二度目の夜明け
夜が明けた。
明にとっては二度目に体験する、モンスターが溢れた世界での夜明けだった。
この数時間で明が相手にしたカニバルプラントの数は五体。成果はレベルアップが二回と、十分とも不十分とも言えない結果になっていた。
「はぁー…………」
大きなため息を吐き出して、明はコインパーキングの車止めに腰を下ろす。
それから、手にした水のペットボトルで喉を潤すとぼんやりと空を見上げた。
「……朝、か」
漏れだす明の言葉には濃い疲労の色が滲んでいた。
明は後悔していた。
確かに、カニバルプラントを相手にし始めてからレベルアップの速度は上がっている。しかし、その戦闘方法はゴブリンとは比にならない大変さで、襲い来る無数の触手――もとい蔦を絶えず回避し続ける戦闘スタイルは、確実に明の身体へと疲労を蓄積させていった。
「疲れた……」
明はまたため息を漏らす。
疲労が蓄積すれば、戦闘の動きも精彩を欠いていく。
注意や警戒は散漫となり、蓄積する疲労はやがて隙に繋がった。レベリング中に、カニバルプラントから手痛い一撃を受けたのは一度や二度ではない。今や明の身体は青あざと蚯蚓腫れに覆われて、裂けた皮膚から流れる血は一か所や二か所では済まなかった。
警戒をしていた、捕食されるという行為だけはなんとか受けずに済んでいるが、このまま戦闘を続けていれば捕まるのも時間の問題だろう。
「はぁ……」
何度目になるか分からないため息が明の口から漏れた。
「ステータス」
呟くと同時に現れる画面を、明はじっと見つめる。
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一条 明 25歳 男 Lv4(11)
体力:13
筋力:28
耐久:27
速度:22
幸運:12
獲得ポイント:16
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固有スキル
・黄泉帰り
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スキル
・身体強化Lv1
・解析Lv1
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ダメージボーナス
・ゴブリン種族 +3%
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(カニバルプラントから受けた攻撃は多い。身体も傷だらけだ。……けど、それでもまだ、こうして生きていられるのは、ステータスの耐久値や体力が以前よりも上がっているから……だろうな)
心の中で言葉を漏らし、明はまた重たい息を吐き出した。
(ポイント20まで、残り4レベル……。そう言えば、今回はまだクエストが発生してないな。ミノタウロスに出会った時も、ゴブリンに出会った時も、『前回、敗北したモンスター』って言ってたし、前回の人生で死ぬ原因となったモンスターと出会えば今回の人生でのクエストが発生する――ってことか?)
だとすれば、今回のクエストが発生する相手はミノタウロスだ。
その仮説を確かめるためには、一度、ミノタウロスに出会わなければならない。
(……いや、無理だろ。出会った時点で死ぬわ)
力なく笑って、明は息を吐いた。
ひとまず、これは仮説として置いておこう。そう考えて、明は思考を切り替える。
「今は……午前七時か。前回、俺が死んだのは……八時すぎだっけ」
スマホを取り出し、時間を確認した明は呟く。
夜中から響いていた銃声は、前回と同様に途切れ始めている。それはつまり、今回もまた、ミノタウロスが人々を襲い喰らっているということに他ならなかった。
(前回だと、アイツは八時ぐらいに街中に来てたから……。その時間には、その方向には行かないとして)
『黄泉帰り』によって繰り返されるこの世界で、人やモンスターは基本的には前回と同じ行動を繰り返すことを、明は五度の蘇りで把握していた。
その行動に変化が生じるのは、明が自発的に手を加えた場合だ。
例えば、あの、五匹のゴブリンに殺された二人の警官。
この世界での明は、職質を受けていない。結果として、あの通りでパトカーを止めることなく通り過ぎたのであろう警官二人は、あの場でのゴブリンの襲撃を受けずに済んでいた。
それが間違いないことを、明はこの夜にあの通りへと足を運んで、二人の警官の死体が無いことから確認をしている。もしかすれば、明のあずかり知らぬところで二人の警官は死んでいるのかもしれないが、そこまでは明も把握しきれなかった。
(ひとまず、今のうちに一度会社に戻って、水と食料を持ってミノタウロスと逆の方向に逃げよう)
明はレベリングの中断を決めると、悲鳴を上げる身体に鞭を打つようにして立ち上がり、今回もまた拠点としている会社へと向けて足を進めたのだった。




