魔力回路
「奈緒さんが取得したスキルを教えて欲しいのですが」
「ああ。……私のスキルは『身体強化』、『魔力回路』、そして『初級魔法』だ」
「初級魔法、ですか。どうしてまた……。言っちゃあ何ですが、奈緒さんのイメージには合わないです」
どちらかと言えば、奈緒は前線で戦うイメージだった。
そんなことを考えながら明はそう口にすると、奈緒は小さな笑みをその口に浮かべる。
「まあ、私も最初は『初級魔法』なんか取るつもりがなかったんだ。だが、自衛隊と合流して、モンスターとの戦闘の際には前には出ず、後ろで援護をすることが多くなったからな。それならばいっそ、魔法なんかを使ってみようと思ったんだ。……せっかく、異世界が向こうから来てくれたんだ。だったら、それらしいことしてみたいだろ?」
そう言って、奈緒は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その笑みを見ながら、明は『初級魔法』とはどんなものだったかを再確認するために、ステータス画面を呼び出したところで、ピタリとその動きを止める。
(……ああ、そうだった。スキルの取得やらなんやらで、今、俺のポイントは0だった。これじゃあ、スキルの一覧も見れないな)
ポイント消費による新規スキルの選択画面に現れるスキルの数々は、手持ちのポイント数で表示される数が変わる。
正確には、その手持ちのポイントを消費して取得できるスキルしか表示されないがために、手持ちのポイントが少なければスキルの一覧さえも見ることが出来ないのだ。
(確か、初級魔法の消費ポイントは7だったよな? 自分でスキルの詳細を確認するには、そこまでポイントを溜めないとまず無理か)
そんなことを考えて、明はため息を吐き出すと、奈緒へと向けて問いかけた。
「すみません、手持ちのポイントだと初級魔法の詳細が見れなくて。前に一度、内容は見たんですけど……。どんなものだったか、教えてくれますか?」
「ん? ああ、ちょっと待ってろ」
言って、奈緒は視線を動かし何もない宙を見つめた。
おそらく、自分のステータス画面を開いたのだろう。
視線は宙に釘付けのまま、その手が空中を動いて何かを選択するような仕草をとると、やがて奈緒は宙を見つめたまま口を開く。
「スキル所持者は、初級魔法〝ショックアロー〟を習得する。初級魔法のダメージは、魔力値に応じて変動する。初級魔法の習得数は、スキルレベルに依存する――――だ、そうだ」
スキル詳細に書かれた内容を読み上げると、奈緒はちらりと明へと視線を向けた。
明はその視線に頷き、言葉を返す。
「次のスキルレベルアップに必要なポイントは?」
「えっと……10だな」
意外に少ない。
聞いたその内容に、明は微かに目を見開く。
(……いや、魔法の種類がスキルレベルに依存するって書いてあるみたいだから、それだけ初級魔法が多いってことか? ゲーム的な思考になれば、10レベルごとに一つ、新しい魔法を覚えるってことだし、意外と普通なのかもな)
明は、そう考えるとさらに奈緒へと問いかける。
「魔法の発動に必要なものは何かあります? 例えば、ほら、杖とか」
「別に、何もないよ。ただ、魔法を放つ方向を決めるのに、それらしい道具があった方がいいのは確かだ」
「なるほど……。それじゃあ、アニメとか漫画でよくある、詠唱とかは?」
「それも必要ない。ただ魔法名を口にするだけで、魔法は発動する」
「魔法の距離は分かりますか?」
「だいたい、三十メートルぐらいかな。その距離も、もしかすれば今後、何かの拍子に変わってくるのかもしれない」
「魔力の消費は? 発動で減ったりしませんか?」
「それも、無いな。ただ、魔法を発動すればするほど身体の中が熱くなって、徐々に疲れてくるんだ。例えるならそうだな……魔法の使用中は、全力で走り回っている感じ――と言ったほうが分かりやすいか? 心臓は信じられないぐらい暴れ回るし、息だってすごく上がる。さらに限界まで来ると頭痛が酷いし、吐き気も出てくる。今はそれ以上に魔法を使ったことがないから分からないが、それでも使い続けると、きっと気を失うだろうな」
奈緒の言葉に、明は「ふむ」と唸って考え込む。
どうやら、奈緒の取得した初級魔法は、疾走などの魔力消費によって発動するタイプとは魔力の使い方が異なるようだ。
例えるなら、身体という器の中に溜められた魔力を汲みだし、まったく別の力に換えているのが疾走というスキル。それとは別に、器の中に溜められた魔力を汲みだすことなく、体内で循環させて発動させるのが初級魔法スキルといったところだろうか。
(もともと、魔力なんてものは俺たちのステータスになかったんだ。俺たちはただ、魔力回路というスキルの力を借りて、魔力というものを身体の中に溜め込んでいるだけにすぎない。その溜め込んでいる場所が回路そのものなのか、または別の場所なのかは知らないが、溜め込んだ魔力を消費して別の力へと換えるスキルと、溜め込んだ魔力を体内で循環させ、魔法を発動させるスキルとでは魔力の使い方がまるで違う)
明は難しい顔で考え込みながら、自分のステータス画面にある『魔力回路』のスキル詳細を開く。
(そもそも、魔力回路自体が、魔力適性を生み出す回路を体内に創り出すというものだった。もしも、身体の中に創られたその魔力回路ってやつが、ファンタジーなんかでよくある魔法陣と同じものなのだとしたら……。魔法の発動には、溜め込んだ魔力をぐるりと体内で循環させて、刻み込まれた魔力回路そのものを活性化させる。するとようやく回路は魔法陣としての機能を果たし、魔法が発動する――――とか、そんな感じか?)
確証はないが、この考察が真実に近いという直観が明の中にはあった。
それはおそらく、目が覚めて取得した第六感というスキルによる効果に違いなかった。
(…………だとすれば、だ。魔力回路のスキルレベルを上げさえすれば、魔力による身体の負担は少なくなるはずだ。そうなれば、魔法の発動回数は増やせる可能性があるな)
魔力回路のスキル詳細には、回路の大きさはスキルレベルに依存するとあった。
魔法の発動にどれだけの量の魔力が体内を循環しているのかは分からないが、細い回路に魔力という水を流すのと、太い回路に魔力という水を流すのとでは、後者のほうが圧倒的に〝圧〟は少ないだろう。圧が少なければ、それだけ身体も楽にはなるはずだ。
明は、一度それで結論を出すと、思考を切り替えた。
「魔法でどの程度戦うことが出来ますか?」
「ゴブリンなら二回。それ以外のモンスターなら、種類にもよるが五回から七回で倒せるといったところだ」
思っていたよりも、魔法の威力は強力だった。
今は一回目の強化がされた後だ。
奈緒の魔力値は9とまだ少ない。そんな状況で、ゴブリンを二回の攻撃で倒すことが出来れば上出来と言えるだろう。
これならば確かに、援護に回ってさえいれば十分な戦力になりそうだ。
そう考えた明は、大きく息を吐いて奈緒を見つめた。
「……だいたい分かりました。取得したスキルを考えても、これからの戦闘は俺が前に出て、奈緒さんが後ろから俺の援護をするか、もしくは弱ったところにトドメを刺す形にしましょう」
「分かった。――――だが、一条。本当に大丈夫なのか? お前はその……」
言って、奈緒は気遣わしげな視線を向けた。
明は、すぐにその視線の意味に気が付く。
「大丈夫です。自動再生のおかげで、少しずつですが身体も本調子を取り戻しています。明日にはきっと、動けるようになるはずです」
事実、目が覚めて打たれた鎮痛剤は切れ始めているのに、身体を蝕む痛みが消え始めている。
この調子ならばきっと、明日には全快か、もしくはそれに近い状態にまでなっていることだろう。
「……それなら、いいんだが」
奈緒は心配そうにそう呟くと、ゆっくりと息を吐き出す。
「ひとまず、今日はゆっくりしてくれ。さすがに、それぐらいは許されるだろ」
「ありがとうございます」
素直に、明は奈緒の言葉に頭を下げた。
奈緒は明に向けて頷くと、そっとパイプ椅子から立ち上がる。
「一度、病院内を見回ってモンスターが入り込んでないのか調べてくる。自衛隊の人たちがそのあたりのことは済ませてるだろうが、自分の目で確かめたいからな」
「分かりました。俺はもう一度、身体を休めます。体力が減ってるからか、さっきから眠くて…………」
言って、明は欠伸を噛み殺した。
それを見た奈緒は小さく笑うと、
「ああ、おやすみ」
そう呟いて、静かにその部屋を後にした。
明は誰もいなくなった部屋に向けて息を吐き出すと、ゆっくりと瞼を下ろす。
頭の中では今後のことがぐるぐると回る。
その一つ一つに明は思考を向けていたが、やがてその意識は、ゆっくりと眠りの淵へと落ちていった。