十五度目
生き返った明は、幾度となく街からの脱出を試みた。
オークやギガントが存在している街だけでなく、地続きとなった別の市や町にも逃走を図ったが、その結果は全て同じだった。
どの街にも、その街を牛耳る化け物が存在していて、いずれはソイツに見つかり殺されるのだ。
そうして、何度目になるか分からない死を経験して、明は逃亡を諦めた。
そしてそれからは、生き延びる確率が少しでも上がるならば、と思いつく限りの多くのことを試した。
他の街に逃げても化け物が居るのならば、いっそのこと逃げずに会社の中に引きこもってみたり、モンスターの出現に合わせて逃げる人々に混じり避難所へと向かい、どうにか自衛隊と共に生き残れないかと試してみたり、時にはネット上や自衛隊などにモンスターのことやスキルのこと、十二時になればモンスターがさらに強化されることなどすべてを話して、より多くの人々と共に困難に立ち向かおうとしたりもした。
けれど、やはりと言うべきか。この街に居れば必ず、未来はミノタウロスによる蹂躙という結末に、何をどう頑張ったところで辿り着いてしまう。
(……ダメだ。隣町はオークがうじゃうじゃと湧いているし、隣の市はギガントとかいう巨人が支配している。周囲の街の中でも、この街のモンスターが一番弱い。生き延びようと思うなら、やっぱりあのミノタウロスを何とかしないと)
黄泉帰りによって目覚めた明は、重たいため息を吐き出した。
これまでに経験した死は二桁を超えた。
さすがに、こう何度も死を体験していると、死に対する恐怖も麻痺してくる。繰り返される既視感に瞳は光を失い、いつしか明は、淡々とした黄泉帰りを行っていた。
(…………今回で十五回目、か)
心の中で呟き、明は顔を覆った。
(もしかして、俺は一生、このままなんじゃ……)
モンスターに殺されれば過去に戻り、また一からやり直す。
延々と続く、〝今〟という時間。
死という終わりがないだけの地獄。
――――もう、どうしていいのか分からない。
この繰り返しの中で生き足掻く間、明の総合レベルは25となった。
だが、これ以上にレベルを上げたとしても、その先に待つ未来は延々と強化をし続けるモンスターが跋扈する世界だ。
もちろん、レベルやスキル、ステータスなどといったものを引き継ぐ〝黄泉帰り〟さえあれば、モンスターが強化されたあとの世界でも、いつかはきっと、無事に生き残ることが出来るだろう。
(……けど、生き残ったとして、その世界には何が残る?)
それは、二桁を超える死の中で、何度も経験した孤独からくる心の声だった。
この街の人間は、半日もすればミノタウロスによって全て殺されることを明はこの繰り返しの中で知った。
全ての人間が死に絶えた、耳が痛くなるような街の静寂を経験したのは一度や二度ではない。
そんな世界で生き延びたとしても、そこにあるのは永遠とも呼べる孤独だけだということを、明はもう薄々と感じ取っていた。
「――――っ」
明は、ただ一人。モンスターがあふれたその世界で、生き残る自分を想像した。
黄泉帰りを繰り返せば繰り返すだけ増えていく既視感の中で、永遠の孤独となった自分の姿を思い浮かべた。
(この世界で生き残ったとして、もう……意味なんてあるのかな)
と、明が心の内で、言葉を呟いたその時だ。
「おい、一条!!」
ひと際大きく名前を呼ばれて、明の身体は激しく揺さぶられた。
「さっきから名前を呼んでいるだろ! 聞いているのか!?」
その声の主が誰であるかを、明はもう既に知っていた。
「――――七瀬、主任」
呟き、明は背後を振り返る。
すると、明と目が合った奈緒はビクリと身体を震わせた。
「…………一条?」
おそるおそると、奈緒は口を開いた。
「お前、どうしたんだ?」
「……どう? いったい、何がですか?」
「何がって、お前……自分で分からないのか。なんだ、その顔は」
「顔?」
言われて、明は自らの顔へと手を伸ばした。
そして、明はようやく気が付く。
目が覚めてからずっと、その口元に壊れたような笑みが浮かんでいたことに。
「一条……お前、なんで、ずっと笑ってるんだ」
奈緒はゆっくりと問いかけた。
その言葉に、明は口元を手で覆って考える。
(なんで? …………なんで、俺は笑ってるんだ?)
――いや、そんなの考えなくても分かる。
何度も繰り返し実感したこの世界の不条理に、もはや笑うしかないからだ。
死に慣れ、繰り返す時間が与える既視感の苦痛は、次第に感情を奪っていく。
薄れた感情の果てに残ったものは、この世界への諦めからくる笑みだった。
「笑ってる理由……ですか」
と、明は呟いた。
それから、視線を奈緒へと向けるとその口元にさらに深い笑みを浮かべて、口を開く。
「そりゃあもう、笑うしかないからですよ」
「笑うしかない?」
「ええ、もう笑うしかないんです。何をどうしたって、この世界は滅ぶ。俺はまたモンスターに殺され、どうせまた、この瞬間へと戻ってくる。それはもう、決まってることなんですよ」
明の言葉に、奈緒の眉間に深い皺が寄った。
それは、明の言葉の意味が分からないからでもあったし、卑屈に満ちたその口調が気に入らないからでもあった。
「世界が滅ぶ? お前がまたモンスターに殺されるって――――。一条、お前、何を言って」
と奈緒が口にした時だ。
「嘘じゃないッ!! これから二時間もすれば、街中に――いや世界中にモンスターが溢れかえる!! 人間はモンスターに敗れて、大勢が死ぬ!! 間違いないことなんだ!!」
明は、奈緒の言葉を遮るようにして声を荒げた。
それから、すぐにハッとした表情へと変わると強く唇を噛みしめる。
「――――っ、……すみません」
理性と感情が噛み合わない。
情緒があまりにも不安定だ。
奈緒に悪気はない。急にあんなことを言われれば誰だって同じ反応をする。そう、分かっているはずなのに。
(……ダメだ。これ以上、話をする余裕が今の俺にはない)
明は固く瞳を閉じて、息を吐き出す。
それから、ゆっくりと目を開けると、明は奈緒へと視線を向けて呟いた。
「俺、今日はもう…………失礼します」
この話も、どうせ次の繰り返しには無かったことになっている。
そう思って、明が逃げるようにして踵を返したその時だった。
「一条!」
明を引き留めるかのような大声が社内に響き渡った。
「お前、このあと暇だろ? ちょっと付き合え」
「――え?」
予想だにしなかったその言葉に、明は思わず足を止めて振り返る。
すると、眉間に険しい皺を寄せたままの奈緒と目が合った。
奈緒は、明を見つめていた。
それから、ゆっくりと大きなため息を吐き出すと、親指を窓の外へと向けて口を開く。
「久しぶりに飲みに行くぞ」
「…………は?」