ほんの少しだけ
ボスモンスターを倒さねば、世界反転率は進行し、やがてモンスターは強化されていく。
今はまだ辛うじて人類はこの危機に耐えている状況だが、さらにモンスターが強化されれば、人類の敗北は必至ともいえるだろう。
それを防ぐためには、〝誰か〟が率先してボスを倒して、人々が今よりももっと力を身に付け、モンスターに立ち向かう時間を稼ぐ必要がある。
(その〝誰か〟ってのは、現状では俺が一番適任なんだろうが……)
心で呟き、明は息を吐く。
あの繰り返しの中、必死に臨んだレベリングによって、今や明のレベルは30を超えている。
しかし、かといって、どうして自分一人が見ず知らずの〝誰か〟のために、ボスを倒すことに注力せねばならないのか?
(そもそも、俺がミノタウロスを倒したのだって、モンスターがあふれたこの世界で、たった一人の孤独になりたくなかったからだ。ミノタウロスがこの街の人間を――奈緒さんを、いずれ殺すことが決まっていたから、俺は俺自身のために、あのミノタウロスを殺したにすぎない)
その副次的な結果として、世界反転率とやらを低下させることに繋がったが、それは明が意図的に狙ったものではなかった。
一条明は英雄ではなく、ただ一人の人間だ。
自分自身のため必死に生き足掻いた結果として、今回はたまたま事態が好転しただけに過ぎなかった。
(けど、確かに今の状況なら、俺がボスモンスターを倒して時間を稼ぐしかないのも事実なんだよな……)
心で呟き、明はベッドの脇へと視線を動かした。
するとそこには、パイプ椅子に腰かけたままベッドに突っ伏すような体勢で寝息を立てる七瀬奈緒の姿があった。
どうやら、明が目を覚ますまでほとんど寝ていなかったらしい彼女は、明へとこの世界に起きている現状を伝えると、大きな欠伸を一つして、「少し、寝る」と呟き、あっという間に寝てしまった。
その姿に、明はその口元に小さな笑みを浮かべると、また思考を巡らせる。
(奈緒さんが居たから、俺は今、ここにいる。……奈緒さんがいなければ俺は、未だにあの世界で絶望に打ちひしがれて、いつまでも燻っていたはずだ)
彼女がいたからこそ、一条明は挫折から立ち上がった。
それはもう、紛れもない事実だ。
(俺だけが生き残ればいい……なんてことはもう考えない。俺だけがこの世界で生き残っても意味がないんだ)
この世界で生き残ったすべての人類のために――なんて、大それたことを考えるつもりはない。
見ず知らずの〝誰か〟を全員助けることなんて出来るはずがない。
けれど、この手が届く範囲にいる〝誰か〟ならば、ほんの少し頑張れば救うことが出来るかもしれない。
あの夜。ミノタウロスを殺すことで奈緒を救ったように。
これから先、ほんの少しの頑張ることで、この手の届く範囲に存在する〝誰か〟は助けることが出来るかもしれない。
(俺が出来るのは、それだけだな…………)
明はそう考えると、ゆっくりと息を吐いた。
「それはそうと、まずはこの状況をどうにかしないとな……」
それから、明は改めるようにそう呟くと、満身創痍となった自らの身体へと視線を向けた。
死んではいないが、動けもしない。
レベル1の頃と比べれば大幅に上昇した体力値は明の命を無事に繋ぎ止めてはいたが、その回復力までは高めることが出来なかった。
痛みがないのは、つい先ほど、訪れた看護師から――夜勤中にモンスターがあふれて世界が一変し、そのまま家に帰れていないのだろう。その顔はひどく疲れて、やつれていた――、鎮痛剤を打たれたからにすぎない。
受けている治療らしい治療といえばただそれだけで、それはきっと、この世界にモンスターがあふれたことが影響しているに違いなかった。
(仕方ない、か)
明は心の中で呟く。
このままでは、まともに動くことはおろかレベリングをすることさえも出来ない。
ミノタウロスの討伐で獲得したポイントを使って、新たなスキルを獲得することに決めたのだ。
「ステータス」
――チリン。
軽やかな音を出して、画面が表示される。
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一条 明 25歳 男 Lv9(38)
体力:65
筋力:115
耐久:84
速度:99
魔力:13【14】
幸運:39
ポイント:58
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固有スキル
・黄泉帰り
システム拡張スキル
・インベントリ
・シナリオ
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スキル
・身体強化Lv2
・解析Lv1
・魔力回路Lv1
・疾走Lv1
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ダメージボーナス
・ゴブリン種族 +3%
・狼種族 +3%
・植物系モンスター +3%
・獣系モンスター +5%
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