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守り抜くための力

 シナリオシステム――それは明が過去の周回で『座』に組み込ませた、一般人でも固有スキルを獲得できるようにするための特殊なプログラムだった。


 本来、固有スキルは生まれながらに持つ者だけの特権だ。しかし、それでは多くの人々が、モンスターが跋扈するこの世界で生き残ることができない。


 だから明は、このシステムを作った。


 特定の条件を満たすことで、後天的に固有スキルを獲得できる道を。



(このシナリオをクリアすれば、アーサーは悲劇を経ることなく固有スキルを獲得できる。これこそが、十八回の周回と数千回の『黄泉帰り』を経て導き出した、理想の展開だ)



 ただし、シナリオクリアには乗り越えなければならない試練がある。



 ――――――――――――――――――

 アーサー・N・ハイドのシナリオ:【守り抜くための力】が発生します。


 アーサー・N・ハイドは、大切なものを守るために必要な力を欲しています。

 あなたはアーサー・N・ハイドと共に協力し、この世界に現れたモンスターを討伐してください。


 ――――――――――――――――――


 なお、このシナリオの受諾は任意です。あなたにはこのシナリオを拒否する権利があります。


 このシナリオ中、アーサー・N・ハイドにはあなたの持つ〝黄泉帰り〟の力が適用され続けます。

 アーサー・N・ハイドがこの力を失うのは、シナリオ終了時です。


 アーサー・N・ハイドのシナリオ【守り抜くための力】を開始しますか? Y/N


 ――――――――――――――――――



 明は画面に表示された文字を見て、小さなため息を吐き出した。

 モンスター討伐は一般的な内容だったが、追加の条件が少し厳しい。


(黄泉帰りの共有化か……。残機が少ない今、余計な死亡リスクが高まったな)


 運命共同体とも言い換えることができるその条件は、アーサーが死ぬことで明も強制的な死を迎えることを意味している。


 明だけでこの世界に現れたモンスターに挑むのはまだ簡単だが、アーサーも一緒になるとかなり厳しい。



「一条くん?」


 アーサーの声で、明は思考から引き戻された。



「すみません、少し考え事をしていました」


 明は小さく頭を振ると、アーサーを見つめた。



「これから、あなたに試練を与えます。それを乗り越えることで、あなたは特別な力を手に入れることができる」


「試練?」


「モンスターを討伐するんです。失敗すれば、死ぬかもしれない」


 アーサーの顔が青ざめた。しかし、すぐに覚悟を決めたような表情になる。


「……分かった。家族を守るためなら、どんな試練でも受けよう」


「パパ……」


 エマが不安そうにアーサーを見上げた。オリヴィアも心配そうな顔をしている。

 アーサーは二人に優しく微笑みかけた。


「大丈夫だ。パパは必ず戻ってくる」


 そして明に向き直る。


「で、その試練とは何だ?」


「これから分かります」


 明はアーサーの覚悟に頷くと、『Y』を押した。



 ――――――――――――――――――

 アーサー・N・ハイドのシナリオ【守り抜くための力】を開始します。


 これより、アーサー・N・ハイドにはあなたの黄泉帰りの力が適用されます。

 シナリオクリアの条件は、特定のモンスターを制限時間内に討伐することです。


 ――――――――――――――――――


 死霊系モンスター撃破数0/100

 残り時間:72時間59分59秒


 ――――――――――――――――――



「死霊系モンスター?」


 アーサーの目の前にもシナリオの画面が現れたようだ。その画面に表示された文字を見て、彼は不思議そうに首を傾げた。


「そんなモンスター、この街にいるのか?」


 その言葉に、明は首を横に振って眉をひそめた。


「いえ……通常なら、この街にはいません」


 死霊系モンスターは、世界反転率が4%を超えてから出現するモンスターだ。今は世界反転率が1%未満であるため、死霊系モンスターはこの世界のどこにも出現していないはずだった。


 明は難しい顔で画面を見つめて、思考を巡らせた。



(どういうことだ? この世界に現れていないモンスターを、システムは討伐対象にしないはずなのに……)


 まさか、システムが壊れたのか?


(それはない。絶対にありえない。シナリオシステムは、俺が何度も周回を重ねて功績を積み、『座』に用意させた絶対不変のプログラムだ。これまで何千回とループしてきた中で、システムが故障したことは一度もない)


 だとすれば、目の前のこれは一体何なのか。

 明はジッと画面を見つめて、やがて一つの結論に至った。


(―――…そうか。シナリオシステムは『座』の権限を使って、通常の制限を超えることができる。シナリオが死霊系モンスターを必要としているなら、システムが強制的に出現させる可能性がある)


「一条くん、どういうことだ? 死霊系モンスターがいないなら、このシナリオはクリアできないじゃないか」


 思考は、アーサーの不安そうな声に途切れた。

 明は顔を上げる。そして彼の顔を見つめると、言った。


「いえ、おそらく……シナリオが発生した以上、システムがどこかに強制的に出現させているはずです」


「出現させる?」


「ええ。通常の出現条件を無視して、シナリオのために特別に配置される可能性が高い」


 明は思考を整理した。


 死霊系モンスターが出現する条件は、世界反転率だけじゃない。場所的な要因もある。死者の念が強い場所、大量の死があった場所に出現しやすい。


「システムが出現させるとすれば、墓地か、病院……もしくは大きな事故があった場所に出現している可能性が高い」


 明は東の空を見た。朝日がすでに昇り始めている。死霊系モンスターは日中には姿が見えなくなる特性があるから、今からシナリオを終わらせるのは難しいかもしれない。


「アーサーさん、この街で最近、大きな事故や事件があった場所を知っていますか?」


 アーサーは少し考え込んだ。


「大きな事故……そういえば、三週間ほど前に市営病院の前の交差点で玉突き事故があった。死者は十五人以上だったはずだ」


「場所は?」


「ここから西に約二キロ。事故現場には今も献花台が残っているはずだ」


 明は頷いた。大量の死者が出た場所なら、シナリオシステムが死霊系モンスターを発生させる最適な場所として選ぶ可能性がある。


「もうすぐ朝になるので、夜になったらそこへ行きましょう。まずは確認が必要です」


「それまでの間、私たちはどうするんだ?」


 アーサーが首を傾げた。


「レベルを上げましょう。死霊系モンスターは、通常のモンスターとは比較にならないほど強力です。物理攻撃がほとんど効かず、触れられただけで生命力を奪われます。今のままでは、アーサーさんは戦うことすらできません」


 明はそう言うと、亜空間から取り出したゴブリンの棍棒をアーサーに渡した。


「まずは自分の状態を確認することから始めましょうか。『ステータス』と、唱えてください」


「ステータス?」


 恐る恐るアーサーが呟いた。次の瞬間、彼の瞳が大きく見開かれる。


「なっ……」


「画面が現れましたか? それが、この世界のルールの一つです。俺たちの能力値はすべて数値化され、画面に表示されるようになっています」


 明は説明した。


「モンスターを倒すことで経験値を得て、レベルが上がる。レベルが上がれば能力値も上昇し、ポイントを使ってスキルを習得することができます」


「まるでゲームみたいだな……」


 アーサーが困惑した表情を浮かべた。


「ゲームではなく、まぎれもない現実ですよ。そして、この現実に現れるであろう死霊系モンスターと戦うには、最低でもレベル30は必要です」


「30!? 今の私はレベル1だぞ!」


「だから、レベルを上げる必要があるんです」


 アーサーは、明の言葉に戸惑うように頷いた。


「レベルを上げる理由は分かったが……でも、どうやって上げるんだ?」


 アーサーは困惑した様子で周囲を見回した。


「モンスターを倒すしかないんだろう? でも、街に出れば危険だし、家族を置いていくわけにも……」


「その必要はありません」


 明は静かに言った。


「レベルアップに最適なモンスターなら――」


 明は親指でクイーンビーの巣の残骸を指差した。


「そこにいるじゃないですか」


 アーサーが明の指の先を追った。巨大な巣の六角形の部屋の中で、何かが蠢いているのが見えた。白い芋虫のような生き物が、粘液の中でゆっくりと動いている。


「あれは……」


「キラービーの幼虫です」


 明は淡々と告げた。


「クイーンビーが産み落とした幼虫が、まだ百体以上残っています。攻撃手段はありませんが、あれもれっきとしたモンスターです」


 明はアーサーを見つめて、ニヤリと笑った。


「あの幼虫を倒せば、レベルなんて簡単に上がりますよ」


 ――――――――――――――――――

 ビー・ラーヴァ(キラービーの幼虫)

 

 危険度:E~D(成長度によって変化)

 種別:魔蟲

 出現地:腐敗の蜂塔、魔蟲の巣、腐蝕した森、ライラ森林など


 ステータス(世界反転率1%未満)

 体力:10

 筋力:6

 耐久:5

 速度:4

 魔力:3

 幸運:12

 ――――――――――――――――――

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― 新着の感想 ―
ボーナスステージ…… アーサーが周回の記憶を自分の分だけでも思い出せたら情緒凄いことになりそうですよねぇ
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