夜に駆ける
明の予想通り、数時間後にはビル街の中で起きた事件のことなど、世間は気にもしなくなっていた。
『世界反転』が本格稼働し始めて、魔物たちが次々とこの世界へと現れ始めたからだ。
街のあちこちで警察車両や救急車のサイレンが鳴り響き、ニュースやSNSでは、この世界に現れたモンスターに対してさまざまな考察が繰り広げられている。
中には、さっそくゴブリンと遭遇して勝利したという報告や、レベルアップという概念があるという報告まで出ているぐらいだ。それらの証言がさらに世間を困惑させ、一部では宇宙人の侵略説まで唱えられ始めていた。
以前であればそんな情報に右往左往していた明だったが、今は違う。
「30体目!」
過去の記憶と寸分変わらない場所に出現していたゴブリンへと突っ込んだ明は、手近にいたゴブリンの頭へと手を掛けた。
そのまま、勢いよく首を捻って骨を折る。ゴキリ、とした嫌な音を響かせながら地面に倒れたゴブリンを蹴飛ばし、空いたスペースへと入り込んできたゴブリンへと手にした棍棒を打ち付けた。
「31、32、33……。これで……全部か」
遭遇したゴブリンの群れを処理し終えて、明は荒い息を吐き出した。
ここに至るまでおよそ二時間、明は一時も止まることなくゴブリンと戦い続けている。
ずぶの素人だったあの頃とは違い、過去の記憶があるおかげで今は戦闘中の身体の動かし方にも無駄がない。しかし、それでも体力値が少ないからか、ちょっとの戦闘でもすぐにスタミナが底をつく。
「ハァ、ハァ、ハァ……ステータス」
明は息を整えながら、ステータス画面を開いた。
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一条 明 25歳 男 Lv6(1)
体力:8
筋力:13
耐久:7
速度:13
幸運:7
ポイント:3
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固有スキル
・黄泉帰り
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レベルは6になっていた。
振らずに残しているポイントは3つ。前回の周回で培った功績のおかげで、今はスキル取得に必要なポイントが半分になっている状況だ。
本来であればここで『身体強化』を獲得し、さらに身体能力値を高めて狩りの速度を上げるべきなのだろうが、そうすると、《《とある条件》》が達成できなくなってしまう。
(……それに、『身体強化』で上昇するのは『筋力値』、『耐久値』、『速度値』の三つだ。『身体強化』を取得しても、体力は上がらない)
――仕方ない。
心で呟き、明は残っているポイントのうち2つを体力値に割り振った。
これで、ステータス画面の体力値は14になる。
(ここで体力値を上げる予定はなかったんだが……。でも、これだけあれば、朝まで動き続けることが出来るはず)
消費したポイントが2つだけなら、誤差の範囲だ。
明は、活力が腹の底から湧き上がってくるのを感じながら、画面を消した。
それから、次にゴブリンが出現する場所のことを思い返して、ふと気づく。
「ああそういえば……そろそろ社内にゴブリンが出てくる頃か」
社内に現れるゴブリンは全部で2匹だ。
街中に現れる群れの数に比べると、相当少ない。
「行く……意味は、あまりないな」
社内のゴブリンを相手にするよりも、街中に出現するゴブリンを相手にしていた方が早く討伐数が稼げると判断し、即座に切り捨てた。
壊れ始めた棍棒を捨て、倒したばかりのゴブリンの手から新しい棍棒を拾い、走り出す。
「次は……公園だな」
明は記憶を辿る。
この時間帯、ビル街の中にある公園には10体近くのゴブリンが集まっているはずだ。
公園に着くと、予想通りゴブリンの群れがいた。
噴水の周りに集まり、何やら騒いでいる。その数、17体。
(記憶より多いな……まあいい)
明は深呼吸をすると、群れの中心に向かって石を投げた。
「ギギッ!?」
石が当たったゴブリンが振り返る。
その瞬間、明は全速力で突進した。
「まとめて相手してやる!」
棍棒を振り回しながら、群れの中に飛び込む。
混戦になれば、不利になるのはゴブリンたちだ。むやみやたらに獲物を振り回せば、同士討ちも発生する。
ドガッ! ガキッ!
骨が砕ける音、肉が潰れる音が響く。
明の動きは無駄がない。これまで数多く繰り返してきた経験が、最適な攻撃角度と回避のタイミングを教えてくれている。
「39、40、41……」
倒すたびに数を数える。
群れの半分を倒したところで、残りのゴブリンが逃げ始めた。
「逃がすか!」
明は追いかけ、公園を血で染めながら最後の一体まで倒しきった。
電子音が鳴ったのはその時だ。
――チリン。
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E級クエスト:ゴブリンが進行中。
討伐ゴブリン数:50/100
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条件を満たしました。
ブロンズトロフィー:ゴブリンの宿敵 を獲得しました。
ブロンズトロフィー:ゴブリンの宿敵 を獲得したことで、以下の特典が与えられます。
・ゴブリン種族からの敵対心+20
・ゴブリン種族へのダメージボーナス+3%
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「ようやくか」
明は目の前に現れた画面を見つめて、呟いた。
『ゴブリンの宿敵』は、ゴブリンのみを狙い続けて連続で50体倒した時に取得出来る、ブロンズランクのトロフィーだ。
トロフィー取得によって得られる効果は少ないものの、こうした特定のクエスト状況下では役に立つ。
「ぎぎゃあ!」
さっそく、トロフィーの効果が現れたのかゴブリンがやってきた。ビルの屋上から飛び降りてきたそいつは、明を見つけるなり威嚇しながら襲いかかって来る。
明は、襲いかかって来るゴブリンのタイミングに合わせて、棍棒を振るった。
ドゴッとした鈍い音を響かせながら、ゴブリンが吹き飛ぶ。あきらかに攻撃の威力が増していた。
「よし、次だ」
呟きながら路地に入る。
その瞬間だった。
「ッ!」
明は、路地の先に見えた巨大な影に足を止めた。
「……あいつは」
小さな声で呟く。
遠目から見てもすぐに分かった。――ミノタウロスだ。
一度たりとも忘れたことがない。過去、これまで繰り返してきた周回の中でも、もっとも多く殺されてきた因縁の相手が、そこにいた。
路地の先にいるミノタウロスは、明に気付いた様子がなかった。だが、何かが近くにいると感じてはいるようだ。
フンフンと鼻を鳴らしながら周囲を見渡していたそいつは、物陰に隠れていた何かを見つけて、ニタリと嗤った。
「ブモォオオッ!」
物陰に隠れていたボアが、ミノタウロスに掴まっていた。おそらく、逃げ遅れた一匹だろう。ボアはどうにか逃げ出そうとミノタウロスの手の中で暴れていたが、逃げることは叶わず、ミノタウロスによって握りつぶされていた。
(くそっ!)
今ここで見つかれば、確実に殺される。
明は、本能的に走り出しそうになるのをぐっと堪えて、息を止めてゆっくりと後退した。
一歩、二歩……十歩、ニ十歩。
どうか振り向かないでくれと願いを込めながら、明はミノタウロスとの距離を稼いでいく。
そうして、十分に距離を稼げたあたりで一気に背後を振り返って走り出した。
「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅー……」
腰に手を当て、荒い息を吐き出す。
耳元で鳴り響く心臓の音がうるさい。
経験上、ここまで距離を稼げば問題なく逃げ切れるはずだ。
(もう……ミノタウロスが現れる時間か)
ボーナスタイムは終了だ。
ここからは、慎重に行動せねばならない。
見つかれば最後、抵抗する間もなく殺されて、無駄に残機を減らすことになる。
「げぎゃぁ」
行く手にゴブリンが現れた。
「52体目」
明は、ゴブリンを走り際に蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたゴブリンが壁に激突し、そのまま動かなくなった。
今回から、作中のオマケ情報をネタバレにならない範囲でちょこちょこ載せていきます。
(二周目ですし、せっかくなら楽しんでもらいたいので……)
ここに載せるものは、作中に登場した武器や道具などの解説が中心になるかと思います。表示はステータス画面風です。
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粗末な棍棒
・ゴブリンたちお手製の棍棒。硬い木を削り出しただけの代物で作りは粗い。
・分類:武器 -棍-
・装備推奨:筋力値5以上
・魔素含有量:0.1~0.3%
・攻撃力+2~5
・耐久値:8~10
・ダメージボーナスの発生:なし
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攻撃力や耐久に〔~〕が入っているのは、同一武器でも性能差があるためです。
なので、攻撃力+2の棍棒があったり、攻撃+5の棍棒があったりします。
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ゴブリンの宿敵
・分類:トロフィー
・ランク:ブロンズ
・取得条件:ゴブリンを通算50体討伐
・効果:ゴブリン種族モンスターからの敵対心+20
ゴブリン種族モンスターへのダメージボーナス+3%
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