噂の男
お待たせしました。二章開幕!
とある男が死闘の末にミノタウロスを討伐したという話と、世界にモンスターが出現して溢れかえっているという話が人々の間で広まったのは、ほぼ同時刻のことだった。
そして、その話題からしばらくすると、ネット上にはある話題が中心となってくる。
レベルやステータス、スキルが出現したというものだ。
時間の経過と共に人々の間に広まったその話題は人々の好奇心を大いに刺激して、やがて自分の身は自分で守らねばならないと、自発的なモンスター討伐へと一部の人々を駆り立てた。
そんな動乱の中で、ひとつの噂話が持ち上がったのはその時だった。
曰く、ミノタウロスを倒したという男は、何かしらの特別な力を持っていたのではないか――と。
「うーん…………」
そして、その噂の男――一条明は、病院のベッドで一人、難しい顔をして唸り声を発していた。
明が病院のベッドで目を覚ましてから、数時間が経過した。
ミノタウロスを相手に無茶をした身体はボロボロで、満身創痍と呼んで差し支えない状態だった。
聞いた話によると、肋骨の骨折が五か所。全身の筋断裂が合計で七か所。重度の肺挫傷に胃の破裂、頭蓋骨の一部が陥没していただけでなく、その周囲にもヒビが二か所と、どうして生きているのかが分からない状態だったという。
本来ならば、真っ先に集中治療室に運ばれるほどの怪我を負っていたのだが、それでも不思議と全身の状態は安定していたというのだから驚きだ。
その原因は間違いなく、繰り返し行ったレベリングによるステータスの上昇と、ミノタウロスを討伐して発生したレベルアップやトロフィーの獲得が原因だろうと、明は考えていた。
「ううーん…………」
ベッドの上で、明はさらに唸った。
痛みで呻いているのではない。考え込んでいるのだ。
明が意識を失っていた期間は二日だった。
言葉にすれば短く感じられるその期間も、激動の中となれば多くの変化が生じてしまう。
目が覚めてからすぐに、明は今の世界情勢――もとい世間の動向について奈緒からある程度の情報を聞かされていた。
(うーん……。たった二日で、いろいろと変わってるな……。レベルとか、ステータスはもはや当たり前の存在になってるし…………)
呟きながら、明はスマホの画面へと視線を向ける。
すると、そこにはこれまでの繰り返しの中ではなかった『圏外』の文字が画面の上部に記されていた。
(ネットが使えていたのも、初日だけだったか。奈緒さんに聞いた話だと、その日の夜にはもう繋がらなかったって言ってるし)
明は息を吐き出すと同時に、スマホを枕元へと置いた。
それからじっと天井を見上げながら、聞かされた奈緒の言葉を思い出す。
(突然現れたモンスターの被害は甚大。特に日本の場合、最初の出現が夜中だったから、モンスターの出現に気が付かず、逃げ遅れた人も多いみたいだ……。この二日間での日本の推定死者数は分からないけど、初日だけでも数百万は超えているはず、か)
それは、ネットが繋がらなくなるまでの間、奈緒が集めていた情報だった。
もしも仮に、初日の騒ぎで本当に数百万人が亡くなったのだとしたら、今の日本の被害は、一千万――いや、数千万人にまで広がっていることだろう。
(東京の中心がモンスターの出現場所になったからか、政府がまともに機能していたのも最初だけ。奇跡的にモンスターの出現から免れた市町村には、不運にもモンスターが出現した街から次々と人々が押し寄せて、難民が溢れかえった――――か)
心で呟き、明はため息を吐き出した。
(いち早くレベルとかステータスとか、そのあたりのことを気が付いた人達が、初日の段階で必死にレベル上げをしていたみたいだけど……)
明を除いて、レベルとステータスの存在に真っ先に気が付いたのは、何を隠そうネットの住民たちだ。
彼らは、モンスターが出現すると同時にそのコミュニティを活かして早々に情報の共有化を図ると、モンスターを倒せばレベルアップする事実を突き止め、その好奇心と自衛のために、着実にレベルアップを重ねて力を付けていた。
もちろん自衛隊も、レベルやステータスの存在に気が付くのだが、住人の避難や避難民の保護を優先していたことが影響したのか、自衛隊が本格的なレベルアップに乗り出したのはモンスターの出現から十時間が経過した後のことだった。
初動の遅さは、それだけレベルの差に繋がる。
持ち得る武器に程度の差はあれど、モンスターの出現によって変化した世界で絶対ともいえる力――スキルを早々に身に付けたネット上の彼らは、すぐさま自衛隊以上の強さとなって、この世界にあふれたモンスターに対して挑み続けていた。
(モンスターが出現していない地域は、まだインフラ関係は無事の可能性は高いな。つっても、そういう場所はたいがい、モンスターが出現した地域から避難した人達が押し寄せてるし、別の意味で無事じゃないのかもしれないけど)
避難民が押し寄せ、超極集中化した市町村が今、どのようになっているのかは想像に容易い。
明はまたため息を吐き出すと、思考を続けた。
(わりと――いや、かなり厳しいな)
人類の敗北が全滅だとすれば、今の状態はまさに崖っぷちと言うべき場面だろう。
海外にしてもその状況は日本とさほど変わりがないようで、多くの国がモンスターによる被害を受けて、その国としての機能を麻痺させていた。




