パリィ
明はドアから離れ、リビングに戻った。
「リリスライラです。無視してください」
「リリスライラ?」
アーサーが首を傾げた。
「昨夜、SNSで警告した邪教組織です。異世界から来た魔王崇拝者たちで、この混乱に乗じて勢力を拡大しようとしている」
明は窓から外を確認した。スーツの男はまだ玄関前に立っている。しばらくすると、諦めたのか隣の家へと移動していった。
「あんな普通の格好で……」
オリヴィアが不安そうに呟いた。
「俺たちと同じ見た目でも、中身は魔王に魂を売ったクズですよ。見た目に騙されないようにしてください」
明は冷たく言い放った。過去の周回で、リリスライラがどれだけの被害をもたらしたか、その記憶が蘇っていた。
「アイツらの動向は気になりますが、今は相手にしている場合じゃない。アーサーさん、少し休んだら、午後から軽い訓練をしましょう」
「訓練?」
「ステータスが上がっても、身体の動かし方を知らなければ意味がないでしょ。基本的な回避の仕方、武器の扱い方を覚えてもらいます」
明はそう言うと、キッチンへ向かった。
「お腹も空いているでしょう。食材とキッチンをお借りしても良いですか? 何か作りますよ」
「あ、私が」
オリヴィアが立ち上がろうとしたが、明は手で制した。
「奥様は休んでいてください。回復薬を飲んだとはいえ、まだ本調子じゃないはずです」
明は冷蔵庫を開けた。停電はまだ起きていないようで、中の食材は新鮮だった。卵、ベーコン、野菜。簡単な昼食を作るには十分だ。
料理をしながら、明は思考を巡らせた。
(リリスライラが動き始めたか。SNSでの警告が効いているのか、動きは慎重になっているようだが……)
フライパンでベーコンを焼く音が、静かな家の中に響く。その音を聞きながら、エマが恐る恐るキッチンに入ってきた。
「あの、お手伝いします」
「ありがとう。じゃあ、お皿を出してもらえる?」
エマが食器棚から皿を取り出している間に、明は手早く料理を仕上げた。ベーコンエッグとサラダ、トーストという簡単なものだが、この状況では贅沢な食事だった。
「いただきます」
食卓を囲んで、つかの間の平穏な時間が流れる。エマは両親の隣で、少し元気を取り戻したように見えた。
「一条さん」
食事の途中で、オリヴィアが口を開いた。
「あなたは、どうしてこんなことを? 見ず知らずの私たちを、危険を冒してまで助けた理由は何ですか?」
明は箸を置いた。
「俺の、個人的な理想の世界を叶えるためです」
「理想の世界?」
アーサーが不思議な顔をした。
「はい。俺は、誰もが笑える世界を目指しています。こんな理不尽だらけの世界ではなく、誰もが笑って明日を迎えることができる世界を、俺は見たい。そのために俺は何度もこの世界をやり直している」
明は窓の外を見た。穏やかな住宅街の風景が、まるで嘘のように平和に見える。
「あなた達を助けたのは他でもない。あなた達の悲劇が、より多くの悲劇を招くことになるからだ」
「より多くの悲劇……」
アーサーは呟くように言って、明の視線を追った。
「想像もつかないな、私たちの身に起きたことが、より多くの人を悲しませることになるなんて」
「当然です。その未来はもう、訪れないんですから」
明は苦笑した。
「信じられない話でしょうが、これが真実です」
重い沈黙が流れた。やがて、アーサーが口を開いた。
「分からないことだらけだが、一つだけ確かなことがある。君は命の恩人だ。それだけで十分だよ」
「ありがとうございます」
明は小さく笑って、頭を下げた。
食事を終えると、明はアーサーを庭に連れ出した。
「まず、基本的な身体の動かし方から始めましょう」
明は亜空間から暴虐の黒刃を取り出すと、それを構えて見せた。
「アーサーさんは先ほど渡した短剣を構えてください。武器を持つ時は、力を入れすぎないように。ガチガチに握ると動きが硬くなります」
アーサーが明の真似をする。
明は説明と実演を続けた。
「攻撃をするときは腕だけの力で斬り込まないように。肩、背中、腰、足。すべての動きは連動しています。そして、これが一番重要なことですが、俺たちの武器種は短剣です。間合いは短く、武器の攻撃力は低い。斬撃は長剣に劣り、刺突は槍に劣ります」
「だが、他の武器にはない利点もあるんだろう?」
「もちろんです」
こくりと明が頷く。
「短剣の利点は、他の武器よりも軽量で取り回しが簡単であることです。素早い攻撃や連続攻撃に適しているし、軽量だからこそ、戦闘中の疲労も少ない。長期的な戦闘になれば、スタミナの消費がもっとも少ない武器とも言えます」
「なるほど」
「あとは、接近戦に有利な武器です。長剣や槍のようなリーチはないですが、至近距離での制圧力は高く、投げ技や組み技との相性が良い。捕縛からの急所狙いなど、攻撃手段は多岐に渡ります」
「……敵の攻撃を防ぐ手段はあるのか? クイーンビーといったか? あの蜂の化け物と戦う時、君は戦斧を盾代わりに使っていたじゃないか。レベルアップと『身体強化』スキルで能力値が増えたとはいえ、私はずぶの素人だ。短剣だけで敵の攻撃を防ぐのは難しいと思うぞ。」
「短剣でも敵の攻撃は防げますよ」
明はそう言うと、アーサーへと向き直った。
「ここからは実践といきましょう。その短剣を使って、俺を攻撃してください。攻撃するときは、先ほど説明した身体の動きをなるべく意識して。俺は攻撃をしないので、安心して打ち込んできてください」
「実践って……本気か? 下手すれば怪我するぞ」
「大丈夫ですよ。怪我はしませんから」
「……何かあっても恨まないでくれよ」
アーサーはそう言って小さくため息を吐き出すと、地面を蹴って飛び出した。
ひゅんっ!
空気を切り裂く音が響き、鋭い切先が明に迫る。明は、迫る短剣の軌道を見極めると、手に持つ刃をタイミングよく振り払った。
キィン!
金属と金属がぶつかる音を響かせて、アーサーの振るった短剣が弾かれた。流れた短剣の軌道に合わせて、アーサーの上体が浮かび上がる。
明は隙だらけのアーサーの首筋に指先を押し当てると、小さく笑った。
「――これが、短剣の防御方法。パリィです」
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パリィ
・分類:武技(システム外スキル)
・異世界人が所持する剣術の一つ。相手の武器の軌道に合わせて、タイミングよく武器を振るうことで攻撃を弾くことが出来る。
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