バタフライ効果
時間を掛けて、死に戻りの混乱から落ち着きを取り戻した奈緒は、ぽつぽつと言葉を漏らし始めた。
「反転率が3%を超えた時のことだ。私は、どうも落ち着かなくて、正面玄関の前に出てタバコを吸っていた。……そこに、軽部さんが来たんだ。私たちは取り留めのない話をして、別れようとしたときに、アイツがやって来た」
「……あいつ?」
「ブラックウルフだよ」
その言葉に、明はなるほど、と息を吐く。
ブラックウルフはこの街でも上位に入るモンスターだ。加えて、ステータス項目の中でも速度値がかなり高い。
未強化状態でも、身体強化Lv2に上げなければ相手に出来なかったモンスターなだけに、不意をつかれた今の奈緒が敵う相手ではないことは、話を聞いていてすぐに分かった。
「一瞬だった。一瞬だったんだ! 私は逃げることも、声を出すことも出来ず、あっという間に殺された」
その時のことを思い出したのか、奈緒は傷のない首筋を手で触った。
おそらく、死ぬ直前にそこに爪を立てられたのか、噛み付かれでもしたのだろう。
奈緒は、首筋を手で撫でながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「たまたま、私たちの傍に居たんだろうな。いや、もしかすればどこかに隠れて、アイツは私たちの様子を窺っていたのかもしれない。暗闇の中から近づいてくるソイツに、私たちは直前まで気が付かなかったんだ」
呟き、奈緒は悔しさを滲ませるように固く唇を噛みしめた。
「そして、目が覚めたら私は……。また、正面玄関の前に居た。一条が目覚める直前、私たちは病院を襲ってきていたキラービーの群れを相手に戦っていたから、過去に戻ってきたってことはすぐに分かった。後にも先にも、キラービーの群れを相手にしていたのはその時だけだったし……。さらに言えば、その時の戦いで死んだはずの人が、まだ、そこには居たから。――――だから、すぐに気が付いた。この黄泉帰りは、私が死んだことで起こったんだって」
その言葉に、明は奈緒の顔を見つめた。
死んだことに対して責任を感じているのか、奈緒は思いつめた表情のまま手元を見ていた。
「……なるほど」
明は、奈緒の言葉を聞き終えて、息を吐き出しながら言った。
「奈緒さんの状況は理解しました。ブラックウルフに出会ってしまったなら、仕方ないですよ。あの狼たちは、鼻は効きませんが速さはあるんです。見つかる前に隠れる、逃げる、などのことは出来ますが、見つかってしまっては逃げることも難しい。この失敗を、次に活かしましょう」
「仕方ないって! 私が死んだことでお前は……。また、その状態に戻ってしまったじゃないか」
調子の良かった明を見ていたからだろう。
黄泉帰りによって、再び身動きの取れなくなった明を見て、奈緒は泣きそうな顔になる。
明は、そんな奈緒に向けて首を一つ振ると、ゆっくりと言葉を口にした。
「死んでしまったことを、責めることなんて出来ませんよ。しようとも思いません。それに、俺がこうなってしまったのも、今回、黄泉帰ってから初めて分かったことなんです。いつの間にか、黄泉帰りのスタート地点が変更されていたんだ。……だから、遅かれ早かれ、俺はまた、この状態に戻っていたんだと思います」
「黄泉帰りのスタート地点……? ――――そう言えば。確かに、前に言ってた時は」
こくり、と明は頷く。
「ええ。今までなら、死んで戻っていたのは、モンスターが現れたあの夜でした。だから、死に戻りさえすれば、それまでに負っていた怪我も身体の疲れも、全部無かったことになっていた。……でも、今回は違う」
「死に戻り先が、ミノタウロスを倒した後の状態だから……だな?」
「その通りです」
再び、明は頷いた。
「……どうして、黄泉帰りのスタート地点が変更されたんだ?」
「それは……俺が知りたいぐらいですよ」
明は、その言葉に重たいため息を吐き出して答えた。
「いきなり、なんですよ。理由も分からない。いや、ミノタウロスを倒したからなのかもしれませんが、このタイミングで死に戻り先が変更された理由が分からない。今回の変更だけで、その原因を探るのは難しいですね」
「……なるほど」
「それと、奈緒さんが死んだことで黄泉帰りが発動した点についてですが。シナリオのことを覚えていますか?」
「一条と一緒に死に戻れるっていう、やつだよな?」
「そうです。その効果によって、奈緒さんにも俺の黄泉帰りが適用された。結果として、俺たちのどちらかが死ねば、黄泉帰りそのものが発動するようになったみたいです。俺も、それを理解したのは、ついさっきでした。なので、これからはなるべく一緒に行動していきましょう」
「……わかった」
同意を示すように奈緒は首を振った。
どうやら、混乱から立ち直って状況を理解したのだろう。その顔は、自分の責任を感じながらも、これからのことへと思考を巡らせているように見えた。
明は、その様子を見ながら言葉を続ける。
「とはいえ四六時中、一緒に行動するのも限界があるので、奈緒さんがある程度の自衛が出来るよう、まずはレベリングが必要ですね。明日になれば、俺も動けるようになるので、本格的に動くのはそれからにしましょうか」
「それも了解だ。それまでは自由でいいのか?」
「そう、ですね。大丈夫だと思います。前世では、夜中に黄泉帰りをするまで、モンスター絡みの大きな騒ぎも無かったですし……」
明は、考えを纏めるように、視線を彷徨わせながら言った。
「ただ、夕方になれば軽部さんがここに来るはずなので、その時にはこの部屋に居てほしいです。出来れば、覚えてる限り前回と同じように動いて下さい。俺の経験上、前世とは違う行動を起こすと、その後の状況に何かしら変化が起きます。もしかすれば、軽部さんが俺に会いに来た時に、この部屋に奈緒さんが居ないことで、奈緒さんを探しに出かけるかもしれない。そうすれば、潜んでいたブラックウルフの位置が変わるかもしれませんし、そもそも潜むことすらなく、この病院を襲ってくるかもしれない。……俺が動ければ積極的に試していくのもありですが、この有様ですからね。動けるようになるまでは、前世と同じ行動を繰り返しましょう」
明の言葉に、奈緒は真剣な表情で口を開いた。
「わかった。それじゃあ、夕方になるまで、私はこの部屋で過ごすよ」
「そうですね。お願いします。まずは、無事、明日を迎えることを目標にしましょうか」
その言葉に、奈緒は深く頷きを返したのだった。




