格の違い
「うー……ん……」
いくつかのスキル詳細画面を開いて、明は唸り声をあげた。
武器制作や防具制作、調合のスキル詳細を見る限り、解体スキルはその詳細に書かれている、モンスターの素材とやらを効率よく集めるのに必要となってくるスキルなのだろう。
武器制作や防具制作で出来る物がどれほどの物か分からないが、間違いなく、包丁なんかよりも良い物が出来るに違いない。
「素材っていうのがよく分からないのがなぁ……。ゲームとかだと、皮や鱗だったりするけど……。ここに書いてあるのも、それでいいのか?」
それで合っているような気もするし、違うような気もする。
ひとまず、それらしい物があればモンスターを倒した際に剥ぎ取っておこう。
そう決めて、再びずらりと並んだスキルへと目を向けた。
「この中で取るんだったら、まずは危機察知と索敵かなぁ」
今や、この世界にはモンスターが現れ、死という存在がより身近になった。
明がこの世界に誓った、絶対に生き残るという目的を果たすためには、危機察知や索敵といったスキルは取得しておくべきだろう。なにせ、画面にあるスキルの詳細通りならば、この二つのスキルを取得することによって、理不尽ともいえる死の危険に遭遇する可能性がグッと減るからだ。
しかし、ここでその二つのスキルを取得すれば身体強化のスキルレベルを上げる道は遠のく。事前に死の危険を察知する能力はもちろん必要だが、モンスターを相手に生き残る力とも言うべきステータスの上昇もこの世界では必要だ。
モンスターとの接触を避けて、生き残るか。
モンスターとの接触をしながらも、生き残るか。
「ううーん…………」
明は、唸り声を上げながら眉間に皺を寄せる。
そして、悩みに悩んだ明は、スキル取得の画面を消した。
「うん、ここまで来たんだ。まずは身体強化のスキルを上げてから、この二つのスキルを取ろう」
初志貫徹を胸に、自分自身へと言い聞かせる。
それから、ぐっと伸びをして疲労の溜まった身体を解すと、ふぅと息を吐き出す。
(クエストも終わったし、ようやく本格的にレベリングが出来るな。えー……っと、ゴブリンの次に相手しようと思ってたのは……カニバルプラントだっけ? 初めて戦う相手だし、一度休んでからの方がいいか)
無茶はせず、堅実に、確実に。
明はここらで一度、休憩を挟むために会社へと戻ることにした。
ときおり出会うゴブリン以外のモンスターからは身を隠し、時には逃げて、ゴブリンと出会えば石斧を振るってレベルアップの足しにしていく。
そうして、拠点である会社まで残すところ数分といった距離にまで近づいたその時だった。
「…………なんだ?」
明はふと、周囲の違和感に気が付いた。
いつの間にか、鳴り響いていた銃声のすべてが消えている。
いや、もともと、街中で響いていた銃声は夜間に比べて少なくなっていたのだが、それでも避難所を守る自衛隊が発砲する音は断続的に響いていた。それが、今ではその銃声すらも鳴り響いていないのだ。
気になったのはそれだけじゃない。
明と同じように、現れたモンスターに立ち向かっていた人々や、街中を我が物顔で闊歩していたモンスター、銃は撃たずとも逃げ遅れた人々を探して街中を探し回っていた自衛隊や警察の姿が全て消えていた。
街に響いているのは、繰り返し日本に迫った危機を知らせる街頭音声のアナウンスのサイレンのみ。
まるで、自分一人だけがこの世界に残されたかのような静けさ。
それは、非日常の中でもはっきりと分かる、明らかな異常だった。
「………………」
明は、警戒を強めて周囲を見渡した。
そして――――。ようやく、気が付く。
狭い路地の先に立つ、その存在に。
「――――――ミノ……タウロス」
呆然と明は呟いた。
一瞬にして真っ白になる頭と、スキルが無くてもはっきりと知らせてくる、生存本能が鳴らす警鐘。
レベルが上がり、あの頃よりもステータスが伸びたからこそ改めてはっきりと分かる、身に迫る濃厚な死の気配。
(――――ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいッッ!!)
ハッとして、明はすぐさま回れ右をする。
「ッ!!」
そして、これまでに手にしたステータスのすべてを爆発させるように、明は全力でその場からの離脱を図る。
「くっそ、なんで、どうして!? どうしてアイツがこんなところにッ!?」
ミノタウロスはあの時間、あの場所に行かなければ遭遇しないんじゃなかったのか!?
……いや、あれからどれだけの時間が経っていると思っている。どうしてコイツがあの場所から動かないと言い切れた?
コイツだってモンスターだ。きっと意思だって持っている。
コイツらの主食が人間ならば、その獲物を狙って動くは当たり前だ。
(俺にも聞こえる銃声が、モンスターにだけには聞こえないなんてことはありえない。ってことは、コイツがもし、その音の方向へと足を向けていたのだとしたら――――)
街中で響いていた銃声が途切れた理由。さらには、避難所を守る銃声さえも消えた理由。
その二つの理由が、明にははっきりと理解することが出来た。
(それに、俺にだってコイツの強さが分かるんだ! 俺以外の――それこそ、コイツと同じモンスターが、コイツの強さを知らないなんてはずがない!!)
今この瞬間、周囲からモンスターが消えた理由も同じだ。
このモンスターがここに来たから、弱者である他のモンスターはコイツを恐れて姿を消したのだ。
(クソ! クソックソックソォ!! もっと、もっと早く気が付いていれば!!)
激しい後悔と自分自身の不甲斐なさに、明は強く奥歯を噛みしめるが、もう何もかもが遅かった。
「ォオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
逃げる明の背後で、空気を震わせるような咆哮が轟いた。
かと思えば、ゴッ、という何かを割るような、激しい音が明の背後から響く。
「なッ――――!?」
音に驚き、明は背後を振り返った。
まず、最初に目に入ったのは、とてつもない力が加えられたことによってヒビが入り、さらには陥没したコンクリートの地面だった。
次いで、空に跳び上がる影が映る。
「――――――ッ」
反射的に、明はその場から横へと跳び退った。
それはこれまでに二度、相対したからこそ感じた直感。その場にとどまれば間違いなく死ぬという、過去の経験からくるスキルではない危機察知だった。
転がりながらも明が逃げた次の瞬間。
明が直前まで居た場所に向けて、影が落ちてきた。
「くッ」
――轟音。次いで、衝撃。
飛び散る石片と、地面を割った刃の煌めきの中に、明はミノタウロスの醜悪な笑みを見た。
飛び散る石片は傍の明を打ちのめし、襲う衝撃は明を吹き飛ばす。
「ぐ、ぁ…………」
全身を襲う激痛に、明は声を漏らした。
生暖かい液体が額から垂れて、明は飛んできた石片で額を切ったのだと自覚する。
(マズい……。これは、本気でマズい。早く、逃げないと……)
身体に力を入れて立ち上がろうとするが、明の手足は震えて満足に立ち上がることは出来なかった。
(くっそ! くっそッッ!!)
心の中で叫びをあげて、明は唇を強く噛みしめる。
――せめて。せめて、このまま死ぬのならば、一つでも多く、次……があるかどうか分からないが、情報を持ち帰ろう。
「――――解析」
血に染まる視界の中、明は掠れた声を漏らした。
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ミノタウロス Lv45
体力:112
筋力:190
耐久:78
速度:110
魔力:40
幸運:44
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個体情報:レベル不足のため表示出来ません
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所持スキル:レベル不足のため表示出来ません
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(…………なんだよ、それ)
改めて目にする格の違い。
そのステータスに、明は絶望を抱えて、息をすることすらも忘れてしまう。
そして、それは――。この戦闘の場において、死に直結する致命的な隙に繋がった。
「ぁ――――」
と、明が呟いた時はもうすべてが遅かった。
自身に向けて振り下ろされる戦斧と、醜悪に嗤うミノタウロスの顔。
その二つが、一条明の目にした、四度目の人生における最後の光景だった。
みなさまの応援のおかげで、日間ローファンタジー1位となりました。
この場を借りてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます。
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この物語が少しでも、みなさまの日常の楽しみとなっていただければ幸いです。
これからもどうぞよろしくお願いします。