表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
7章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

350/351

スケルトン②

「ぐ、うぅ……」


「しっかりしろ! 剣が掠めただけだ! 死にやしないッ!!」


 明は叫ぶように言い放つと、近づいてくるスケルトンを斬りつけた。


「それとも、こんなところで死ぬつもりか!? アンタの奥さんや娘を残して死んでもいいのかよ!!」


「す、すまん……」


「俺がアンタを死なせやしない!! 何があってもだ!!」


 明はそう叫ぶと、亜空間から包帯を取り出してアーサーに手渡した。


「分かったらさっさと止血しろ! アンタが立て直す時間ぐらい、俺一人でも十分稼げる!」


 明は『疾走』を発動させた。世界がスローモーションのように遅くなり、迫りくるスケルトンたちの動きが止まって見えるようになる。


 だが、その世界に違和感があった。以前発動した時よりも、敵の動きが速く感じたのだ。


 明は素早く三体のスケルトンの核を砕いて骨の山に変えると、残りの魔力を確認した。



 ――――――――――――――――――

 魔力:2【35】

 ――――――――――――――――――


 

 原因はすぐに分かった。


 残された魔力が少ないことで、発動した『疾走』の効果が落ちていた。


 『疾走』や『剛力』といった魔力消費型の能力値上昇系スキルは、残された魔力量によって効果の上昇幅が変わってくる。雀の涙程度しかない今の魔力では、『疾走』と『戦闘感覚』、二つのスキルのシナジー効果はかなり薄かった。


「……っ」


 だからって動きを止めるわけにはいかない。


 明は奥歯を噛みしめると、奥から迫るスケルトンに拾った錆びた剣を投げつけ、反転した勢いで背後から迫るスケルトンを蹴り飛ばした。


「まだ動けないか!?」


「ま、待たせた……ッ」


 アーサーが蒼い顔で立ち上がった。痛みがあるのか、顔が歪んでいる。それでもしっかりと短剣を握りしめたアーサーに、明は素早く指示を出した。


「地面に落ちてるやつらの剣を拾って投げ続けろ! 狙いは適当でいい!」


「分かった!」


 アーサーは痛みを堪えながら、地面に散らばる錆びた剣を拾い上げた。


 明は前後から迫るスケルトンを交互に相手にしながら、必死に現在の位置を維持した。これ以上後退すれば、二人が動けるスペースが完全になくなってしまう。



 ――――――――――――――――――

 死霊系モンスター撃破数:51/100

 ――――――――――――――――――



 ようやく半分を超えた。


「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……」


 呼吸を整える暇もない。一瞬でも動きを止めれば、あっと言う間に全滅だ。辛うじて戦線を維持できているのは、明の常人離れした運動量があってこそだった。


「……ッッ!!」


 明は、荒い吐息を噛み砕くかのように奥歯を噛みしめると、素早く短剣を動かした。目にも止まらぬ銀閃が闇を切り裂き、迫りくるスケルトンを斬り伏せる。核を砕かれたスケルトンが、バラバラに骨の山となって散らばった。


 しかし、倒しても倒しても、新たなスケルトンが地面の骨を踏み越えて迫ってくる。


「一条くん、まずい!」


 アーサーの声で振り返ると、地面に散らばっていた骨の山が崩れ始めていた。スケルトンたちが仲間の骨を蹴散らしながら、強引に前進してきている。


「くそっ!」


 明はすぐに『剛力』を発動した。筋力が瞬間的に増幅される。明は強化された力で、目の前のスケルトン二体をまとめて殴り飛ばすと、素早く残りの魔力を確認した。



 ――――――――――――――――――

 魔力:0【35】

 ――――――――――――――――――

 


 魔力が完全に枯渇していた。


 『魔力回復』スキルも、魔力回復薬も持っていない。ポイントも残っていないから、魔力を回復する手段が、今はもうどこにもなかった。


「ここはもう持たない!」


 明は路地の壁を見上げた。三階の窓が開いている。


「あの窓から中に入るぞ!」


「窓って、三階のあの窓か!?」


「今の俺たちの身体能力なら可能だ! 早く!!」


 明は壁際に立ち、両手を組んで足場を作った。アーサーは一瞬の逡巡を見せた後、覚悟を決めたように小さく頷いた。


「いくぞ!」


 アーサーが明の手を踏み台にすると同時に、明はアーサーを投げ上げた。


 空高く舞い上がったアーサーが窓枠に手をかけ、なんとか中に滑り込む。


「一条くん、君も!」


 アーサーが窓から手を伸ばした。


 明は短剣を口にくわえ、数歩下がって助走をつけた。全力で走り込み、壁に足をかける。靴底が壁を蹴り、体が宙に浮いた。



 ――しかし、届かない。



 窓枠まであと少しのところで、明の体は落下し始めた。



「くそっ!」



 その瞬間、アーサーが身を乗り出した。



「掴まれ!」


 アーサーの手が明の手首をがっしりと掴んだ。明の全体重がアーサーの腕にかかる。


「ぐっ……重い!」


 アーサーが歯を食いしばる。肩の傷が開き、血が滲み始めた。それでもアーサーは手を離さない。


「もう少しだ!」


 明は空いている手で窓枠を掴み、足で壁を蹴って体を持ち上げる。アーサーが渾身の力で引っ張り上げた。


 ようやく明の上半身が窓枠を越える。最後の力を振り絞って体を引き上げ、窓から室内に転がり込んだ。


 二人は床に倒れ込み、荒い息をついた。


「はぁ……はぁ……助かった」


 二人は荒い息をつきながら、窓の下を見下ろした。


 路地はスケルトンで埋め尽くされていた。カチャカチャという骨の音が、不気味な合唱のように響いている。


「これで少しは時間が稼げる」


 明は立ち上がり、部屋を見渡した。


 オフィスビルの一室らしく、デスクと椅子が整然と並んでいる。窓から差し込む月光が、埃っぽい空気を照らしていた。


「少し休もう」


 明は壁にもたれかかった。全身から汗が噴き出し、心臓が早鐘を打っている。


 アーサーも床に座り込み、肩の傷を確認していた。包帯は血で赤く染まっているが、出血は止まっているようだ。


「大丈夫か?」


「ああ、なんとか」


 アーサーは苦笑した。


「それにしても、凄まじい数だな……。シナリオとやらは、死霊系モンスターを百体倒すだけじゃなかったのか? どう見ても、百体以上のモンスターが集まってきているように見えるが……」


「シナリオシステムの影響ですよ。クリア条件を満たすまで、あのモンスターは出現し続けるようです」


 明は再び窓から路地を見下ろした。先ほどまで地上でひしめき合っていたスケルトンたちの様子が変わっている。


「おかしい……数が減っている?」


 アーサーも窓際に寄ってきた。


「本当だ。さっきより少ない」


 窓の外で異様な音がしたのは、その時だ。



 ガリッ、ガリッ、ガリッ……



 何か硬いものが、外壁を引っ掻く音だった。



「まさか」


 明は慌てて窓から身を乗り出し、真下を見下ろした。


「……やっぱりか」


 小さな舌打ちが漏れた。


 ビルの壁面全体に、まるで白い蜘蛛のようにスケルトンがびっしりと張り付いていたのだ。路地から消えたスケルトンたちは、壁を登り始めていた。


 外壁のわずかな継ぎ目や、エアコンの室外機、配管や窓枠、非常階段の手すりなど、あらゆる突起物に骨の指を引っ掛けて、スケルトンたちはゆっくりと、しかし確実に上を目指して登ってくる。


「壁を登ってきてる!?」


 アーサーが青ざめた。


「骨だから身軽なんですよ」


 明は舌打ち混じりに言った。


「ここも安全じゃないな……。屋上に行きます。そこで最後の勝負をかけましょう」


 明は素早く判断を下した。


「屋上? 逃げ場がないじゃないか!」


「ここに居ても一緒ですよ。態勢を整えるためにも、今は少しでも距離を稼いだ方がいい」


 ガラスを叩く音が響いたのはそんな時だ。



 ドン! ドンドンドンッ!



 窓の外から伸びたスケルトンの骨の手が、窓ガラスを激しく叩いていた。



「走れ!」


 明が叫んだ瞬間、ガラスにヒビが入った。



 パリン!



 ついに窓ガラスが割れ、骨の腕が室内に侵入してきた。青白い炎を宿した頭蓋骨が、割れた窓から顔を覗かせる。


「こっちだ!」


 明は部屋を飛び出し、廊下を全力で走った。アーサーも後に続く。


 背後で、さらに多くのガラスが割れる音が響いた。カチャカチャという骨の音が、次第に近づいてくる。


「階段はどこだ!?」


「あそこだ!」


 明は非常口の看板を指差した。重い扉を押し開け、階段を駆け上がる。


 コンクリートの階段に、二人の足音が響く。一段飛ばしで駆け上がりながら、明は振り返った。


 階下から、スケルトンたちが追ってきている。骨と骨がぶつかり合う音が、階段全体に反響していた。


「あと二階!」


 息を切らしながら、最後の階段を登る。


 屋上への扉は施錠されていたが、明は躊躇なく体当たりした。強化された筋力で、扉が蝶番ごと外れる。


 二人は屋上に転がり出た。


 冷たい夜風が吹き抜け、街の灯りが眼下に広がっている。


「扉を塞げ!」


 明は近くにあった給水タンクの蓋を引きちぎり、扉の前に立てかけた。アーサーも屋上に置かれていた資材を積み上げる。


 しかし、それも一時しのぎに過ぎない。



 ドンッ! ドンッ!



 下からスケルトンたちが扉を叩き始めた。


「時間がない」


 明は屋上の縁に走り、下を見た。


 ビルの壁面は、白い骨で覆われていた。無数のスケルトンが、四方八方から屋上を目指して登ってくる。


 明は振り返り、アーサーと目を合わせた。


「ここで食い止めます。屋上の縁から登ってくる奴らを、片っ端から叩き落としてください」


「分かった!」


 二人はそれぞれ別の方向の縁に向かった。


 最初のスケルトンの頭蓋骨が、縁から顔を覗かせた瞬間、明は躊躇なく蹴り飛ばした。



 ガシャン!



 スケルトンは骨をバラバラにしながら落下していく。地面に激突した衝撃で、核となる青い炎が消えた。しかし、すぐに別のスケルトンが現れる。


「キリがない!」


 アーサーが叫びながら、短剣の柄でスケルトンの手首を叩いた。関節が外れ、手だけが縁に残ったまま、スケルトンが落下していく。


 屋上の四方から、次々とスケルトンが這い上がってくる。明とアーサーは必死に走り回り、縁に手をかけたスケルトンを叩き落とし続けた。


「こっちだ! 三体同時に来てる!」


 明はスケルトンの手を踏みつけた。骨の指が砕け、スケルトンが落下する。しかし、すぐに別の手が伸びてくる。


「北側にも!」


 アーサーが走った。明も反対側の縁に向かう。


 二人は屋上を駆け回りながら、ひたすらスケルトンを落とし続けた。



 ドンッ! ドンッ!



 階段の扉を塞いでいたバリケードが、少しずつずれ始めている。内側からの圧力に耐えきれなくなってきていた。


「一条くん! いつまで耐えればいいんだ!?」


 アーサーが悲鳴をあげた。


 明はシナリオの画面を確認する。



 ――――――――――――――――――

 死霊系モンスター撃破数:73/100

 ――――――――――――――――――



(まだ27体も残ってる……!)


 思わず唇を噛みしめた。


「もう少しだ! 撃破数があと少しで百体に届く!」


 明は叫びながら、縁に這い上がろうとするスケルトンの頭を蹴り飛ばした。


 倒しても倒しても、新たなスケルトンが壁を登ってくる。まるで白い津波のように、ビル全体を骨が覆い尽くしていた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」


 縁から登ってくるスケルトンを蹴り落とし、振り返って別の方向へまた走る。走った先で壁から登ってきたスケルトンをまた、地上に叩き落とす。


 この繰り返しが、もう何分続いているのか分からない。


 だけど、ただ一つだけ分かっていることがある。


(ここで止まれば、俺たちは死ぬ……!)


 ドンッ! ドンッ!


 階段側のバリケードへの衝撃音が、次第に大きくなっていく。給水タンクの蓋が少しずつずれ、隙間が広がり始めていた。


 ガシャン!


 ついに、バリケードが大きく音を立てて崩れた。


 給水タンクの蓋が倒れ、積み上げた資材が散乱する。扉の隙間から、骨の手が次々と伸びてきた。


「扉が破られた!」


 アーサーが叫んだ。


「もう退路はない!」


 明は歯を食いしばった。前後から挟み撃ちになる。屋上の縁からは絶え間なくスケルトンが這い上がり、階段からも新たな群れが押し寄せてくる。


「階段から来るやつらは無視しろ! 扉の残骸を乗り越えてくるから、動きが遅くなるはずだ! 奴らが屋上に展開する前に、縁の奴らを片付ける!」


 確かに、階段から出てきたスケルトンたちは、扉付近で渋滞を起こしていた。狭い出口から一度に出られるのは二、三体が限界だ。


 一方、屋上の縁からは四方八方から同時に登ってくる。数としては、こちらの方が圧倒的に脅威だった。


「一条くん! 西側が手薄だ!」


「分かった!」


 明は西側に走った。三体のスケルトンが同時に縁を越えようとしていた。


 明は一体目の頭を掴んで引き剥がし、そのまま二体目にぶつけた。骨同士が絡まり合い、バランスを崩して落下していく。


 三体目が完全に屋上に上がる前に、明はその胸骨を蹴った。


 ガシャン!


 核が砕ける音がして、スケルトンが崩れ落ちた。



 ――――――――――――――――――

 死霊系モンスター撃破数:85/100

 ――――――――――――――――――



「あと15体だ!」


「15体!? もうこれ以上は無理だ!」


「泣き言を漏らす暇があるなら手を動かせ! 止まれば俺たちはそこまでだ!」


 アーサーに檄を飛ばす明だったが、彼の身体はすでに限界を迎えていた。


 昨日から休まず戦い続けた疲労で、全身はまるで鉛を背負っているかのように重たく、一歩、足を踏み出すたびに膝が折れそうになる。視界の端はすでに暗くなり始め、酸欠で思考が回らなくなっていた。


 それでも、明は震える足に鞭を打つ。


 過去の周回の記憶が、脳裏をよぎっていた。何度も失敗し、何度も仲間を失い、何度も絶望した。ここで楽になりたいと思ったことは一度や二度じゃない。それでも明は諦めなかった。諦めるわけにはいかなかった。



(俺が倒れたら、アーサーも死ぬ。そうしたら、また最初からやり直しだ)



 明は奥歯を割れんばかりに噛みしめた。血の味がじんわりと口の中に広がる。その苦みが、まだここに命があるのだと、生を実感させてくれている。


 屋上に這い上がってきたスケルトンが、明へと錆びた剣を振り回してきた。



 カァン!



 振るわれた敵の剣に合わせて、明は刃を振り払った。


 完璧なパリィだった。敵の剣の力を利用し、わずかな力で軌道を逸らす。まるで川の流れを変えるように、自然に、滑らかに。何百回、何千回と繰り返し、過去の周回で身につけ、体に刻み込まれた戦闘技術が、今の明を支えていた。


 バランスを崩したスケルトンの懐に、明は体ごと飛び込んだ。残された全ての体重を乗せ、短剣を突き出す。


 刃が胸骨を貫通し、核を砕いた。


「ぐっ!!」


 背後からうめき声が聞こえた。見れば、屋上へと這い上ってきたスケルトンの剣が、アーサーの太ももを突き刺しているところだった。


 明はアーサーに手をかけようとしていたスケルトンの腕を斬り飛ばし、胸の核を突き刺した。


「立て!! 生きたいなら、何が何でも立つんだ!!」


「ぐ、ぅううう」


 苦痛に顔を歪めながら、アーサーが立ち上がった。


「あと、どのくらいだ……!」


「残りを気にする余裕があるなら、目の前の一匹を倒すのに集中しろ!」


「それもそうだな……っ!」


 明が押し返したスケルトンを、アーサーが核を狙って刺す。

 アーサーが体勢を崩したスケルトンを、明が縁から蹴り落とす。


 二人は互いに背中合わせになり、互いを守りながら必死にスケルトンたちを倒していく。



 ――――――――――――――――――

 死霊系モンスター撃破数:97/100

 ――――――――――――――――――


 

 あと3体。


 しかし、二人はついに限界を迎えた。


 最初に倒れたのは明だった。膝から力が抜けて、体が前のめりに崩れ落ちる。明の指から滑り落ちた暴虐の黒刃が、鈍い金属音を立ててコンクリートの上を転がった。明は手をついて体を支えようとしていたが、その腕さえも震えて体重を支えきれていなかった。


 アーサーも、がくりと膝をついた。女王蜂の毒短剣だけは最後の意地で握りしめていたが、もう立ち上がる力は残っていなかった。肩と太ももの傷から流れ出た血が、屋上のコンクリートに赤黒い染みを広げていく。


 カチャ、カチャ、カチャ……。


 周囲のスケルトンが、倒れた二人に近づいてくる。そのうちの一体が、地面に伏した明へと顔を向けた。カタカタと骨を震わせ、虚ろに窪んだ眼窩が明を捉える。


 そして、手にした剣を明に向けて振り下ろした―――。



             *



 時が止まったように感じた。


 その光景を見た瞬間、アーサーの身体は凍り付いていた。


 命の恩人が、今まさに殺されようとしている。


 なのに、自分は何をしている?


 膝をつき、震えて、ただ見ているだけだ。


 あの青年は、見ず知らずの自分たち家族を守るために、ここまで戦ってくれたのに。


 傷だらけになりながら、血を吐きながら、それでも最後まで諦めなかったのに、自分はまた、見ているだけなのか?



(ああ、またか……)



 そう、まただ。


 また、自分は見ているだけ。


 娘がモンスターに連れ去られた時も、妻がモンスターと戦っている時も、自分はただ見ていることしかできなかった。


 男として、夫として、父として――自分は失格だ。


 腹の底から、怒りが湧き上がってきた。


 それは敵に対してではない。自分自身への、純粋な憤怒だった。



(いつまで、弱いままでいるつもりだ)



 手が震える。恐怖からではない。怒りからだ。


 こんな自分が、家族を守れるはずがない。守るどころか、足手まといにしかなっていない。


 だが、今この瞬間だけは違う。



「……ッ!」



 明が教えてくれた、パリィという技術。力がなくても、タイミングと角度さえ合えば、敵の攻撃を受け流せる。庭での訓練で、何度も何度も練習した。


 あの時の感覚が、手に残っている。



(今ここで、この恩人を守れなければ)



 アーサーは女王蜂の毒短剣を強く握った。手の震えが止まっていた。



(私に、家族を守る資格なんてない!)



 立ち上がる。太ももの傷が激痛を訴えるが、関係ない。


 スケルトンの剣が、明に向かって振り下ろされる。その軌道が、まるでスローモーションのように見えた。


 体が、勝手に動いていた。


             *


 キィン!


 完璧なパリィだった。


 女王蜂の毒短剣が、明に向けられた剣を正確に弾いていた。



「私は……もう二度と、大切なものを失わない!」



 それは宣言だった。自分自身への、そして世界への宣言。吼えるように、叩きつけるように言った大きな怒声が、夜闇をビリビリと震わせた。



「お前らには奪わせない!! 私が守ってみせる!!」



 アーサーは叫び、弾いた剣の勢いを利用し、流れるような動きでスケルトンの核を突いた。刃が胸骨を貫通し、青い炎が消えた。


 明は倒れながらも、その光景を見ていた。


 アーサーの目に宿る光が、変わっていた。守られる者から、守る者へ。その変化を、明はそばで確かに見ていた。


「はっ、なんだ……やればできるじゃないですか」


 小さく、明は笑う。

 そして落とした暴虐の黒刃へと必死に手を伸ばし、震える指で掴み直した。



 ――――――――――――――――――

 死霊系モンスター撃破数:98/100

 ――――――――――――――――――


 

 残り2体。


 近くのスケルトンが剣を振り下ろそうとした瞬間、アーサーが血まみれの手で相手の足首を掴んだ。


「今だ!」


 血を吐くような叫び。


 軽量なスケルトンはわずかな力でもバランスを崩し、よろめいた。明はその一瞬の隙を見逃さなかった。


 掴み直した暴虐の黒刃を、残された全ての力を込めて投げた。


 回転する刃が空を切り、真っ直ぐにスケルトンの胸部へと向かう。刃は胸骨を貫通し、核を粉砕した。


 骨がバラバラと音を立てて崩れる。



 ――――――――――――――――――

 死霊系モンスター撃破数:99/100

 ――――――――――――――――――

 


 最後の一体。


 もう二人とも指一本動かせない。意識さえ朦朧としていた。


 屋上へと這い上がってきたスケルトンが、処刑人のようにゆっくりと剣を振り上げた。月光が錆びた刃を照らし、死の宣告のように輝く。


 その時だった。


 階段側から新たに登ってきたスケルトンが、狭い屋上で最後の一体と衝突した。カチャカチャと激しく骨がぶつかり合う音があたりに響き、軽い骨格同士が絡まり合う。


 バランスを完全に失ったスケルトンが、屋上の縁に向かって大きくよろめいた。


「……!」


 アーサーが最後の最後の力を振り絞り、血まみれの手を伸ばした。指先がかろうじてスケルトンの踵に触れる。


 わずかな力。だが、すでにバランスを崩していた軽い骨格には、それだけで十分だった。


 スケルトンは屋上の縁を越え、夜の闇へと落下していく。


 数秒後、遠くで核が砕ける音が響いた。




 ――チリン。




 そして音が鳴った。






 ――――――――――――――――――

 アーサー・N・ハイドのシナリオ【守り抜くための力】が進行中。


 アーサー・N・ハイドと共に討伐した死霊系モンスター撃破数100/100

 ――――――――――――――――――

 アーサー・N・ハイドのシナリオ【守り抜くための力】の達成を確認しました。報酬が与えられます。


 シナリオクリアの達成報酬として、アーサー・N・ハイドに固有スキルとポイントが与えられます。



 ・固有スキル:死霊術 がアーサー・N・ハイドに与えられました。

 ・ポイント100がアーサー・N・ハイドに与えられました。

 ――――――――――――――――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ドミノ倒し狙いところだけど壁面登って周囲埋めてくるからできない地味に賢しいスケルトン……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ