道連れ
明が目を覚ますと、そこには見慣れた白い天井が広がっていた。
「――――なに、が」
いったい、何が起きたというのか。
耳に届く、聞き慣れたモニターの音。架台にぶら下がる点滴のバッグと、自らの腕に伸びる点滴の管。口元を覆われた違和感に手を伸ばすと、酸素マスクがそこにはあった。
扉の外から聞こえてくる喧噪は、どこかで聞いたことがあるものだ。
内容も、誰かがモンスターによって負傷したというもので変わりがない。
つい先ほどまで暗闇に覆われていたはずの小さな部屋には、温かな太陽の光が差し込み、室内を明るく照らしている。
ほんの少しだけ開けられた窓から吹き込む風が、中途半端に開かれた薄桃色のカーテンをパタパタと揺らしていた。
どれも、これもが覚えのあるものばかり。
その光景に、明はしばしの間茫然とすると、ハッと、意識が途切れる寸前で目にしたあの画面を思い出す。
(ッ、そうだ! 奈緒さんが死んだ、とかそんな画面が出てきて、それで……)
次いで表示されたあの画面。
(黄泉帰りが、発動した)
大きく、明の心臓が跳ね動いた。
急速に視界が狭まる中で、明は自分が今、黄泉帰りによって過去に戻ってきたのだということを自覚する。
そして、明は唇を震わせると小さく言葉を漏らした。
「……なん、で?」
呆然と呟き、明は口元の酸素マスクを引き剥がした。
「だったらなんで、ここなんだよ」
胸に付いたモニターのコードも、腕に繋がる点滴の管も、すべてを引き剥がしながら明はその場から起き上がろうと藻掻く。
けれど、満身創痍の身体がそれを許さない。
藻掻いた明は、そのままベッドに沈み込むと、怒りや戸惑いを含んだ声を張り上げる。
「黄泉帰りで戻る場所は、あそこじゃなかったのかよ! 死ねば、あの夜に戻るんじゃなかったのか!?」
すべての始まりであるあの夜。
これまで、何度も死んで生き返ってきたが、すべてはあの瞬間に戻っていた。
それが、今回は違う。
今、黄泉帰ったこの瞬間は、ミノタウロスを討伐し気を失って再び目覚めた、あの時だ!!
「――――まさか。黄泉帰りのスタート地点が変更されている……?」
だとすれば、状況は最悪だ。
あの夜に戻ることのメリットは、どんなに傷を負っていても死ねば全てがやり直せるという点にあった。
だが、このリスタートは違う。
時間の経過で自動再生の治癒は働き、やがて身体は全快へと向かっていくが、その先で死ねばまた、この満身創痍の身体で目覚めることになるのだ。
(……なんで、このタイミングで、この場所が次のリスタート地点なんだよ)
ボスを倒したことが原因だろうか。
いや、だとしても、ボスを倒して二日が経過したこの時に、スタート地点が変更されている理由が分からない。
(……何が、原因なんだ)
明は頭を抱え込み唸りを上げる。
それからため息を一つ吐き出すと、ひとまず冷静になるために大きな深呼吸を繰り返す。
そうして何度か繰り返すうちに、明はある程度の落ち着きを取り戻すと、眉間に深い皺を刻み込んで現状を整理し始めた。
(…………黄泉帰りのスタート地点が、変更されたことは分かった。これから先、もう二度とあの夜には戻れないと……そう思ったほうが良いだろう。次、またどのタイミングで死に戻り先の変更が起きるか分からない以上、手あたり次第に死に戻ってやり直せるわけじゃないってことは、頭に入れておいたほうがいいな)
トライアル&エラーを繰り返すことはゲーム攻略の基本ではあるが、誤った選択をした後に、自分の意思以外で勝手にセーブされればたまったものじゃない。
今回だって、自動再生で身体が癒えた後に、黄泉帰り先が決定されていればどんなに良かったことだろうか。
(ひとまず、ここが次のリスタート地点だとして……。あとは、なぜ俺の黄泉帰りが発動したのかだが……)
あの画面に出ていたことを信じるに、奈緒が死んだことが原因なのは間違いない。
しかし、だとしてもどうして、奈緒は死んで、さらにはその死によって明の黄泉帰りが発動しているのだろうか。
(シナリオの効果で、奈緒さんも死ぬまでのことを全て覚えているはずだ。だったら、奈緒さんが死んだ原因は、あとで本人に聞けばいいとして…………)
明は一度考え込むと、黄泉帰りのスキル詳細を開いた。
そうして、そこに並ぶ文言をもう一度、じっくりと目を通していく。
(〝特定の条件を満たした人物がいた場合、一定期間、スキル所持者が死亡し過去の特定地点へと回帰する際には、その条件を満たした人物も因果律を歪めた状態で回帰する〟、か)
ミノタウロスを討伐したことで追加された新たな効果。
この文章を読む限りここで確定しているのは、一条明の死亡によって、特定条件を満たした人も過去に戻るということだけ。
ここには、特定条件を満たした人が死亡した際に、明自身がどうなるのかなんて書かれていない。
今回、明の黄泉帰りが発動したタイミングを考えても、この追加された効果以外の、また別の要因がどこかにあるのだろう。
(――――そう言えば、シナリオの画面に、『七瀬奈緒にはあなたの黄泉帰りの力が適用される』とか書かれてあったな)
考え込んだ明は、ハッとそのことを思い出す。
(それがシナリオ開始時に出ていたってことは、そのシナリオ元の人物が死亡した際に俺自身がどうなるのかは、その時のシナリオ次第だった――ということか?)
今回の場合、七瀬奈緒には一条明の黄泉帰りの力が適用されている。
黄泉帰りは本来、明自身の力であるため、奈緒の死によって発動した黄泉帰りは、奈緒と明、その二人を過去へと連れ去った。
――――そういうことだろう。
(死なば諸共、なんて言葉があるが、まさにその通りだな。綺麗な言い方をすれば一蓮托生とか、運命共同体なんて言えるだろうけど、これは……)
つまりは、道連れ。
どちらか一人が死ぬことでも発動する、性質の悪いタイムリープの完成だ。
(――――だから、シナリオを受けるかどうか、選択することが出来ていたのか)
強制的に巻き込まれたタイムリープの中で、初めて与えられた選択肢。
その意味に、明は大きなため息を吐き出した。
(そして、その問題のシナリオは……)
ちらりと、明はその画面へと目を向けた。
――――――――――――――――――
七瀬奈緒のシナリオ【あなたと共に】を進行中です。
――――――――――――――――――
(クエストとは違って死に戻った先でも、引き継がれている、と)
眼前に出現していた画面に目を向けて、明は息を吐き出す。
(一度引き受けた以上、シナリオをクリアするまではこの状態ってことか)
心の中で明はそう呟くと、宙に浮かぶ画面を手で払い消した。
(……だったら。こうなった以上、仕方ないな。まずは奈緒さんと、この情報を共有しないと)
明がそう思った、その時だった。
扉の外で、廊下を走る足音が響いた。
かと思えば、その足音の主は、真っすぐに明の部屋の前へとやってきて、その勢いのままに扉を大きく開け放つ。
「一条!!」
声を上げて、部屋の中に飛び込んできたのは七瀬奈緒だった。
奈緒は真っすぐに明の元へと近寄ると、縋りつくようにその身体を掴み、声を上げた。
「私のせいだッ! 私のせいで、戻ってしまったッ!! あの時、私が、私が外になんか出ていたからッ! だから!!」
奈緒は死に間際の恐怖を思い出したのか、唇を噛みしめると、細かく肩を震わせた。
明は、部屋に飛び込んできた奈緒の様子に小さく目を見開き驚いていたが、すぐに冷静さを取り戻すと、華奢な奈緒の肩にそっと手を乗せた。
そして、ゆっくりと、落ち着かせるように言葉を口にする。
「……大丈夫。大丈夫です。落ち着いてください。落ち着いてからでいいので、その時のことを、俺に教えてくれますか?」
ゆっくりと語られるその言葉に、奈緒は明の顔を見つめた。
そして、小さく。奈緒は首を縦に振ったのだった。




