なんだよ、それ
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世界反転率が1%を超えました。
世界反転率が1%を超えたため、モンスターが本来の力の一部を取り戻します。
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「――――は?」
唐突に現れたその画面に、明の口から呆けた声が出た。
「世界、反転率……? なんだそれ……。いや、それよりも」
――モンスターが本来の力の一部を取り戻す。
その文面へと、明の視線は吸い込まれた。
(本来の力……? モンスターが強くなるってことか?)
時間が経つごとに、この世界にモンスターが現れるのならば意味が分かる。
けれど、一度現れたモンスターが時間経過と共に強くなるなんてことはありえない。いや、あってはならないことだ。
(そんな……、ゲームじゃあるまいし)
と、明が思わず笑った時だった。
「ぎぎぃッ!!」
物陰に潜み、隙を窺っていたのだろう。
耳障りな鳴き声を上げながら、一匹のゴブリンが石斧を片手に襲い掛かって来た。
「ッ!」
素早く、明は後ろに跳んで攻撃を回避する。
それからすぐに反撃をしようと石斧を構えるが、その時にはもう既にゴブリンは明の目の前へと迫っていた。
「げぎぃ!」
「なっ!?」
予想だにしないその速度に明は驚き、すぐにまた回避を試みたがもう何もかもが遅かった。
――ゴッ!
という音と共に、明の視界が揺れる。
それが、ゴブリンによる一撃を受けたのだと明はすぐに気が付いた。
「クッソ、ざけんなッ!!」
以前に比べて耐久値が上昇していたからだろう。
頭に攻撃を受けても血は流れず、明は怒りの声をあげると、ゴブリンへと目掛けて蹴りを放つ。前蹴りはゴブリンの腹を捉えると、小さなその身体を吹き飛ばした。
(くっそ、油断したっ!! いや、それよりも、コイツ……いつもよりも速い気がする――――ッ、さっき出たあの画面か!?)
思い当たる節はそれしかない。
間違いなく、あの画面の影響だろう。
明は舌打ちを一つ漏らすと、まずはその強さを確認するために、吹き飛ばされたゴブリンを見つめて口を開いた。
「解析」
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ゴブリン Lv5
体力:16
筋力:13
耐久:13
速度:8
魔力:5
幸運:2
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個体情報:レベル不足のため表示出来ません
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所持スキル:レベル不足のため表示出来ません
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(やっぱり、レベルが上がってるッ!!)
表示されたその画面を見て、明はまた舌打ちを漏らした。
これまで、明が確認していたゴブリンのレベルは3だった。そのステータスはどれも軒並み低く、初めこそ苦戦したものの、レベルアップを重ねた今の明にとっては一度も攻撃を受けることなく相手出来るモンスターとなっていた。
しかし、今、表示されたレベルは5。
レベルが上昇した影響か、そのステータスも、以前と比べれば変化している。
(世界反転――世界がひっくり返る、か。つまりは、世界反転率ってやつは、裏の世界――異世界がこの世界に現れたパーセンテージってことか? それが1%を超えたことでモンスターが強化されたってことは、その、反転率というやつが進めば進むほど、モンスターがこの世界に馴染む――もとい、本来の力を取り戻すってことだよな)
確信はないが、間違いないだろう。
そう思って、明は視線を鋭くさせる。
(だとしたら、この世界にモンスターが現れたのも、その反転率とやらが原因か?)
そして、ステータスやスキルなどといった、非現実的なものが出てきたのも、その反転率とやらが原因に違いない。
(異世界に、俺たちの世界が侵略されてる。ネットなんかでは、『異世界が来た』なんて揶揄されていたけど……あながち間違いじゃないっぽいな)
明はゆっくりと息を吐き出す。
それから素早くスマホを取り出して、時刻を確認した。
(午後、十二時三分。ってことは、あの画面が出たのは午後十二時前後。モンスターがこの世界に現れたのが午前零時あたりだから……半日で、反転率は1%進むってことか。モンスターが強化されていくなら、ここからが本番だな)
明はスマホを仕舞うと、ゆっくりと立ち上がるゴブリンを見つめた。
「さっきは油断したけど……」
言って、明は石斧を構えて腰を落とした。
「――――そう簡単に、俺が死ぬと思うなよ!!」
叫び、明は一気にゴブリンへと目掛けて駆け出す。
対するゴブリンもまた、獲物を前にした狩人のように、獰猛な笑みをその口もとに浮かべると迎撃の体勢を整えた。
「げひぃ!」
叫び、懐へと飛び込んでくる明に向けて、ゴブリンが石斧を振り下ろそうとする―――。
その瞬間だった。
「げ、ぎ、ぎぃッ!」
突然、ゴブリンはその獰猛な笑みを引っ込めたかと思うと、すぐにその表情を強張らせて、ガタガタと身体を震わせながらその手に持つ石斧を取り落としたのだ。
「ぎ、ぎぃ!」
それから、ゴブリンは腰を抜かしたようにその場へと座り込んでしまう。
「……なんだ?」
それは、あまりにも異常な行動だった。
明は思わず手を止めて、恐怖に震えるゴブリンを見つめる。
(いったい、なんだ? 何に怯えている?)
恐怖に染まったゴブリンの視線は、明の背後に向けられ動かない。
そのことに明は一度眉根を寄せて、背後へとちらりとした視線を向けたが、そこにはやはりと言うべきか何もなかった。
(コイツ、いったい何に怯えてるんだ?)
と、明が心の中で声を漏らしたその時だった。
「――――――――」
唐突に、周囲の空気が重たくなった。
その重たさに反応したのか、心臓が一度大きく跳ね上がったかと思うと、訳も分からず冷や汗が全身に滲みだす。
気が付けば身体は震え、息をしようにも肺が空気を吸い込むのさえも拒否しているかのように息苦しい。
周囲に漂う濃厚な死の気配に思考は弾けたように白く染まり、その場で立つこともままならず、明はその場に座り込んだ。
「ぁ――――」
立ち上がろうにも、押し付けられる殺気に身体が震えて力が入らない。
目を向ければ、明と同じように恐怖に震えるゴブリンは失神寸前だった。
「――――まさ、か……」
モンスターの強化という単語と、最悪の想像がぐるぐると頭の中を回って、絶望が黒く胸を染め上げていく。
明が恐怖で身を竦ませている間にも、ソイツはゆっくりとした足取りで、路地の先から現れた。
「フシュルルルル…………」
震える明を見て、ソイツは嗤った。
その笑みはまるで、逃げられるわけが無いだろうと言っているかのような、どこまでも馬鹿にしたような笑みだった。
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前回、敗北したモンスターです。
クエストが発生します。
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C級クエスト:ミノタウロス が開始されます。
クエストクリア条件は、ミノタウロスの撃破です。
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ミノタウロス撃破数 0/1
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――チリン。
軽やかな音を響かせて、その画面が表示される。
その内容を見つめて、明は一気に頭へと血が昇るのを感じた。
「い、いい加減にしやがれ!! こんなの、無茶苦茶だ!! クエストってのは、クリア出来るように作られてるんじゃねぇのかよ!! こんなの、こんなのッ!! ~~~~ッ、ざけんじゃねぇ!!」
叫びながらも、明は強く歯を食いしばると全身に力を込めた。
怒りによって、恐怖が紛れた。
身体が動く。逃げるのならば、今しかない。
「ッ!」
その場から逃げ出そうと、明は踵を返す。
ミノタウロスが動いたのはその瞬間だった。
「ォオオオオオオ!!」
叫び、ミノタウロスの姿が掻き消えた。
かと思えば、明が気付いた時にはもうすでに、その怪物は明の眼前に居た。
(――――なッ!?)
以前とは比べ物にならない速さに、明は大きく目を見開く。
そして同時に、明の頭には決して信じたくもない考えが思い浮かんでいた。
(まさか、コイツもゴブリンと同じように……)
嫌な予感が胸を渦巻く。
その予感が当たらないでくれと、明は必死に祈りを捧げる。
「――かい、せき」
明は、震える唇に力を込めて、掠れた言葉を吐き出した。
瞬間、その画面は表示される。
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ミノタウロス Lv80
体力:273
筋力:375
耐久:213
速度:192
魔力:59
幸運:62
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個体情報:レベル不足のため表示出来ません
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所持スキル:レベル不足のため表示出来ません
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「――――――――なんだよ、それ」
表示された画面を見て、明が呟いたその直後。
明の身体は、まるで熟れたトマトのように、ぐちゃりと潰れてしまっていた。




