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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
7章

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メモに導かれて

 明がホテルを出た後、彩夏たちは明の言葉について話し合っていた。


「ねぇ、あの人のこと信じる?」


 鳴瀬優香が不安そうに聞いた。


「信じるも何も、実際に助けてもらったじゃん」


 男子生徒の一人が言う。


「でも、なんか怪しくない? 未来が見えるとか」

「怪しいけど……」


 彩夏は明が去っていった方向を見つめた。


「でも、あの人の目、嘘をついてる目じゃなかった」

「彩夏は人を信じすぎだよ」


 鳴瀬がため息をついた。


「そうかな……でも、ユッカ」


 彩夏は親友を見つめた。


「あの人、私のこと特別扱いしてた。なんでだろう?」


「さあ……可愛いからじゃない?」


「ユッカ! 真面目に!」


「冗談だって。でも確かに変だったよね。まるで前から知ってたみたいな」


 彩夏は明が残していった地図を見つめた。一週間後、廃工場。なぜそこなのか。なぜ一週間なのか。


 疑問は尽きない。


「とりあえず、あの人の言う通りにしてみない?」


 彩夏が提案した。


「レベル上げして、強くなって。一週間後に会えたら、全部聞いてみよう」

「彩夏がそう言うなら……」


 鳴瀬が頷き、他のメンバーも賛成した。



 ホテルのガラス扉が勢いよく開いたのは、その時だ。



 全員が一斉に振り返る。ゴブリンかと身構えたが、入ってきたのは人間だった。


 ダークグレーのスーツを着た女性だった。髪はモンスターとの戦いで乱れ、ジャケットには点々と返り血が付着している。右手には血のついた棍棒を握っていた。


「……ん? 失礼、先客がいたのか」


 女性――七瀬奈緒は、高校生たちを見て少し驚いた様子でそう言った。


「あ、あの……」


 彩夏が恐る恐る声をかける。


「大人の人ですよね? よかった……」


 奈緒は苦笑した。


「そりゃあ、高校生から見れば大人だけど。高校生がこんな時間に、ここで何してるんだ? 今が夜遊び出来るような状況じゃないって分かってるでしょ?」


「それは……」


 彩夏たちは顔を見合わせた。モンスターに襲われて、謎の男に助けられて、という話をどこまで信じてもらえるか。


 奈緒は棍棒をカウンターに立てかけ、ポケットから折りたたまれた紙を取り出した。


「まさかとは思うけど、一条明って人に会わなかったか?」


「え!?」


 彩夏たちが同時に声を上げた。


「知ってるの? あの人のこと!」


 奈緒は眉をひそめた。


「やっぱり、あいつがここに来てたんだな。メモにわざわざ場所を指定してるから、おかしいと思ったんだ」


「あの……一条さんとはどういう関係ですか?」


 鳴瀬優香が横から尋ねる。状況を整理しようとする冷静さが、その声音に表れていた。


「どういう関係……まあ、簡単に説明するなら会社内の直属の主任だな。小さな部署だから上司みたいなものか」


「上司……」


 彩夏は奈緒を見つめた。この人なら、明のことを詳しく知っているかもしれない。


「あの、座りませんか? 立ち話もなんですし」

「そうだな」


 奈緒は小さく頷き、ロビーのソファーへと腰を下ろした。疲労が滲む動作だったが、その目は鋭く周囲を警戒し続けている。高校生たちも奈緒の周りに座った。


「改めて自己紹介をしようか。私は七瀬奈緒。さっきも言ったけど、一条の上司だよ」


「花柳彩夏です」


「鳴瀬優香です」


 他の高校生たちも自己紹介をした。


「それで、一条に何をされたの?」


 奈緒の口調には、少し警戒が混じっていた。


「助けてもらったんです」


 彩夏が説明を始めた。ゴブリンに襲われたこと、明が現れて全滅させたこと、そしてレベルシステムについて教えてもらったこと。


 奈緒は黙って聞いていたが、途中で自分のポケットからメモを取り出した。


「これ、一条が私に渡したものなんだけど」


 彩夏がメモを覗き込む。そこには細かい字で、スキルの取得順序や成長方針が書かれていた。



『身体強化Lv1 → 魔力回路Lv1 → 初級魔法Lv1 → 射撃術Lv1 → ……』



「これって……」


「ゲームの攻略メモみたいでしょ? 最初は頭がおかしくなったのかと思ったよ」


 奈緒は苦笑した。


「でも、あいつの言う通りモンスターが現れて、心の中で『ステータス』って念じたら本当に画面が出てきて……それで、メモの最後に書いてあったこのホテルに来たら、君たちがいた」


 彩夏はメモの最後を見た。



『駅前のビジネスホテルへ。そこは明日の正午まで安全です。そこで他の生存者と合流してください』



「一条さん、最初から奈緒さんがここに来るって分かってたんだ……」


「どういう意味だ?」


 奈緒が首を傾げた。


 彩夏は、明が言っていた『未来が見える』という話をした。奈緒の表情が真剣になっていく。


「未来が見える……まさか、本当に?」


「信じられないですよね。でも、一条さんはあたしの名前も知ってたし、あたしに特別な才能があるとか……」


「特別な才能?」


 彩夏は頷いた。


「あたしだけの魔法が使えるようになるって言うんです。みんなを支える力があるって」


 奈緒はしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「一条との付き合いはそれなりに長いけど……あいつは普通の人だよ。真面目で、仕事もできるけど、特別変わったところはなかった。でも……」


「でも?」


「今日の夜、急に変なことを言い出したんだ。『今夜、世界が変わる』って。それで、このメモを渡されて」


 奈緒はメモを見つめた。


「『まずは一週間、頑張りましょう。後で迎えに行きます』って言って、会社を出て行った」


「一週間……」


 彩夏は明が残した地図を取り出した。


「私たちにも、一週間後にここに来いって」


 奈緒が地図を見た。


「郊外の廃工場? なんでそんな場所に」


「分からないです。でも、一条さんは仲間を集めるって」


 鳴瀬が口を挟んだ。


「彩夏は信じすぎだと思うけど、あの人、確かに私たちを助けてくれました。でも、なんか隠してる感じがして」


「隠してる……」


 奈緒は考え込んだ。


「確かに、今日の一条は変だった。まるで別人みたいに」


「別人?」


「なんていうか……覚悟を決めた人の目をしてた。死地に赴く兵士みたいな」


 重い沈黙が流れた。

 やがて、奈緒が立ち上がった。


「とりあえず、今はあいつの言う通りにしよう」


「奈緒さんも信じるんですか?」


「信じるしかないだろ。現に、モンスターは実在して、レベルアップなんてものが起きてる。それに……」


 奈緒はメモを見つめた。


「このメモ、すごく詳細なんだよ。まるで、実際に経験した人が書いたみたいなんだ」


 彩夏はハッとした。


「もしかして、一条さん……」


「何?」


「いえ、なんでもないです」


 彩夏は首を振ったが、心の中である可能性を考えていた。



(もし、一条さんが本当に未来を見てるんじゃなくて、経験してるとしたら?)



 馬鹿げた考えだ。でも、そう考えればこれまでの言動の全てに辻褄が合う気がした。


「ところで」


 奈緒が話題を変えた。


「君たちの親とは連絡が取れたのか?」

「それが……」


 彩夏の表情が暗くなった。


「連絡しても既読がつかなくて……。電話も繋がらないし」


「……回線が混雑してるのかもしれないな」


 奈緒が難しい顔で言った。


「震災時にはよくある話だ。LINEやSNSのプロフィールに、無事であることを知らせる内容と、今いる場所を記載しておくといい。いろいろと落ち着いたら、あとで家族を探しに行こう」


「ッ! ありがとうございます!!」


「君たち、レベルは?」


「全員1です。まだモンスター倒してないので」


「私は3だ。さっきゴブリン一体と戦って、何とか倒せた。外に出るならもう少しレベルを上げないといけないな」


 奈緒は棍棒を手に取った。


「一条のメモによると、この街に出現したモンスターは7体だ。その中でも、ブラックウルフっていう狼のモンスターが一番強いらしいから、遭遇しても逃げ切れるだけの力は身につけないと」


「もしかして、奈緒さんも来てくれんですか?」


 彩夏が心配そうに聞いた。


「当たり前だろ。こんな世界に、高校生だけを送り出すなんてことは出来ないさ」


 奈緒はそう言って小さく笑うと、胸ポケットからシガレットケースを取り出した。そこで、目の前にいるのが未成年だと分かると、ばつの悪そうな顔をして取り出したケースをまた胸ポケットへと仕舞った。


「それに、一条が『後で迎えに行く』って言ったんだろ? なら、それまでは生き延びないと」


 奈緒の目には、強い意志が宿っていた。

 彩夏は奈緒を見つめた。この人も、明を信じようとしている。


「あたしたちも一緒に戦います!」

「彩夏?」


 鳴瀬が驚いたが、彩夏の表情は真剣だった。


「一条さんが言ってた。私には、みんなを支える力があるって。なら、それを証明してみせます」


 他の高校生たちも頷いた。

 奈緒は微笑んだ。


「頼もしいな。でも、無理は禁物だ。一条のメモにも書いてある。『最初は慎重に。死んだら終わり』って」


「はい!」


 彩夏たちは力強く返事をした。



 その時、ホテルの外から物音が聞こえてきた。


 全員が緊張する。



「ギギッ……」



 ゴブリンの声だ。

 奈緒が棍棒を構えた。


「ふー……まったく、タバコを吸う暇もないな」


「私たちも戦います!」


 彩夏が棍棒を握りしめた。

 窓から外を覗くと、ゴブリンが3体、ホテルの入口付近をうろついていた。


「ちょうどいい数だ」


 奈緒が呟いた。


「作戦を立てよう。花柳さん……だったっけ?」


「あ、彩夏で大丈夫です。みんなもそう呼んでくれてるし、七瀬さん……あたしよりもずっと年上ですし」


「分かった。それじゃあ改めて……彩夏、君がリーダーだ」


「えっ、あたしですか!?」


「一条が特別視してたんだろ? なら、それには理由があるはずだ」


 彩夏は戸惑ったが、すぐに表情を引き締めた。


「分かりました。じゃあ……」


 彩夏は仲間たちを見回した。


「まず、男子三人が正面から。女子は側面から援護。奈緒さんは……」


「私は後方支援。そうしないと、君たちのレベルが上がらない。いざとなったら助けに入る」


 作戦が決まり、全員が配置についた。

 彩夏は深呼吸をした。


(あたしに、何の力があるのか分からないけど……。これだけは分かる。あたしは、ユッカたちを守りたい。あたしの大切な人達を、死なせたくない!)


 そう考えるだけで、力が湧いてくる。


 彩夏は手にした棍棒を握りしめて、前を向いた。


 戦いの火蓋が切って落とされた。




              ◇




 一方、明は次の目的地へと向かっていた。


 亜空間から取り出した双眼鏡で、遠くからホテルを確認する。


 窓から、彩夏たちがゴブリンと戦っている様子が見えた。そして――


「奈緒さんも合流したか」


 明は安堵のため息をついた。

 メモに書いた通りに動いてくれた。そして、彩夏たちと出会い、共に戦い始めている。


(これで、奈緒さんの生存率も上がる。彩夏の『神聖術』が覚醒すれば、回復役として最高のコンビになるはずだ)


 明は双眼鏡をしまい、その場を離れた。


 時刻は午前二時半。モンスターが出現した直後は、同時多発的にあちこちで事件が起きている。


 仲間たちの身に降りかかるすべての悲劇を止めるには、あまりにも時間が足りなかった。


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― 新着の感想 ―
ピタゴラスイッチを連打してまわらないといけないからあとは頑張って!スタイルになりますよねw
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