孤独と疲労
モンスターから隠れ、時には逃げながらも戦闘をなるべく避けて、ようやく明が会社へと到着した頃にはもう既に七時半を回っていた。
(マズいな。早く準備しないと)
焦りに押されるようにして、明はリュックに必要なものを詰めていく。
準備は数分ほどで終わった。リュックに詰めたのは数日分の食料と、前回のレベリングで使えると判断した物資のみだ。
明は、膨らんだリュックを背負うとバタバタと会社を後にして街へと飛び出した。
(えぇ、と……。ミノタウロスが出るのはあっちだから――――こっちか)
周囲を見渡しながら、明はミノタウロスが出現する場所から反対の方向へと足を向けた。
街の中ではもう既に銃声が消えて、前回と同じく人も、モンスターも、その全ての気配が感じられなくなっている。耳が痛くなるようなその静けさは、ミノタウロスが近いことを存外に示していた。
「――っ」
静まり返った街を明は駆ける。
会社のある雑居ビルが立ち並ぶ通りから離れて、デパートや小売店が立ち並ぶ商業区に足を踏み入れる。
そうして、しばらくの間走っていると、ぽつぽつと現れ始めたゴブリンの姿に、明はようやく走る速度を落とした。
「ここまで来れば、もう、安心、か?」
言いながら、明は襲い掛かってくるゴブリンをきっちりと経験値の足しにして、それからすぐに周囲を見渡して、物陰へと姿を隠す。
路地の先に、群れで動くボアの姿を見つけたからだ。
「ふー……」
息を吐き出し、明は額に浮かんだ汗を拭った。
(どれくらい離れた? 二キロ……いや、三キロは軽く走ったか?)
距離の割にはかけた時間は数分ほどと短い。これもまた、伸びたステータスの影響なのだろう。
(ひとまず、どこかに隠れるか)
カニバルプラントとの戦闘で溜まった疲労を癒し、受けた傷を治療する必要もある。
明は物陰に隠れながら歩き回り、ドラッグストアを見つけると窓を割ってその中へと押し入った。
(今さらだけど、不法侵入することに躊躇なくなってきたなぁ。まあ、こんな世界だし、そんなことを言ってる余裕なんて無いんだけどさ)
心の中で呟きながらも、明は店内を物色して消毒液や湿布、ガーゼや包帯などを見つける。ついでに市販の鎮痛薬を見つけると、それらすべてを手に取って、店内の一角に腰を下ろして傷の治療を始めた。
裂けた皮膚を消毒して、ガーゼを押し当てその上から包帯を巻きつける。青あざや蚯蚓腫れには湿布を貼って、痛みには市販の鎮痛薬を飲んで対処した。
「……我ながら酷いな」
そうして、すべての傷の手当を終えて。自身の身体へとぐちゃぐちゃに巻きつけられた包帯を見て、明は思わず言葉を溢した。
医者や看護師などといった医療者が見れば思わず眉を顰めそうな見た目になっているが、自分自身、不器用であることは明がよく分かっている。
(まあ、こういうのは、傷に変な菌が入らなければいいんだよ)
と、大雑把ながらもどこか男らしい考えを明は心の中で言って、ごろんと床に横たわった。
(……この場所も、静かだ。俺以外の人間は、みんなもう…………死んだのかな)
その可能性は高い。地面に広がる夥しい血の跡は、夜間よりも朝の方がより増えている。道端に転がる、モンスターに食われた死体の数だって一つや二つじゃ済まされない。初めは衝撃を受けたその光景も、今ではもう見慣れてしまった。
(…………疲れた)
気が抜けたからか、一気に瞼が重くなる。けれど、今、この場で眠るわけにはいかない。眠れば最後、モンスターに襲われて命を落とす可能性だってある。
それが分かっているからこそ必死に、明は眠気と戦い続けた。
どのくらいの間、横になっていただろうか。
ふと気が付くと、時刻は午前八時を大きく過ぎて、前回の死亡した時刻を越えていた。
(……いつの間に)
心の中で呟き、明は身体を起こす。
横になって身体を休めたからか、多少は疲労が抜けている。飲んだ鎮痛薬が効き始めたのか、身体の痛みも和らいでいるようだ。
(うん。これなら、問題なく動けそうだ)
中断していたレベリング作業も、この分ならば出来るかもしれない。
そう考えて、明は周囲を警戒しながらも、そろりとドラッグストアを抜け出る。
(レベリングの相手は……。また、カニバルプラントでいいか)
戦うのは大変なモンスターだが、以前の候補に出していたキラービーはカニバルプラントよりも死ぬ危険が大きい。安全策を取るならば選択肢は一つしかないだけに、ここが踏ん張りどころだろうと明は気合を入れた。
「問題は、どこにカニバルプラントが居るのか……だな」
前回、街を歩き回っていた際に足を運んでいたのは、雑居ビルが立ち並ぶ会社の周りと、会社から東と北の方角に広がる住宅街だ。南側の、こちら商業区には前回足を踏み入れていない。
会社周辺や住宅街であれば、ある程度はカニバルプラントの出現位置が分かるが、こちら側に出現したカニバルプラントの位置は把握していなかった。
(……とにかく、歩き回るか)
そうして、見つけ次第に戦っていけばいいだろう。
明は、そう結論を出すと周囲を警戒しながらも探索を始めた。




