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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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313/351

一条明 -0- ⑧



 明は彩夏の形見である短剣を握り直し、決意を固めて街の奥へと足を向けた。


 彩夏から聞いた話によれば、魔物を倒すことで「レベル」と記された数値が上がり、それに伴って能力値も上昇し、さらに強くなることができるという。


 まるでゲームのような仕組みだが、この世界では現実だ。生き残るためにはまず、「レベル」をあげなくちゃいけない。


 以前であれば、魔物と戦うことなど想像することすらできなかった。


 しかし不思議なことに、今は恐怖心がほとんど消えている。むしろ、心の奥底から闘志のようなものが湧き上がってくるのを明は感じていた。


(……あの月の影響なのかな)


 明は空に浮かぶ赤い満月を見上げた。


 空から降り注ぐ赤い月の光は、今も街全体を血のような色で照らし続けている。その光を全身に浴びていると、不思議と気持ちが前向きになり、どれほど強大な敵にも立ち向かえるような勇気が心の中に湧き上がってくる。


 あの月光が精神になんらかの影響を与えているのは間違いない。


 そして、その影響は人間だけではなかった。


 路地を通り抜けていく魔物の群れに遭遇した。明は慌てて物陰に身を隠し、息を殺してやり過ごす。これで今夜だけでもう、五度目の遭遇だ。三日前と比較すると、明らかに魔物たちの動きが活発化している。


 さらに注意深く観察していると、魔物たちがより好戦的になっていることに気がついた。


 魔物同士での小競り合いや衝突が、以前よりも頻繁に発生している。それは三日前、彩夏がまだ生きていた頃には見られなかった明確な変化だった。


 明は、赤く光る瞳を爛々と輝かせながら口から涎を垂らす魔物たちの様子を観察し、慎重に分析した。


(単純に餌が不足して狂暴になっている、という感じじゃないな。赤い月の光による精神への影響……人間が勇気を得るように、魔物たちもまた、月の光によって何らかの精神的な変化を受けているみたいだ)


 世界反転率の進行によって生じた、この世界の変化。少しずつではあるが、それが見えてきたような気がする。


 歩いていると、遠くから獣じみた唸り声が聞こえてきた。


 明は慎重に音の方向へ向かった。角の向こうで、一体のゴブリンが廃車を漁っている。以前なら逃げることしか考えなかっただろうが、今は違う。


「やってみるか……」


 明は短剣を構えた。彩夏の形見である刃が、赤い月光を反射して鈍く光る。


 深呼吸をして、ゴブリンに向かって駆け出した。


 足音に気づいたゴブリンが振り返る。濁った目が明を捉えた瞬間、ゴブリンは武器を構えて威嚇してきた。


 しかし――


 明の速度は、ゴブリンの想像を遥かに超えていた。


「ッ!」


 両足に力を籠めて駆け出した瞬間、周囲の景色があっという間に後ろへと流れた。ゴブリンと明の間にあった距離は一瞬にしてゼロになり、明は素早く手近にいたゴブリンの懐へと潜り込む。


「うぉおおおおッ!」


 気合を込めた一撃が、ゴブリンの胸を貫いた。


「グギャアアアッ!」


 ゴブリンの断末魔が響く。だが、それも一瞬だった。明の短剣は致命傷を与え、ゴブリンはそのまま絶命した。


「やった……本当に倒せた」


 明は呟いた。


 初めて、自分の手で魔物を倒した。彩夏の短剣と、この異常な身体能力で。


 その瞬間、明の目の前に新たな画面が浮かんだ。




 ―――――――――――――――――――

 レベルアップしました

 Lv1 → Lv4

 体力:3(+50)→5(+50)

 筋力:3(+50)→6(+50)

 速度:2(+50)→4(+50)

 幸運:2→3

 ―――――――――――――――――――




「レベルアップ……」


 明は呟いた。確かに、身体がより軽く、より強くなったのを感じる。


(これが、彩夏の言っていた成長ってやつか)


 明は倒したゴブリンたちを見下ろした。しかし今はまだ、感傷に浸っている余裕はない。戦闘の音で、他の魔物が集まってきている。


「さすがに群れと戦うのはまだ無理だな」


 明は小さく呟くと、その場を離れた。そして周囲を警戒しながら、次の獲物を探す。一体倒しただけでは、まだ足りない。ミノタウロスに、あの化け物に殺されないようにするためには、さらに強くなる必要がある。


 やがて、明は別の路地で二体のゴブリンを発見した。


 今度は複数との戦いだ。より危険だが、その分経験値も多く得られるだろう。


「今度は、もっと慎重に……」


 明は深呼吸をして、再び短剣を構えた。


 一体目との戦いで、自分の力を把握することができた。この身体能力なら、ゴブリン程度であれば十分に対応できる。


 明は物陰から二体のゴブリンの様子を観察した。


 一体は他より少し大きく、手には錆びた斧を持っている。もう一体は小柄だが、素早い動きで辺りを警戒している。


「まずは小さい方から……」


 明は身を低くして接近した。


 距離を詰めた瞬間、小柄なゴブリンの背後に回り込む。


 短剣が月光を反射し、ゴブリンの首筋に向かって一直線に突き進んだ。


「グギッ!?」


 小柄なゴブリンは振り返ろうとしたが、間に合わなかった。


 刃が深々と首に突き刺さり、ゴブリンは絶命した。


 だが――


「グルォォォォッ!」


 大きなゴブリンが咆哮を上げ、斧を振り上げて明に襲いかかってきた。


 明は咄嗟に短剣を引き抜き、後ろに飛び退いた。


 ガキィンッ!


 斧が地面に激突し、火花が散る。


「こいつは強い……」


 明は距離を取りながら、相手を観察した。


 このゴブリンは先ほど倒した個体とは明らかに違う。筋肉の付き方、動きの俊敏さ、武器の扱い方――全てがワンランク上だった。


「世界反転率が上がったことで、魔物も強化されてるのか……」


 明は短剣を構え直した。


 大型のゴブリンが再び斧を振り上げる。今度は横薙ぎに払ってきた。


 明は身を屈めて回避し、そのまま懐に飛び込む。その勢いで、ゴブリンの腹部に短剣を突き立てた。


「グガァァァッ!」


 ゴブリンが悲鳴を上げたが、まだ倒れない。


 逆に、明の腕を掴んで投げ飛ばそうとしてきた。


「くそっ!」


 明は短剣を手放し、ゴブリンの腕から逃れる。


 地面を転がりながら距離を取ると、ゴブリンは腹部から血を流しながらも、まだ戦闘態勢を維持していた。


「タフだな……」


 明は短剣を拾い上げた。刃には黒色の血が付着している。


 ゴブリンは明を睨みつけながら、ゆっくりと斧を構えた。その目には、先ほどまでの野性的な凶暴さとは違う、知性的な殺意が宿っていた。


「学習してるのか」


 明は背筋に冷たいものを感じた。


 このゴブリンは、先ほどの攻撃パターンを覚えている。次は同じ手は通用しないだろう。


 しかし戦闘を学習しているのはゴブリンだけではない。


「今度は正面から……」


 明は短剣を両手で握り、ゴブリンと向き合った。


 互いに間合いを測りながら、にらみ合いが続く。


 先に動いたのは、ゴブリンだった。斧を大きく振りかぶり、明の頭上から叩き割ろうとしてくる。


 だが、明はその動きを読んでいた。


 体重移動、筋肉の緊張、視線の動き――強化された感覚が、相手の攻撃を予測する。


 明は半歩だけ横にずれ、斧の軌道を外した。


 そして――


「おおおおおッ!」


 反撃の短剣が、ゴブリンの心臓を貫いた。


「グ……ガァ……」


 大型のゴブリンが、ゆっくりと倒れる。


 今度こそ、完全に息絶えていた。


「はぁ……はぁ……」


 明は荒い息を吐きながら、立ち尽くした。


 二体目の戦いは、一体目よりもはるかに困難だった。だが、それでも勝利することができた。


 画面が現れる。




 ―――――――――――――――――――

 レベルアップしました

 Lv4 → Lv9

 体力:5(+50)→10(+50)

 筋力:6(+50)→8(+50)

 耐久:2(+50)→5(+50)

 速度:4(+50)→8(+50)

 幸運:3 → 6

 ―――――――――――――――――――




「さっきよりも、レベルアップの上昇幅が大きい……」


 明は小さな声で呟いた。やはり、あの身体の大きなゴブリンは他のゴブリンよりも強力な個体だったようだ。


 確実に強くなっている実感があった。


 明は彩夏の短剣を見つめ、刃についた血を破れた布で拭き取った。


「ありがとう、彩夏。君の武器のおかげで……」


 その時だった。


 建物の影から、不自然なほど軽やかな拍手の音が聞こえてきた。


 パチ……パチ……パチ。


 乾いた音が、静寂を裂くように響く。


 明は反射的に短剣を構える。音の主は、人間だ。


「よお、なかなかやるじゃないか」


 姿を現したのは、一人の若い男だった。年齢は明と同じくらいか、やや上。整った顔立ちに、茶色に染められた髪。派手な柄のシャツとタイトなパンツという出で立ちは、この異常な状況にはあまりに不釣り合いだった。


「誰だ!」


 明が鋭く問いただすと、男は両手をひらひらと掲げて見せた。


「そんなに警戒しないでよ。俺は敵じゃないからさ」


 その口調はどこか軽く、夜の繁華街にでもいそうなチャラついた雰囲気を漂わせていた。


「俺、田村慎也っていうんだ。シンヤでいいよ」


 人懐っこい笑みを浮かべながら、男――田村は一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


「それにしても、あんたすごかったな。あのゴブリンどもを、まるで虫でも払うみたいに倒しちまってさ。俺なんか、見つからないように息を潜めるのがやっとだったよ」


 軽い調子の言葉とは裏腹に、田村の体には傷ひとつなかった。


 服に泥汚れはあるが、血はついておらず、髪型も整っている。疲労や焦燥の色も見えない。あれだけの魔物が徘徊するこの街で、戦わず無傷で生き延びることなど出来るのだろうか。


 明は目を細め、視線を鋭く向けた。


「……何の用だ?」


 その問いに、田村は肩をすくめて笑う。


「用ってほどでもないけどさ。あんたみたいに強そうなやつに、話しかけてみたくなったんだよ。こっちは隠れてばっかで、誰かとろくに会話もしてこなかったからさ」


 逃げていたにしては、随分と余裕のある態度だ。

 ――何かがおかしい。


「お前……今までどうやって、生き延びてきたんだ?」


「まあ、要領よくやってきたってとこかな。ひたすら逃げて、隠れて、やり過ごして……そんな感じ」


 説明は曖昧だったが、彼の言葉と外見には一応の整合性があった。確かに、傷はない。


 明は田村を見つめた。

 

 この危険な世界で一人きりで動くのは無謀に近い。仲間がいれば生存率は上がる――それは事実だ。


 だが、目の前の男を信用してもいいのだろうか。言葉の端々から感じる余裕と軽薄さが、妙に引っかかる。


『あんたを利用しようとする人間が現れるかもしれない』


 明の脳裏に、彩夏の忠告が蘇る。


 田村が敵でないという保証は、どこにもない。


 それでも――あれから、明の中にも変化があった。


 今の自分には、力がある。もう、何もできずに震えていた頃の自分とは違う。


 そして何より、胸の奥にある孤独感が、知らぬ間に重くのしかかっていた。


「……とりあえず、話を聞こう」


 明は短剣を下ろした。


「ただし、変な真似をしたら容赦しない」


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― 新着の感想 ―
ステータス+50は反転率が上がった世界での最低補償ステータス?(この世界でのレベル1は+50ないと生きてけないやろ!的な…) にしても+50はでかいな…
反転率が上がってモンスターが強くなるほどレベルの上がりもよくなるのか… にしても謎すぎるステータスALL+50…一体何が起きているのか
もう完全に違ったルートですね 楽しみ
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