邪教への牽制
(奈緒さんと彩夏は、どうにかなる。柏葉さんとはまだ合流できていないが、じきに自衛隊の人達に保護されるはずだ。問題は龍一さんか……)
清水龍一という男の悲劇を止めるには、リリスライラの問題を片付けなければならない。
しかし、今すぐにニコライへと挑むのは無謀だ。
彼はモンスターではないから、世界反転率の制限にもかからない。この世界に来た時点で、ニコライのレベルはすでに100を超えている。さらに、所持しているスキルも多数ある。正面から挑んで勝てる相手ではない。
(だからって放置することもできない……。ミノタウロスを倒したことで、これからはやつらの動きが活発化する)
今ごろ、やつらは計画が崩れたことで泡を食っていることだろう。
同時に、この世界の人間に対する認識を改めているはずだ。やつらの動きがより狡猾的に、より慎重になっていく。
その結果、この世界にリリスライラという邪教が急速に広まることになるのだが――その動きに対して、明はすでに牽制の準備を整えていた。
明はスマホを取り出した。そして複数のSNSアカウントにログインする。どれもモンスターが出現する前に情報を発信していたアカウントだ。
投稿を一つ、行う。
『これから、リリスライラという宗教組織がみなさんに接触してきます。彼らとは絶対に関わらないようにしてください』
すぐに返信が来た。返信の内容は、先ほどとは打って変わっていた。
『お前マジで何者だよ……全部当たってるじゃねえか』
『あの時は疑ってすみませんでした。あなたの警告を笑ってしまって。これからどうすればいいですか?』
『預言者様、次は何が起きるんですか? 教えてください』
『棍棒で戦えって本当ですか? 怖くて動けません』
『私は新宿にいます。会えませんか? あなたについていきます』
『突然のご連絡失礼いたします。テレビ〇〇の報道局です。こちらの投稿についてお話をお伺いさせていただきたいので、相互フォローの上、DMでやりとりを……』
返信の内容は、好意的なものや明に救いを求める内容で溢れていた。
とはいえ、それでも明に対して批判的な意見をするものもいるのが現状だ。中にはこの騒ぎは明の自作自演だと批判する者や、組織的な犯行を疑い、国家転覆を目論む犯罪者だと批判する者までいた。
明は優先順位をつけて、最も緊急性の高いものから素早く返信していく。
『ゴブリンから逃げられない場合は、複数いるなら狭い場所に誘導。一対一なら、相手の棍棒を奪うことを最優先に。顔面や股間を狙え』
『モンスターは大きな音に敏感です。音を立てて気を引いてください。たとえば鍋を叩いたり、大声を出したり。モンスターを誘導する方は安全を確保した場所で行うように』
『テレビ関係者の方へ。申し訳ないが個別対応は不可能です。この情報を拡散してください。自衛隊にも伝えてもらえると助かります』
批判的な意見はすべて無視した。大規模テロの犯人だと明を批判する声に構っている暇はない。
さらに新たな投稿を続ける。
『【重要】リリスライラについて追加情報。彼らは「祝福の印」と称して、身体のどこかに紋章を刻もうとします。絶対に受け入れないでください。それは監視と支配のための術式です。塔と眼を組み合わせたマークを身体のどこかに持つ人は、リリスライラの一員なので距離をとってください』
すぐに質問が殺到した。
『リリスライラってもう活動してるんですか?』
『宗教団体がモンスターと関係あるの?』
『あなたは何を知っているんですか?』
明は立ち止まり、路地裏の壁にもたれかかりながら返信を打った。
『リリスライラは魔王を崇拝する異世界の邪教です。彼らの目的はこの世界の侵略であり、そのためには手段を選びません。彼らにとって、モンスターに対抗できるこの世界の人間はすべて邪魔者です。今はまだ潜伏していますが、彼らが活動を活発化させるのも時間の問題です。どうか気を付けて』
明はスマホをポケットにしまい、再び走り始めた。
これでリリスライラの脅威に対して牽制は出来たはずだ。事前にこの世界が変質することやレベルアップシステムについて詳細を流していたおかげで、明が運営するアカウントが高く注目されている。
リリスライラの投稿についても、多くの人の目に触れることになるだろう。
投稿から三十分後、明のスマホが振動した。
『#リリスライラ危険』がトレンド入りしている。
「効いてるな」
明は呟いた。実際、過去の周回では初日に多くの人がリリスライラと接触していたようだが、今回はその動きが鈍っているはずだ。
時刻は午前三時。目的地まであと少しだ。




