護られた意味
「…………それで? 軽部さん、でしたっけ。俺に何か用事があって来たんじゃないんですか?」
その言葉に、軽部も本来の用事を思い出したようだ。
表情を真面目なものへと改めると、明へと向けて姿勢を正して、深く頭を下げた。
「一条さん。まずはお礼の言葉を。あの時、あなたがミノタウロスを倒してくれたおかげで、この街に住まう多くの人々が救われたのだということを、我々はこの数日で強く思い知らされました。本当に、ありがとうございました」
「……やめてください。別に、俺はこの街を救おうと思って、アイツを倒したわけじゃない。俺は俺のために、アイツを倒しただけです」
小さく首を横に振って、明は軽部の言葉に答えた。
すると軽部は、すぐに言葉を返してくる。
「あなたが居なければ、我々が今よりももっと、苦境に立たされていたのは事実です。この言葉は、我々自衛官だけの言葉ではありません。この街に住まう、全ての住人からの言葉でもあります」
明は、軽部の言葉を聞いて、ちらりと奈緒へと視線を向けた。
奈緒は明の視線に気が付くと、小さな頷きを返してくる。
どうやら、素直にその謝意を受け入れろということらしい。
「……分かりました」
小さく、明は息を吐きながら言った。
その言葉に、軽部はまた深く頭を下げた。
明は、無言となってその様子を見ていたが、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「ところで、どうして自衛隊がここに? ここは、避難所の一つにでもなっているんですか?」
その言葉に、軽部は視線をあげると不思議そうな顔をした。
「……分からないんですか?」
「分からない? どういうこと――――ああ、いやそうか。俺が、ココにいるからですね」
察して、明は眉根を寄せた。
その言葉に、軽部は小さく頷く。
「ええ、その通りです。……この世界にモンスターが現れて、我々はその恐ろしさを目の当りにするとともに、これまでの常識が通じないことを思い知らされました。銃で撃っても倒れず、時には銃弾さえも跳ね返して、常識では考えられない生命力と力で我々を蹂躙していく。モンスターによっては、爆薬だろうが砲撃だろうが効いている様子がないのです。アレはさすがに肝を冷やしました……」
そう言って、軽部はその時のことを思い出すように、一度言葉を区切った。
けれどそれも束の間のことで、すぐにその言葉は再開される。
「しかし同時に、この世界にレベルやステータスの概念が発生したことを知って、それらがこれからの世界において重要な戦力の一つになると、我々は理解しました。……そんな時に、ふいに耳にしたのです。この世界にモンスターが現れてすぐに、ミノタウロスという化け物を倒した人がいる、と」
明は、その言葉に大きく息を吐き出す。
軽部が口にしたその言葉で、どうして彼らがここに居るのかを察したからだ。
軽部は、そんな明の様子をじっと見つめると、途切れていた言葉を続けた。
「ミノタウロスを倒したその人は、重症を負いながらもまだ生きていて、さらにはとある病院に運ばれたと我々は聞きました。そこで、すぐに我々はその病院へと向かったのです。何としてでも、その人を死なせてはならない。そう、思ったからでした」
「死なれでもしたら、これから先、貴重なモンスターを倒す人が減るから……ですか?」
「否定はしません」
軽部は、素直に頷いた。
「初めは、本当にその程度の認識でした。我々だけでは、多くの人を守ることは不可能です。だから、モンスターを倒す力があるのならば、力を貸してもらおうと思っていました」
そこまで口にすると、軽部は一度口を閉じた。
そして、僅かに疲れた表情を滲ませると、残された言葉をゆっくりと吐き出す。
「……ですが、その考えも、モンスターが強化されたという画面が現れて、変わりました。この世界にモンスターが現れてから、今日で三日目です。この二日間、我々も――いや多くの人が一丸となってレベルを上げて、ステータスを伸ばし、スキルを取得しています。ですが、それでもまだ、新たなボスを討伐したという話は出てきません。我々人類が目にしたボスを討伐したという知らせは、一条さん。あなたが倒した、ミノタウロス以来、一度も出ていないのです」
軽部は、そう言うとジッと明の瞳を見つめた。
「隊の中には『解析』というスキルを取得した者もいたようでした。そこで、試しにお願いしたのです。一条さんが倒したミノタウロスは、いったい、いくつのレベルだったのか、と」
その言葉に、明は僅かに眉根を持ち上げた。
解析スキルは死体にまで有効だ。それはもう、明がいつだったかの人生で確認をしている。
モンスターを倒してもそこに死体が残ってしまう以上、あのミノタウロスが、初日で挑み勝てるような存在でないことはもう隠し通すことが出来ないのだろう。
「…………レベル45。その数字と、そのステータスを最初に見た時、とても驚きました。そして同時に、確信したのです。一条明という人は、我々にはない特別な力をきっと持っている。そして、その人が死んだとき、我々人類は本当の意味で破滅を迎えるのだと」
「大袈裟ですね」
軽部の言葉に、明は思わず笑った。
しかし、軽部はそんな明を見つめながらも、真剣な表情となって口を開く。
「決して、大袈裟ではありませんよ。事実を述べています」
「………………」
明は、軽部のその真剣な表情に笑みを消すと、小さな息を吐き出した。
「だから、俺を担ぎ上げようと? 矢面に立って、誰よりも真っ先に、凶悪なモンスターと戦えと、そう言うんですか?」
明の言葉に、軽部は固く口を引き結んだ。
そして、ゆっくりと頷きを返してくる。
「単刀直入に言えば、そういうことになります」
「ッ、ちょっと、黙って聞いていればいくらなんでもそれは――!!」
軽部の言葉に、奈緒が声を荒げた。
「一条が、あの化け物を相手にどれだけ必死に戦って、死に目にあったのか……。まさか、知らないなんて言いませんよね!? 身体だって、まだ万全じゃないのに、いくらなんでもそれは――――ッ!!」
まるで食って掛かるかのように、奈緒は軽部の元へと近づくと間近からその顔を睨み付けた。
軽部は奈緒の視線を受け止めながらも、ゆっくりと頷く。
「分かっています」
「だったら!!」
「分かってはいますが、今はお願いするしかないんです!! 私だって、命を賭けてこの街を救ってくれた人に、こんなことは言いたくないッ!! …………でも、何をどう考えても、この選択をとるしか、今は方法が無いんです……。そうしないと、我々人類は、モンスターに負ける。時間が……必要、なんですよ」
軽部は、感情を押し殺すような口調でそう言った。
その言葉に、奈緒は奥歯を嚙みしめると口を噤んだ。
おそらく、何も言えなかったのだろう。
奈緒自身も、今この場で取れる選択肢がそれしかないことを、十分に分かっているに違いなかった。
軽部は、そんな奈緒の様子を見つめて、それから明へと視線を動かすと、ゆっくりと口を開く。
「一条さん、申し訳ございません。実は、眠っているあなたにも、解析は使わせていただきました。その結果、あなたが今、レベル9で――その低いレベルなのにも関わらず、とんでもないステータスを持っていることはもう、我々自衛隊員は知っているのです。あなたに特別な力があるのは、明白です。しかし、それがどんな力なのかは…………興味はありますが、今はあえて聞きません。ですがあなたに、我々にはない力があるのならば、その力を……お貸しください」
そう言って、軽部はまた深く頭を下げると、明の返事を待つかのようにそのまま動かなくなってしまった。
明は、軽部のその様子を見つめると、ため息を吐き出した。
元々、ボスモンスターを倒す気ではいた。
だが、この場ですぐに返事をしてしまえば、都合よく願い事を聞いてくれるヤツだと、そう思われてしまうだろう。
「……返事は、今じゃなくてもいいですよね? 今日は一度、お引き取りください」
「分かりました」
軽部は明の言葉に頷き、小さく頭を下げると部屋を後にした。




