可能性は平等に
「ここが安全地帯だ」
明は高校生たちを、駅前の小さなビジネスホテルへと案内した。1階のロビーは無人だったが、電気はまだついている。
「ホテルって……勝手に入っていいんですか?」
鳴瀬優香が不安そうに聞く。
「フロントに人はいない。おそらく逃げたか、あるいは……」
明は言葉を濁し、カウンターの奥を確認した。血痕はない。従業員は無事に避難できたようだ。
「とりあえず、ここで一時間ほど休憩しろ。その間に、君たちにレベル上げの基本を教える」
明はロビーのソファーに高校生たちを座らせ、簡潔に説明を始めた。
「まず、モンスターを倒すと経験値とポイントが手に入る。レベルが上がれば基本能力値が向上し、ポイントを使えば基本能力値を追加で上げられるほか、スキルが取得できる」
「スキルって、さっきおじさんが使ってた……あの渦のこと?」
「亜空間収納は上位スキルだ。今の君たちにはまだ取得できない」
スキルの取得に必要なポイントが半減したとはいえ、それでも、スキルの取得には60ポイントが必要になる。彼らが扱うにはまだ早い。
「最初に取得するスキルは『索敵』か『忍び足』、『危機察知』にするといい。そのスキルさえあれば、モンスターの接近が事前に分かるようになる。誰か一人が『身体強化』というスキルを取得して、戦う力を身につけるのも大事だ」
明は彩夏を見た。
「特に君は、『身体強化』というスキルを最初に取るんだ。君は運動神経も良いから、身体能力を強化するスキルとは相性もいいはずだ」
「身体強化……」
彩夏が真剣な表情でメモを取り始めた。スマホのメモ帳に必死で打ち込んでいる。
「ポイントが3つ貯まったら、すぐに取得しろ。その後は『魔力回路』を取得して、魔力を扱えるようになっておくんだ」
「魔力……そう言えば、さっき、あたしだけの魔法があるって言ってましたよね? あたし、本当に魔法が使えるようになるんですか?」
「……言い忘れたが、俺に敬語はいらないぞ」
「そう……ですか? だったら、その方があたしも接しやすいけど」
「彩夏!」
鳴瀬が態度を崩した彩夏をすぐに窘めた。彩夏は小さく肩をすくめる。
「えー、だって本人がそう言ってるんだし。みんなも楽に接してあげなよ。その方がおじさんも喜ぶって」
彩夏の言葉に、他の五人が戸惑うように顔を見合わせた。そんな彼らの様子に明は小さく笑うと、彩夏を見つめて、言った。
「さっきの質問の答えだけど、君が魔法を使えるようになるのは間違いない。君にはその才能がある」
「あ、あの! 俺は!! 俺はどうなんですか!? 花柳みたいに、何か才能があったりしないですか!」
金髪の男子高校生が手を挙げた。さっき、ゴブリンを相手に木の棒で戦っていた子だ。明はその男子高校生に目を向けると、小さく首を振った。
「……残念だけど、君には特別な才能はない」
固有スキルは、浸食してきた異世界と『座』との親和性が高いものに与えられる、特別な力だ。誰にでもあるわけじゃない。
けれど、それを打ち破るものがある。――シナリオだ。
「そう、ですか」
あっけなく希望をへし折られて、男子高校生がシュンとした顔になる。明はそんな彼に向き直ると、諭すようにして言った。
「けど、だからって強くなれないわけじゃない」
「え?」
「特別な才能なんかがなくても、努力次第で誰だって強くなれるってことだ」
「あなたみたいに、ですか?」
「もちろん」
そうなれるように、明は、度重なる周回を経て『座』の『システム』を整えた。
シナリオだってその一つだ。このシステムは、誰もが平等に固有スキルを得られるよう、過去の明が『座』に用意させた。
シナリオと呼ばれる『座』が与えた試練を乗り越えた時、その人は、明を介して『座』と繋がることができるようになる。『座』との繋がりが得られれば、固有スキルを取得することも可能だ。それがシナリオによって固有スキルを獲得するからくりである。
とはいえ、明を介して『座』と繋がっているだけの彼らは、『座』の力との親和性が高く最初から固有スキルを所持している者たちに比べて、繋がりが弱い。
そのためクエストという特別なシステムが使えず、成長速度も純粋な固有スキル持ちと比べて遅いというデメリットがある。
だが、その他のシステムはなんら変わらない。
レベルを上げて、ポイントでスキルを取得していけば誰だって強くなれる。それは過去、七瀬奈緒と柏葉薫という二人の女性が証明した。
「この世界のシステムは、必ず君の努力に応えてくれる。めげずに頑張れ」
明は壁の時計を見た。午前1時15分。そろそろここから移動しないと、マズイかもしれない。
「俺はこれから別の場所へ行く。君たちはここで休んでから、移動するんだ」
「行っちゃうの!?」
彩夏が慌てて立ち上がった。
「一人だと危ないんじゃ……」
「心配無用だ。それより、君たちは自分の身を守ることを考えろ」
明は亜空間から紙とペンを取り出し、素早く地図を描いた。
「一週間後の正午、ここに来るんだ」
地図に印をつけた場所は、郊外の廃工場だった。
「時期がきたら、その場所に迎えに行く。俺はそれまでに戦える人を集めるから、君たちはそれまでの間、このホテル周辺でレベル上げをするんだ。ただし、単独行動は厳禁。必ず三人以上で行動すること」
「でも、私たちだけでなんて……」
鳴瀬が不安そうに言った。明はそんな鳴瀬へと目を向ける。
「君たちなら大丈夫だ。それに、しばらく休んでいれば、君たちを助けてくれる人がここに来てくれるはずだ」
「え?」
「信頼できる人だから、その人を頼れ」
明はそれだけ言うと、出口へ向かおうとした。しかし、彩夏がそれを拒むように明の袖を掴んだ。
「待って!」
「なんだ?」
「ねえ……おじさん、なんであたしたちを助けてくれたの? 本当の理由を教えて」
「さっきも言っただろ。高校生が殺されそうになっていたから――」
「嘘」
彩夏がきっぱりと言った。
「おじさん、あたしたちのこと知ってるよね? 特に、あたしのこと。初対面のはずなのに、まるで前からの知り合いかのような目で見てたし」
――鋭いな。
明は内心で舌を巻いた。過去の周回では気づかなかったが、花柳彩夏という少女は、思っていた以上に勘が鋭かったみたいだ。
「気のせいだ」
「気のせいじゃない!」
彩夏が一歩前に出た。
「『特別な才能』って、どういう意味ですか? あたしに特別な才能があるって、会ったばかりの人に分かるわけがない」
「彩夏、やめなよ」
鳴瀬優香が親友を止めようとしたが、彩夏は首を振った。
「ユッカは気にならないの? この人、絶対何か隠してる」
「それは……」
鳴瀬がちらりと、明を見た。他の高校生たちも、明へと疑いの目を向け始める。
明は小さくため息をついた。
(ここまで鋭いとは……前の周回では、トラウマと罪悪感で思考が鈍っていたみたいだな)
ここで下手に誤魔化せば、信頼関係が築けなくなるかもしれない。
明は言葉を選びながら、話した。
「信じないかもしれないが……俺には、ある程度の未来が見える。正確には、起こりうる可能性が、だが」
「未来が見える?」
「ああ。君たちがここで死ぬ未来も見えた。だから助けた」
嘘ではない。過去の周回で、実際にそうなったのだから。
彩夏は明の目を見つめ続けた。しばらくの沈黙の後、小さく呟いた。
「……まだ何か隠してる」
「彩夏、もういいよ。助けてもらったんだから」
鳴瀬が止めようとしたが、彩夏は首を横に振った。
「だって変じゃない? 未来が見えるなら、なんで私たちなの? 他にも助けるべき人がいっぱいいるはずなのに」
明は答えなかった。答えられなかった。
『君は過去の周回で、何度も俺の仲間になってくれた。そして何度も死んだ。今度こそ救いたいんだ』
そんなことを言っても、信じてもらえるはずがない。
「……いつか分かる時が来る」
明はそれだけ言うと、今度こそホテルを出た。
背後から彩夏の声が聞こえた。
「おじさん! 名前! せめて名前だけでも教えて!」
明は振り返らずに答えた。
「一条明だ」
「絶対、一週間後に会いに行くから! その時、本当のこと教えてよね!」
その言葉に明は手を上げて応え、夜の街へと消えていった。




