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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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一条明 -0- ⑨

 


「……とりあえず、話を聞こう」


 明は短剣を下ろした。


「ただし、変な真似をしたら容赦しない」


「了解了解〜。俺だって、こんな世界で敵を作りたくないからさ」


 田村が軽やかに手を振る。その仕草の裏で、ふと目の奥に一瞬、光が揺れたように見えた。


 無害を装った笑顔の裏に、別の何かが潜んでいる。そんな予感が、明の警戒を解かせなかった。


 明は田村の軽薄な態度を観察しながら、慎重に言葉を選んで言った。


「……俺は避難所を探してる。他の生存者がいる場所を知らないか?」


「避難所?」


 田村の表情がわずかに変わる。興味を引かれたように目を細めた。


「へえ、そんなのがあるのか。そこに行けば、何か得られるの?」


「少なくとも、情報は手に入ると思う。生き残ってる人間がいれば、他の区域の状況も分かるかもしれない」


 田村は少しの間考える素振りを見せ、それから笑みを浮かべた。


「良かった。実は俺も、同じようなこと考えてたんだよね」


 そして、一歩、明との距離を詰める。


「一人だと限界があるしさ。なあ、よかったら一緒に行動しない? この辺りの地理にはちょっと詳しいし、情報収集もそこそこ得意なんだ。あんたみたいに戦える人と組めれば、俺も安心できるしさ」


 明は田村の言葉を黙って吟味し、しばし思案した。確かに、一人で行動するよりは効率的だ。とくに情報面では、まだまだ自分一人では拾いきれないものが多い。


 だが、田村の言い回しには、どこか〝場を読む〟ような軽さがあった。言葉を選びすぎている、とでも言えばいいだろうか。まるで、事前に用意されたセリフのようだった。


 この男は、何かを企んでいる。


「……条件がある」


「何でも聞くよ〜」


 明は短く言い切った。


「変な真似をしたら、即座に別れる。それと、基本的に俺の指示に従ってもらう」


 田村の表情が、わずかに曇った。


 その反応に、明は確信を深める。やはり、田村の思い描いていた展開とは違ったのだろう。


 しかし数秒の沈黙ののち、田村はまたいつものように軽い笑顔を取り戻した。


「了解〜。あんたがリーダーってことね。俺は従順な部下として頑張るよ」


 どこか演技がかったその口調に、やはり油断はできないと明は思った。


 それでも今の状況では、協力者が必要だ。


 完全に信じるつもりはないが、使える情報は引き出しておきたかった。


「まずは、情報交換をしよう」


「おっけ〜!」


 田村は満面の笑みを浮かべ、ぱんっと軽く手を叩いた。


「何から聞きたい?」


「世界反転率だ。世界反転率が進んで何が変わったのか、今がどういう状況なのか詳しく知りたい」


「……え?」


 その瞬間、田村の表情がわずかに固まった。


 笑顔が消え、視線が明をまっすぐに射抜く。軽薄な調子は霧が晴れるように消え、静かな緊張が立ち上がった。


「……あんた、画面、見てないのか?」


 低く抑えた声だった。先ほどまでの軽口とはまるで別人のようだ。


「世界反転率で何が起きてるかなんて……普通は〝表示されてる〟はずだろ。あの画面を見てないのか? あるいは……」


 田村の言葉が一度止まる。そのまま、じっと明の顔を見据えた。笑みは消え、その目には明らかな警戒と、疑念が浮かんでいた。


 まるで、目の前にいる〝イレギュラー〟を見定めようとしているようだ。


 明は一拍、呼吸を整えてから口を開いた。


「……実は三日間、気を失っていたんだ」


 嘘ではない。しかし、真実とも言い切れない。


 明は一瞬の躊躇を声に滲ませぬように、淡々と続けた。


「魔物に襲われた。致命傷だったはずだが……なぜか、助かっていた。目を覚ましたのは、ついさっきだ。だから、世界で何が起きてるのか、まだ全然分かっていない」


 真実は、もっと異常だ。


 三日前に、自分は確かに〝死んだ〟のだから。


 だが、それを田村に語るつもりはなかった。


 語れば、相手はさらに探ってくるだろう。もしくは、別の者に伝えるかもしれない。


 それは、あまりにも危険すぎる。


「なるほどね」


 田村が短く呟いた。


「それなら仕方ないな。……ま、タイミングが悪かったってことか」


 そう言って、彼は表情を緩めた。先ほどまでの鋭い視線は引っ込み、いつもの軽薄な調子が戻ってきたようにも見える。


 けれど、完全に疑いが消えたわけではない。


 明は、その笑顔の奥に、なおも探るような視線を感じ取っていた。


 田村は周囲を見渡し、近くの瓦礫の上に腰を下ろす。足を組み、リラックスした様子で口を開いた。


「実はね、けっこうヤバい状況なんだよ。世界反転率が7%を超えた時、この世界のルールが一部、変わった」


「……ルール?」


「うん。もっと正確に言うなら――現実の常識が壊れ始めて、代わりに〝異世界の法則〟みたいなのが混ざってきたって感じ」


 田村はそう言いながら、空を指差す。


「例えば、あれ。赤い月の効果とかね」


 明は顔を上げる。


 さきほどから空に浮かんでいた不自然な満月。


 赤く、濁り、脈動しているようにも見えるそれが、ただの異変の象徴ではないことを、田村の口ぶりは明確に示していた。


「あの月、最初は半月くらいだったんだけどさ」


 田村は空を指差しながら説明を始めた。


「それが徐々に満ちてきて、今日ついに完全な満月になったんだ」


「……それで?」


「月が満ちるにつれて、俺たち人間の身体能力も微妙に変化してたんだけど、今日完全に満ちた瞬間に一気にパワーアップしたんだ。体力、筋力、速度、耐久……幸運値以外の全部ね。あんたも感じてるでしょ?」


 明は無言のまま、先ほどの戦いを思い返して頷いた。


「他にも効果があるのか?」


「そうそう。月が満ちるにつれて恐怖心が薄れたり、戦うことへの抵抗が減ったりしてきてたんだけど、今日完全に満ちてからはその効果がさらに強くなってる感じがするんだよね。ま、あんたは元々勇敢そうだから、そこはあんまり変わんないかもだけど」


 田村は冗談めかして肩をすくめた。しかし明は、田村の言葉に別の意味を見出していた。


 ――恐怖心が薄れる。


 そう言えば聞こえがいいのかもしれないが、本質はまた別だ。あの月の光は、精神への干渉している。


 肉体だけでなく、心さえも変えるものが、この空の上には出来上がっている。


「……じゃあ、10%のときは?」


 田村の表情がわずかに陰った。口調も、それまでの軽さを少しだけ削ぐ。


「それがさ……10%を超えた瞬間、魔物がさらに強化されたんだよ。単純にパワーアップしただけじゃない。……賢くなったんだ」


 言葉の響きに、微かな緊張が混じる。


「連携して動くようになったし、罠を仕掛けたりもするようになった。個体によっては、人間の行動パターンを真似てくるやつまでいる」


 明は先ほど遭遇したゴブリンの群れのことを思い出した。


 確かにあれは、ただの群れではなかった。隊列を組み、役割を分担していた。


 まるで、人間の戦術を模倣するような動きだ。もしかすれば、どこかに群れを率いる指揮官的な役割の個体がいたのかもしれない。


「他の変化は?」


「今のところは、それだけ。とはいえ、世界反転率ももう13%だからね。このペースだと、数ヶ月で完全に向こうの世界になっちゃうかも」


 明はその言葉に、静かに頷いた。


 時間がない。それは、疑いようのない事実だった。


「生存者の情報は?」


「あ〜、それなんだけどさ」


 田村は頭を掻いた。


「噂程度の話しか聞いたことがないんだ。北のほうに、生き残ってる人たちがいるって噂はあるけど……詳しい場所までは分からない」


 その言葉に、明は小さく息を吐いた。


 期待していたわけではない。だが、わずかな希望が肩から抜け落ちるような感覚があった。


 そんな明の表情を察したのか、田村が慌てて取り繕うように言葉を継ぐ。


「でもね! 俺のスキル、『生還者』を使えば、生存者がいそうな安全な場所を探せるかもしれない」


 いつもの調子を装った笑顔のまま、田村は声のトーンを少しだけ上げる。


「生き延びるための選択肢が見えるっていうかさ。方向とか、場所とか、なんとなく『こっちに行けばマジでヤバい』みたいな感覚が働くんだよ。まあ、完璧じゃないけどさ。何もないよりはマシでしょ?」


 明は頷いた。確かに、そのスキルがあれば生存率は上がるだろう。


 そのとき、遠くの暗がりから、甲高い鳴き声が響いた。


 低くうねるような音。魔物のものだ。


「……そろそろ移動した方がいいかもね」


 田村が立ち上がり、あたりを見渡す。


「この辺り、夜中は魔物が活発になるから。長居は危険だよ」


 明も立ち上がった。


 と、そのとき。ふと頭に浮かんだ疑問が口を突いた。


「なあ。赤い月の効果で身体能力が上がってるなら……逃げてばかりいるんじゃなくて、お前も戦えるんじゃないか?」


 その問いに、田村の表情がわずかに陰る。


 笑みを残しつつも、どこか言いづらそうな雰囲気を滲ませた。


「まあ、普段よりは力が出るけどさ〜。でも……俺、戦闘は苦手なんだよね。今まで何とか生き延びてきたけど、基本的に逃げるか隠れるかで。だからさ、あんたみたいに積極的に戦える自信、正直ないんだ」


 明は黙ってその言い訳を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。


「……俺も、戦闘なんてやったことなかったよ」


 田村が目を見開く。その視線を受け止めながら、明は続ける。


「でも、そんなこと言ってられない世界だろ。戦って、魔物を倒して、レベルを上げるしかない。生き延びたいなら、力をつけるしかないんだよ」


 それは、自分自身に言い聞かせるような言葉でもあった。


 死んで、蘇って。それでもなお前に進むために、戦うしかなかった。


「経験は、積めばつく。魔物を倒せばレベルも上がるし、もっと強くなれるはずだ」


 その言葉に、田村の目がわずかに細まった。


 瞳の奥に、興味と……何かを計算するような光が宿る。


「レベルアップか~。そうだな、もっと安全に戦闘経験を積んでみたいと思ってたんだよね」


 そう呟きながら、田村は明をじっと見つめた。その視線には、単なる憧れを超えた、より深い欲望が混じっていた。


「なあ、あんたってどのくらいレベル上がってるの?」


「今はレベル9だ」


「へ〜、すげーじゃん」


 田村は感心したように頷いた。


「俺なんて、まだレベル5だよ。魔物とあまり戦ってこなかったからさ」


 田村の口調は相変わらず軽薄だったが、明はその目の奥に野心のようなものを感じた。


「もしかして」


 と、田村がぽつりと呟いた。


「あんたと一緒にいれば、俺も安全に魔物と戦えるかもしれないな〜」


 明は田村の言葉に警戒心を抱いた。やはり、この男は自分を利用することを考えている。 「まあ、考えてみる」


 明は曖昧に答えた。


「とりあえず、今は避難所を探すことが優先だ」


「そうだね〜」


 田村は、まるで会話の温度差を誤魔化すように、軽く手を振った。


 明は無言のまま田村を見つめた。この男の本心が、少しずつ見えてきた気がする。


 この男は、自分の戦闘能力を利用して、安全にレベルアップを図ろうとしているのだ。


 だがそれは、明にとっても想定の範囲内だった。


 田村の情報は有用だ。


 信用は出来ないが、この世界ですでに六日間も生き残ってきたという実績がある。


 世界反転率の詳細や、赤い月の効果について知ることができたのも彼のおかげではあるし、当面は、お互いを利用し合う関係でもいいかもしれない。


「……分かった。機会があれば、一緒に戦ってみよう」


 そう告げると、田村の顔がぱっと明るくなった。


「ありがとう! 頼りにしてるよ〜」


 その笑顔は人懐っこく、どこまでも軽い。


 けれど明の胸の奥では、その笑顔の裏を読むように、静かな警戒心が膨らんでいた。




赤い月が満月になった時の効果

人間の場合

・幸運値以外の能力値が+50

・恐怖心が消えて勇敢になる

・???


魔物の場合

・???

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+50はそういう事か…あれ?異世界のブラッドムーンが満月になったのは今回が初めて…? 記憶が曖昧だけど+50の恩恵がなければ明は黄泉返りしても戦う事もままならなかったしある意味助かってはいるのかな… …
赤い月の脈打つ感じ動物よりの植物でも茂ってるのかなでかいのが…… こんな世界で人間と出会えたら利用するか敵対か接しないかの選択ししかないものですよね 発狂してないで理性的なだけ怪しく思えてもまだましで…
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