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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
二章

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65/351

それぞれの夜

 


 ――日付が変わった。

 それは同時に、世界反転率がまた進むことを示していた。

 生き残った人々は息を飲んで、その画面を見つめる。いや、見つめ続ける。

 どうか無事に、昨日という日が続きますように――と。




 ――――――――――――――――――


 現在の世界反転率:3.01%


 ――――――――――――――――――




 そうして、その数値が3%を超えた時。

 誰もがみな大きな息を吐いて、今日もまたモンスターが強化されないことに安堵して、ようやくその日の床に就いたのだった。

 そしてそれは、七瀬奈緒も同様だった。


「…………ふぅ」


 息を吐き出し、奈緒は出現させた画面を消した。

 それから、緊張からか手のひらに浮かんだ汗をズボンで拭うと、奈緒は懐からシガレットケースを取り出す。

 残り少なくなったその中身に目を向けて、そのうちの一本を手に取り、その先端へと火を灯した。



「……すぅ――――。ふぅー……」



 奈緒は、夜空を見上げると、そこに浮かぶ半分に欠けた月に向けて紫煙を吐き出した。

 吐き出された紫煙は月には届かず、やがて夜空と合わさるようにして消えていく。

 奈緒はそれをぼんやりと見つめながら、明と交わした会話のことを思い出していた。


(黄泉帰り。クエストにトロフィー、そして、インベントリとシナリオか。――どうして、アイツだけが私たちと違うんだ?)


 ――――特別扱い、と言ってしまえば簡単だろう。


 実際に、明がミノタウロスを倒す動画が拡散された時には、レベルとステータスが出現してすぐに、目に見えて強者だと分かるモンスターを倒すのはおかしいと、ネット上では指摘されていた。

 その指摘の中では、ゲームらしき画面が現れるようになったことに例えてか、明を〝チーター〟呼ばわりしている声も多かった。



(……今日、聞いた話を考えれば、確かにアイツはチーターだ。そう言われても仕方ないかもしれない。けど――――)



 奈緒は知っている。

 ミノタウロスに挑む前の、悲壮な決意を固めた明のあの表情を。

 ミノタウロスを倒し終えて、目を覚ました明が流したあの涙を。

 もしもこれが、ただの特別扱い(チーター)なのだとしたら、どうしてあの時、彼は涙を流さねばならなかったのか。


「………………」


 奈緒はタバコのフィルターを噛みしめた。

 そしてゆっくりと大きく息を吸い込み、深いため息と共に吐き出した紫煙は、夜空に溶けて消えていく。

 そうして、奈緒が静かにタバコをふかしていたその時だ。



「眠れないのですか?」



 いつの間にやって来ていたのだろうか。

 突然かけられたその声に奈緒が目を向けると、軽部稔が背後に立っていた。

 軽部は、奈緒の隣に立つと静かに口を開く。



「あまり、感心しませんよ。正面玄関の前とはいえ、一人で、病院の外にいるのは」

「……しょうがないでしょ。中は禁煙なんです」

「真面目ですね」


 奈緒の言葉に、軽部が笑った。


「では、そんな七瀬さんに一つ、お願いをしてもよろしいですか?」

「お願い?」

「タバコ、一本分けてくれません?」



 その言葉が予想外だったのか、奈緒は微かに目を見開くと、その口元を吊り上げるようにして笑った。



「どうぞ」


 言って、奈緒はシガレットケースとライターを手渡す。

 軽部はケースの中から一本を取り出すと、ライターを灯して火を点けた。



「――ふぅー…………」



 大きく吐き出された紫煙へと奈緒は目を向ける。

 それから奈緒は軽部から視線を外して、軽部に習うようにしてタバコを燻らせると、静かに口を開いた。


「やっぱり、軽部さんも眠れなかったんですね」


 その言葉に、軽部も奈緒が何を言いたいのか気が付いたのだろう。

 その口元に恥ずかしそうな笑みを浮かべると、小さく頷いた。



「……ええ。もしかすれば今日でまた、モンスターが強化されると思うと、さすがに寝ていられませんでした。まあ、起きていたところでどうすることも出来ないんですけど」

「違いない」



 奈緒は軽部の言葉に笑った。

 それから、二人の間には自然と会話が途切れる。

 軽部も奈緒も、ぼんやりと宙を見つめて、それぞれが何かしら深く考え込んでいるようだった。

 しばらくすると、奈緒が吸い殻を地面に押し当てた。

 それから携帯灰皿を取り出し、その中へと吸い殻を仕舞い込む。どうやら、一服を終えた奈緒はこの場を立ち去るつもりらしい。

 軽部は、そんな奈緒の行動を見守っていたが、やがて思い切るようにして声を上げた。


「……一条さんは」


 その言葉に、奈緒の視線が軽部へと動いた。

 軽部は、奈緒の視線を受け止めながら途切れた言葉を続ける。



「一条さんは、また、ボスを討伐してくれそうですか?」

「…………すると、言ってましたよ」


 間を空けて、奈緒は言った。

 その言葉に、軽部は安堵の表情を浮かべると大きく息を吐き出す。

 その様子を見つめながら、奈緒は軽部に向けて言った。



「だから、私も一条に付いていきます」



 その言葉がよほど予想外だったのだろう。

 軽部はポカンとした口を開くと、奈緒の顔をジッと見つめた。


「――――七瀬さんも、ですか?」

「おかしいですか?」

「……ああ、いえ。すみません、まさか、七瀬さんも行くとは思わなくて…………。正直、一条さんとは私が一緒に行けばいいと思っていたものですから」

「軽部さんがここを動けば、誰がここに残った人達を守るんですか。あなた達自衛隊が、ここに居るって聞いて、あなた達を頼ってここに逃げ込んで来た人も大勢いるんですよ? ……だから、ボスの討伐には私と一条、二人で行きます」

「いえ、しかし――――」

「大丈夫です。覚悟は出来てます」


 軽部の言葉を遮り、奈緒は強い口調で言った。

 その表情とその口調に、軽部も奈緒の覚悟を読み取ったのだろう。

 真剣な表情となると、奈緒の顔をじっと見つめた。



「私はもうすでに、この国――いえ国民のみなさまを守るためにと、覚悟を決めています。それは、私だけでなく他の自衛官も同様です。しかし、七瀬さんは我々とは違う。一条さんのように、特別と思えるような力も持っていない。それなのに、どうして、一条さんと共に行くと言うのですか?」



 その言葉に、奈緒は軽部から視線を外して、夜空に浮かぶ半月を見つめた。



「……一条は、確かにこの、モンスターが出現した世界の中では特別かもしれない。だが、私にとっての一条は、冗談を言って笑い合える友人であり、後輩なんだ。アイツは特別なんかじゃない。私たちと同じですよ」


 呟き、奈緒は軽部へと視線を向けた。


「アイツがやるって言うなら、私はアイツに付いていく。ただ、それだけです」


 軽部は、奈緒の言葉を静かに聞いていた。

 それから大きなため息を吐き出すと、手にしたタバコを地面に落として、足で火種を踏み消す。



「……七瀬さんの覚悟は、分かりました」


 小さく、軽部は呟くように言った。



「正直、七瀬さんの言うように、私たちがここを離れられないのも事実です。ですから……。七瀬さん、一条さんのこと、どうぞよろしくお願いいたします」

「……最初から、そのつもりですよ」


 軽部の言葉に小さく笑って、奈緒はその場を後にしようと背を向ける。



「……あなた達は」


 数歩、足を進めたところで奈緒の背後から声が聞こえた。



「結局、あなた達はどんな関係なんですか?」

「……前にも言ったように、中学からの腐れ縁ってやつですよ」


 振り返らずに奈緒は呟いた。



「それ以上の関係を、私たちは望まなかったんだ」



 と、奈緒が静かに言葉を吐き出したその時だ。



 ――――()()()は、闇夜の中から滲み出るようにして、ふらりと、奈緒たちの前へと現れた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 軽部さん、このご時世で2人がどんな関係かってのに妙に拘るね。 隙あらば入り込みたい勢かな? 自衛隊だからか、一般人よりはだいぶ精神的に余裕がありそうだ。
[気になる点] 「歳の離れた友人」てあるけれど中学からの腐れ縁なら1つ2つの違いでは?
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