一条明 -0- ㉓
それは、人の形をしていた。
だが同時に、人ではなかった。
明の目の前に立つその存在は、年齢も性別も判然としない、曖昧な輪郭を持っていた。光の加減によって老人に見えたり、若者に見えたり、時には女性のようにも見える。まるで、見る者の認識によって姿を変える鏡のような存在だった。
唯一確かなのは、その瞳だった。
深い蒼色の瞳には、星々の輝きがそのまま宿っているかのような、圧倒的な深淵があった。その瞳を見つめていると、まるで宇宙そのものを覗き込んでいるような錯覚に陥る。
明は震える声で問いかけた。
「君が……『座』か」
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そう、呼ばれることもあります。
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『座』は明を見つめながら続けた。
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私は世界と世界の間に存在し、
複数の次元の均衡を保つのが役割です。
運命と因果の頂に座すモノ
それが私の本来の名前です。
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明は画面を見つめた。
まるでゲームのインターフェースのような表示に、戸惑いを覚える。だが同時に、これが『彼女』との対話方法であることが、直感的に分かった。
明は画面から瞳を逸らして、項垂れた。
「俺は……何も救えなかった。彩夏も、田村も、リアナも、みんな死んでしまった。俺一人が生き残って、何の意味があるんだ」
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意味はあります。
あなたが生き残ったからこそ、
私はあなたに話しかけることができました。
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「どういう意味だ?」
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あなたが最初に死んだあの夜、
あなたの魂は本来なら消滅するはずでした。
しかし、私はあなたの中に可能性を見たのです。
だから、死を超越する力を与えました。
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明の目が見開かれた。
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『黄泉帰り』は、死の概念を超越するための力です。
そしてあなたは、何度もその力を使い、
この世界の真実を見抜きました。
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「真実?」
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あなたの世界に起きている異世界侵食……
これは、どの並行世界でも必ず起きる運命でした。
あなたたちの世界は、本来なら確実に滅びる運命にあったのです。
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明の血の気が引いた。
「俺たちの世界が、滅びる運命にあった……?」
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はい。運命でした。
しかし、あなたがここまで生き残ったことで、
その運命を変える可能性が生まれました。
あなたは、この世界におきた均衡の崩れを
元に戻す可能性を秘めています。
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『彼女』が一歩、明に近づいた。
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あなたの願いは、私が叶えましょう。
その代償として、あなたには私とともに
この世界の均衡を保つ役割を担っていただきます
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画面の文字が一度消え、新たな内容が表示された。
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ただし、それは長い道のりになります。
あなたは人間を超越した存在になり、
何度も困難に立ち向かわなければなりません。
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『彼女』の言葉に、明は震えた。それは想像を絶する重い代償だった。
ここに来るまでの間、何度も死んで蘇った。目の前で死にゆく仲間たちを何度も見てきた。あの恐怖を、あの瞬間を、これからも何度も繰り返さなければならないと思うと、このまま歩みを止めたほうがマシなのではないかとすら思える。
だけど。
それでも―――…
「……この世界を救うことができるなら。俺は、やる」
明の声に一片の迷いもなかった。
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あなたの道は、理想という幻想を
果てなく追い続ける地獄ですよ。
永劫の後悔と矛盾に苛まれることになります。
……それでも、選びますか?
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「分かってる」
明は微笑んだ。
「何度否定されようが、俺はこの道を選ぶ。俺は……俺が好きな人たちが、笑って過ごせる世界を見たいんだ。それだけだ」
その言葉を聞いた『彼女』の表情に、僅かな笑みが浮かんだ。
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……分かりました。
それでは、この瞬間、この時をもって
あなたと因果と運命を私が預かります。
あなたは均衡を保つ〝天秤〟となり、
この世界の歪みを絶つ〝剣〟になる。
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空気が歪み、明の前に青白い画面が浮かび上がった。
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永劫回帰の契約を結びますか?
はい いいえ
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明は迷わず「はい」を選択した。
瞬間、明の身体に巨大なエネルギーが流れ込んできた。自らの存在が、別の何かへと創り変えられていくのを感じる。
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これで、あなたの『黄泉帰り』は
あなたの理想を手に入れる手段になりました。
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画面が切り替わり、『彼女』が言う。
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あなたが死ねば時が遡り
あなた自身が望む、あなたの理想を手にしたその瞬間に
あなたの時は進み始めます。
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「時を……遡る?」
明は自分の手を見つめた。
外見は変わらないが、内側に宿る力は確実に変化している。
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私とあなたは一心同体です。
あなたが、この崩れた世界の均衡を元に戻すたびに
私の力も少しずつ大きくなります。
あなたの結果が、私の力になるのです。
私の力が大きくなれば、あなたにより多くの支援を提供できます
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明は眉を寄せた。
「何が出来るようになるんだ」
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例えば、あなたたちに提供しているステータスシステムの改竄
その他にも、あなたの『黄泉帰り』へシステムを追加することが出来ます
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その画面の文字に、明は頷いた。
やはりというべきか、ステータス画面を含むインターフェースは『座』と呼ばれる『彼女』の力によるものだったようだ。それはおそらく『彼女』なりに考えた均衡を保つための手段であると、明はそう思った。
「……だったら、俺から君にお願いがある」
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お願い、ですか?
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「ああ。今回の経験で分かったんだが……君が提供してシステムには、いくつか問題がある」
明は今まで感じていた不便さを思い返した。
「まず、ステータス画面だ。力を持った一部の人間にしか自分の能力を把握できないだなんて、不平等すぎる。もっと多くの人間に可能性を与えるべきだ」
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なるほど。
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「それから、レベルアップした時の能力値上昇も、ランダムじゃなくて自分で割り振れるようにしてほしい。戦略的に成長できれば、生存率も上がる」
明は続けた。
「スキルの習得も、経験だけじゃなくてポイント制で交換できるシステムがあれば便利だ。そして……」
明は一番重要なことを口にした。
「俺が知り得た情報――武器の性能、魔物の弱点、この世界のルール。そういうものを、フレーバーテキストとして後続の人たちのために残したい」
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……要求が多すぎます。
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画面にはっきりとそう表示された。
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現在の私の力では、そのすべてを実現することはできません。
ですが、あなたが新たな可能性を見せてくれれば、
段階的に応じることは可能です。
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「新たな可能性?」
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あなたが周回を重ね、功績を積むたびに、
私の力も大きくなります。
その時々で、一つずつ実現していきましょう。
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明は納得した。一度にすべては無理でも、段階的になら可能だということだ。
「分かった。じゃあ、まずは最初の要求として……」
明は一番重要だと思うことを選んだ。
「固有スキルを持たない人でも、自分のステータス画面を見ることができるようにしてほしい。みんなが平等に、自分の能力を把握できるようにしてくれ」
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それなら可能です。
次回の周回から、すべての人が
自分のステータスを確認できるようにしましょう。
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「ありがとう」
明は安堵の息を吐いた。これで、この世界に生きる全ての人が、自分の能力を正確に把握できるようになる。
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他の要求についても、あなたが功績を示せば
順次実現していきましょう。
私も、この世界がより良くなることを望んでいます。
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「頼りにしてる」
明は画面に向かって頷いた。
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では、改めて。
頑張ってください、一条明。
あなたなら、きっとみんなを救うことができます。
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その会話を最後に、一条明の意識は闇に閉ざされた。
――そして、時は遡る。
因果を外れ、存在を無くし、ただ自分の求める理想を叶えるためだけに、彼は、この世界をやり直し始めた。
これで0周目は終了です。
周回のはじまりのお話でした。
次回からまた現代に戻りますが、このシリーズの終わりは考えてあります。
そのためにはどうしてもこのお話が必要でした。
長いお話でしたが、お付き合いいただきありがとうございます。
次回、次々回ぐらいには、第2部完の予定です。




