しいだろ? レベルという概念が出てきてるし、これから、何かしらの良からぬことを企むヤツも出てくると思う。……一応、私も女だからな。襲われた時に、これを構えてやれば少しはビビるだろ? それで、隙が出来ればいいなって思って」
その言葉に、明はなるほど、と小さく頷く。
確かに、銃を向けられれば誰だってビビる。
奈緒の言うように、モンスターが現れたこの世界で、これまでの法や秩序が保たれるとは考えにくい。物資の取り合いで殺人を犯す奴も出てくるだろうし、自らの欲を満たすためなら、他人を襲うことを厭わない人間も出てくるだろう。
「だから、そのために軽部さんから貰ったと?」
「まあ、それも貰ったというより、なし崩し的に私が弾のない実銃を持つことを認めさせたって感じだけどな。軽部さんにも拒否されたし、ずっと渋っていたけど、最後には魔法を放つためならって言って諦めてたよ」
そう言って、奈緒は一度言葉を区切ると、ホルスターにぶら下がったソレをそっと撫でた。
「私としては、世界がこんなことになってから、自分の身を守るためにも銃が欲しいと思ってたんだ。最初、モデルガンでもあれば、と考えていたんだが……。案の定、手に入らなくてな。それから、目を付けたのが――――」
「実銃だった、と」
呆れるように、明はため息を吐き出した。
奈緒は、明の言葉に真面目な顔で頷くと、さらに言葉を続けた。
「そう。襲われた時に隙を作ることが目的だったから、弾のあるなしは拘らなかった。どうせ、モンスター相手には銃なんて効かないしな。初級魔法を取得したのも、その発動に道具が必要だって言えば銃を手に入れることが出来るかな、って思ってのことだったから……。正直、上手くいったよ」
奈緒はそう言うと、悪戯が成功した子供のようにニヤリとした笑みを浮かべた。
そんな会話をしながら夜闇の中を歩いていると、明たちは市街地の中心へと辿り着く。
三日ぶりに足を踏み入れた街は、大きな変化を遂げていた。
蜘蛛の巣のように街に張り巡らされていた送電線は、へし折れた電柱と共にだらりとその黒い糸をアスファルト舗装に垂らしているし、この三日の間にそこかしこでモンスターが暴れたのか、街の路地はところどころ陥没していて、非常に歩きづらいものへとなっていた。
「こういう地面やへし折れた電柱は大抵、ボアっていうイノシシのモンスターが暴れた跡なんだ」
と、そう言いながら、奈緒は歩き慣れた様子で街の中を進んでいく。
「モンスターが現れて、酷いものだよ。……ほら、あそこ。見える? あのスーパーは、初日の夕方に火事場泥棒――もとい、生き残った人達の間で食料の争奪戦が起きて、中の物が全部持っていかれてた。あそこのコンビニは、初日の夜には大学生たちが占拠してたな。……今はもう、居ないみたいだけど」
中の物を全て漁られ、使えそうなものは全て持ち去られた店舗の数々。
持ち主が居なくなった路上の放置車はゴブリンの寝床へと変わり、住宅街の中にある小さな公園には我が物顔で居座るグレイウルフやブラックウルフの姿をよく見かけた。
時には大型車でも突っ込んだかのように、一階部分に大きな穴の空いた雑居ビルも存在していて、そういった場所では巣穴のつもりなのか、子連れのボアがのんびりとした様子で身体を休めている姿をよく見かけた。
たった三日で、人々の街は完全にモンスターの街へと姿を変えていたのだ。
「こいつら、倒しても倒してもキリがないんだ。まるで、倒した数だけこの世界に現れてきているような、そんな気がする」
そう言って、奈緒は路地から飛び出してきたゴブリンに銃口を向けると、ショックアローを発動させる。
ゴブリンの右肩に突き刺さった矢は瞬時に弾けて、ゴブリンの右腕を吹き飛ばした。
「確かに、俺もあの繰り返しの最中、レベリングの相手には苦労しませんでしたね。何せ、いつまで経っても数が減らないんですから。それどころか、時間が経つにつれて出現する数が多くなってたし」
言いながら、明は奈緒の魔法で右腕が吹き飛んだゴブリンに向けて放った蹴りは、一息にその命を刈り取った。
「さすが、手慣れてるな」
その様子を見ていた奈緒が言った。
「まあ、これまで何百と相手をしてきたモンスターですからね」
と明はそう言って肩をすくませた。
「そう言う奈緒さんも、モンスターを殺すことに手慣れてますよね。ブラックウルフに向けて、バンバン魔法を撃ってたし」
「この世界にモンスターが現れて、何日目だと思ってる。確かに、モンスターを殺した最初の頃は、戦闘が終わってからしばらくの間、手が震えたし夜も眠れなかったけど、さすがにもう慣れたよ」
「……今さらですけど。死に戻ったことで〝死〟を体験した今、モンスターが怖くないんですか?」
「……怖いさ。でもな」
奈緒はそう呟くと、銃口を正面へと向けた。
「この世界での私たちは弱者だ。生きるため必死にならなければ、あっという間に死んでしまう。それが改めて分かったから、怖いなんて思ってる暇はなかった」
言って、奈緒はショックアローを発動させた。
衝撃は数メートル先に居たゴブリンを襲い、ゴブリンの意識を奪う。
地面に倒れたゴブリンへと、奈緒は再び銃口を向けると、魔法を発動させてトドメを刺した。




