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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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一条明 -0- ⑳

 

 その夜。


 明と田村、そしてリアナの三人は預言書を開いて、今後について話し合っていた。


「ひとまず、方針としては『座』に出会うことだ。ここを拠点に過ごすにしても、現状では足りないものが多すぎる」


 明がそう言った。田村が頷く。


「そうだね。まず食料が足りてない。備蓄はあるけど……リアナ、これは君がここで過ごすために集めていたものだろう?」


「はい。私たち神官は、フレリア様のお世話をするためにここに籠り、日々を過ごしていました。ここにある食糧はすべて、街の人々からの寄付で集まったものです」


「なるほどね。飢饉に見舞われながらも、食糧を寄付していたのか」


「フレリア様は街の人々にとって、崇拝の対象であり、暮らしを豊かにしてくれていた神様だ。どれだけ食糧が少なくなろうと、街の人々は寄付を止めなかっただろうな」


 明の言葉に、リアナが小さく頷いた。


「そうです。神官が、フレリア様のお世話をすることが出来なくなれば、今よりもフレリア様がお姿を現さなくなるかもしれないと、みなさんは少ない食糧を持ちよってくださってました」


「それじゃあ、リアナ。君はこの神殿の外には出たことがないのか?」


 田村の問いかけに、リアナは頷いた。


「ありません。私は戦う術を持たないので……」


「なるほど。それじゃあ、食糧調達は俺たちの仕事ってわけだ」


 田村が明を見た。明は、その視線に頷きを返す。リアナはそんな二人のやり取りを見て、感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます。もし、傷を負った際には私に任せてください。簡単な癒しの術は心得があります」


「癒しの術?」


「フレリア様より授かった力です。例えば……そうですね。明さん、手を見せてください」


「手?」


 明は言われるが両手を開いた。そこには、自ら短剣でつけた傷が出来ている。すでに血は止まり始めていたが、そこには、しっかりとした赤い線が刻まれていた。


「失礼します」


 するとその手を、リアナが両手で包み込んだ。


 いったい何事かと目を見開く明をよそに、リアナは睫毛を伏せて祈りを注ぐ。


「フレリア様。豊穣と水の癒しの力を私にお与えください―――…『治癒(キュア)』」


 瞬間、リアナの掌から光が溢れた。


 その光景を見た明は、息を呑んだ。かつて彩夏が見せてくれた治癒の力と同じような、温かい光。しかし、どこか質感が違う。彩夏の力が太陽のような明るさだったとすれば、リアナの力は月光のような静謐さを帯びていた。


「すごい……完全に治ってる」


 明は治癒された手のひらを見つめた。傷跡すら残っていない。


「これがフレリア様の力なのか」


「はい。ただ、私の力には限界があります。致命傷や、失われた部位の再生などは……」


 リアナの言葉が途切れた。


「十分だよ、ありがとう」


 明はそんなリアナに向けて、小さく笑った。


 そしてふと、彩夏のことを思い出す。あの時、彼女を救うことができていれば、今のこの状況にも何かしらの変化があったのだろうか。


「明?」


 田村の声で、明は我に返った。


「ああ、すまない。昔のことを思い出してた」


「なに、もしかして女の子の事?」


 ゲスな勘繰りをした田村がニヤニヤとした顔で言った。


 明はその言葉に小さくため息を吐きながら、言い返した。


「まあ、そうだな。お前と出会う前に少しの間だけ、一緒に行動していた子のことを思い出していた」


「へぇ〜、明にもそんな相手がいたんだ」


 田村が興味深そうに身を乗り出した。


「どんな子だったの? 可愛かった?」


 明は少し考えてから、静かに答えた。


「強い子だった。俺なんかよりずっと勇敢で、この世界のことも詳しくて」


 その声音に込められた感情を察したのか、田村の表情が真剣なものに変わる。


「……もしかして、もう」


「ああ」


 明は短く答えた。それ以上は語らなかったが、田村にも察しがついたようだった。


 リアナが静かに口を開いた。


「大切な方だったのですね」


「うん。彼女がいなかったら、俺はこの世界で何もすることが出来ないまま、死んでいた」


 明は彩夏の短剣に手を添えた。腰に差したそれは、今も変わらず明を守り続けている。


「そういうお前はどうなんだ?」


 明は話題を変えるように、田村に視線を向けた。


「さっきゲスな顔してたけど、お前にも誰か大切な人がいたんじゃないのか?」


「え? 俺?」


 田村が一瞬戸惑ったような表情を見せた。


「前に言ってただろ。大切にしてた人がいたって。お客さんだったとか」


 明が思い出しながら言った。


 田村の表情が複雑なものに変わった。いつもの軽薄な笑みが消え、どこか遠くを見るような目をする。


「ああ……まあ、いたよ。俺なんかを気にかけてくれる、優しい人だった」


「過去形か」


「この世界がこんなことになってからは、会えてないからね」


 田村は苦笑いを浮かべた。


「生きてるかどうかも分からない。でも……」


 言葉が途切れた。


 田村にしては珍しく、感情を押し殺しているような様子だった。


「まあ、俺みたいな人間でも、誰かに必要とされてたんだなって思うと、ちょっと救われるっていうか」


 リアナが優しく微笑んだ。


「きっと、その方も田村さんのことを大切に思っていたはずです」


「そうだといいんだけどね」


 田村が照れくさそうに頭を掻いた。


 明は田村の横顔を見つめた。普段は軽薄で信用できない男だが、こうして見ると、彼もまた大切な人を失った一人の人間なのだと実感する。


「その人に、また会えるといいな」


 明が静かに言った。


「……ありがと」


 田村が小さく呟いた。そして、いつもの調子を取り戻すように、わざとらしく明るい声を出す。


「さあ、湿っぽい話はこれくらいにして、明日の準備をしようぜ!」


「そうだな」


 明も話題を変えることに同意した。


「明日から食料調達に行くんだろ? どの辺りを探索する?」


「街の外縁部はまだ探索していない区域があるはずだ」


 明が地図を思い浮かべながら答えた。


「ギガントとミノタウロスが戦った場所からは離れているし、比較的安全かもしれない」


「でも、油断は禁物だよ」


 田村が警告した。


「世界反転率が上がれば、魔物の動きも変わってくるかもしれない」


 リアナが心配そうに二人を見つめた。


「どうか、お気をつけて。私はここで、可能な限りの支援をさせていただきます」


「ありがとう、リアナ」


 明が感謝の言葉を述べた。


 それから二人は、リアナに情報を共有するため、お互いの持つ力の詳細を明かした。『黄泉帰り』や『生還者』という二人が持つ固有スキルの詳細を聞いて、リアナは複雑そうな顔になった。


「なるほど。〝死から戻る力〟に〝死なないための選択が出来る力〟ですか……。どちらも私たちの世界にはないものですね」


「そうなのか?」


 明がリアナを見つめた。リアナはこくりと頷く。


「はい。私たちの世界には、お二人が呼ぶ固有スキルというものが存在していないのです」


「どういうことだ?」


 田村が首をひねった。リアナは説明を続ける。


「あなたたちが呼ぶスキルというものは、私たちの世界では〝武技〟と呼ばれるものです。いずれも経験や研鑽を積み、習熟を重ねた上で身につけることが出来るとされるもので、習得した武技には神々の力が宿るとされています」


「神々の力……」


「はい。例えば、さきほどお見せした『治癒』という〝武技〟ですが、その習得には深い信仰心と癒しの心が必要とされています。その上で、フレリア様のお力を借りることで、私は、武技という奇跡の力を現実に顕現させることができるのです」


 明は興味深そうに身を乗り出した。


「つまり、リアナたちの世界では、努力と信仰で力を得られるってことか」


「そうです。誰もが平等に、努力次第で力を手に入れることができます」


 リアナは続けた。


「ですが、あなたたちの『固有スキル』は違う。生まれながらに持っている、特別な力。それは私たちの世界の理とは全く異なるものです」


「確かに、俺たちの固有スキルは最初から持ってたものだな」


 田村が腕を組んで考え込む。


「でも、普通のスキルは俺たちも経験で覚えてるぞ。『解析』とか『危機察知』とか」


「それらは私たちの『武技』に近いものかもしれません」


 リアナが頷いた。


「おそらくですが、あなた方が覚えるスキルと呼ばれるものは、私たちの世界の力と均衡がとれるよう、『座』が用意したものなのでしょう」


「それじゃあ、俺たちが持つ固有スキルは? リアナたちの世界にも似たようなものがあるのか?」


「ありません。だからこそ、その力を持つあなたたちが特別なのだと思います」


 リアナはそう言うと、二人を見据えた。


「『座』が、あなたたちにそのような力を与えたのには、意味があると思います。これは私の予想にすぎませんが、もしかすると『座』は……あなたたちに、均衡を保つ役割をして欲しいのかもしれませんね」


「均衡を保つ役割……」


 そんなことを言われても今ひとつピンとこない。


 明からすれば、会社帰りに化け物に殺されて、そのまま、巻き込まれるような形で異変と向き合っているだけなのだ。

 

 彩夏のように誰かを癒す力も、田村のように危機に敏感なわけでもない。均衡を保つ力など、自分には無いように思えた。





 翌朝、明は朝日と共に目を覚ました。窓から差し込む光が、神殿内を優しく照らしている。昨日までの緊張した日々が嘘のように、穏やかな朝だった。


「おはようございます、明さん」


 すでに起きていたリアナが、水差しを持って現れた。


「朝の水です。どうぞ」


「ありがとう」


 明は水を受け取り、顔を洗った。冷たい水が眠気を覚ましてくれる。


「田村はまだ寝てるのか」


「ええ。かなり疲れているようでしたから」


 確かに、田村は深い眠りについていた。普段の軽薄な表情とは違い、寝顔は意外に幼く見える。


「もう少し寝かせてやろう」


 明はそう言って、装備の確認を始めた。剣の手入れをし、革鎧のベルトを調整する。


「明さん」


 リアナが遠慮がちに声をかけた。


「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」


「何だ?」


「あなたの持つ『黄泉帰り』という力について……それは、本当に無限に使えるものなのですか?」


 明は手を止めた。


「正直、分からない。今のところ制限はないようようだけど」


「もし、何か異変を感じたら、すぐに教えてください」


 リアナの表情は真剣だった。


「神々の力にも、私たちが持つ力にも属さない、第三の力……それがどのような代償を求めるか、私には分かりません」


「代償か」


 明は考え込んだ。確かに、これほど便利な力がノーリスクというのは都合が良すぎる。


「気をつけるよ。ありがとう」


 しばらくして、田村も目を覚ました。大きく伸びをしながら、彼は起き上がる。


「ん〜……もう朝か」


「おはよう、田村」


「おはよ〜。今日から食料調達だっけ?」


「ああ。準備ができたら出発しよう」


 三人は簡単な朝食を取った。リアナが残り少ない保存食を分けてくれたが、これ以上彼女の備蓄を減らすわけにはいかない。早急に新たな食料源を確保する必要があった。


「それじゃあ、行ってくる」


 明と田村は装備を整えて、神殿を出ようとした。


「お待ちください」


 リアナが二人を呼び止めた。


「これを」


 彼女が差し出したのは、小さな銀色のペンダントだった。


「フレリア様の護符です。わずかですが、加護があるはずです」


「でも、これは君の……」


「いいえ、今はあなたたちに必要です」


 リアナは微笑んだ。


「無事に帰ってきてください」


 明はペンダントを受け取り、首にかけた。不思議と、心が落ち着くような感覚があった。


「ありがとう。必ず無事に帰ってくる」


 二人は神殿を後にした。


 朝の空気は澄んでいて、鳥のさえずりさえ聞こえてくる。まるで、この世界に異変など起きていないかのような錯覚を明は覚えた。


「さて、どっちに行く?」


 田村が周囲を見回しながら尋ねた。


「まずは北東の区域を調べてみよう」


 明が提案した。


「あの辺りは商業地区と住宅地の境目だ。保存の利く食料が見つかるかもしれない」


「了解〜」


 二人は慎重に森を抜けて、街の外縁部へと向かった。


 途中、何度か魔物の気配を感じたが、『危機察知』を持つ田村のおかげで、うまく回避することができた。


 やがて、目的の地区に到着した。


 そこは、他の場所と同様に異世界の影響を受けていたが、建物の多くはまだ原型を留めていた。


「ここなら、何か見つかりそうだな」


 明が周囲を観察しながら言った。


「あ、あそこ見て」


 田村が指差した先には、『道具屋』と書かれた看板が見えた。


「道具屋ってたしか、気力回復薬とか置いてあったよな」


「そうだ。食べ物じゃないけど、疲労を取るのにはちょうどいい」


「よし、調べてみよう」


 二人は慎重に店に近づいた。扉は半開きになっており、中は薄暗い。


「『危機察知』は?」


「今のところ大丈夫。でも、油断はできない」


 店内に入ると、予想通り商品棚に気力回復薬が並んでいた。しかし、その多くは既に荒らされており、床には商品が散乱している。


「誰かが先に来てたみたいだな」


 田村が落胆した声で言った。


「いや、待て」


 明は奥の棚を指差した。


「あそこはまだ手つかずみたいだ」


 確かに、店の最奥部にある棚には、いくつかの瓶詰めが残されていた。


「食べ物かも」


「やった!」


 田村が駆け寄ろうとした、その時。


 ガタン!


 店の奥から響いた物音に、明と田村は身を強張らせた。


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― 新着の感想 ―
つまり明さんの黄泉がえりがバージョンアップしてるのも、何回ループしても均衡が取れないから「座」って人(?)がバランス調整したのかな
死の地獄何度も味わうことがデメリットで……というわけにはいかんのやろうなぁ
黄泉返りのリスク…以前の周回ではメリットが増えてデメリットは殺された場所でのセーブポイント位だった気がするけど0号仕様だとどうなるのか…
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