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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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VS イフリート⑤



 命の灯火が消えかけようとしている。


 それでも、彼女の意志は、ここにある。


 ――ならば、今、動かなければならない。


 明はゆっくりと奈緒の身体を地面に横たえ、震える手でその胸元の火にそっと触れた。


 温度は、ない。けれど、確かにそこに想いがあった。


 彼女が命を懸けて作った、この一瞬。


 届かぬかもしれないと分かっていて撃ち抜いた砲撃。


 生き延びるためではなく、未来を繋ぐために撃った一撃。


 今度は自分がそれを受け継ぐ番だ。


「……すみません。今だけは、俺も無茶をさせてもらいます」


 その言葉は、すでに意識のない彼女に向けられたものだった。


 返事は求めていなかった。胸の奥に燃える感情が、言葉よりも先に身体を突き動かしていた。


 明は奈緒の口元に『持続再生の水薬』をそっと運び、ゆっくりと飲ませると、立ち上がった。


 背後を振り返ると、柏葉と目があった。泣き出しそうな顔でまっすぐにこちらを見つめている。そしてそのさらに後方では、イフリートの巨躯が、ゆっくりと立ち上がりつつあった。


 左肩から胴にかけて大きく抉られたその姿は、明らかに致命的だ。だが、それでも終わってはいない。イフリートはなおも「王」としての執念をむき出しにし、咆哮を上げていた。


 咆哮に反応して柏葉が振り返り、目を見開いたまま、呟いた。


「嘘……あれで終わりじゃないの……?」


 明は一歩、前に出る。


「いいえ、これで終わりにします」


 そして背後を振り返り、奈緒を見つめて言葉を続ける。


「奈緒さんが残したものは、ここで終わらせるための時間だ。だったら――俺たちが使い切るしかない」


 明はイフリートへと向き直り、剣を抜いた。


 すらっ。


 金属の軋みとともに、明の姿勢が低くなる。


「ォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 イフリートの咆哮が、地を這うように響く。咽喉の奥から絞り出すような音ではなく、本能の奥底から噴き上がる終末の怒りだった。


 イフリートの四肢に再び熱が宿る。片腕が折れ、肩が砕けたはずのその巨体が、なおも膨張し、闘気を纏う。


(これは―――…)


 明は感じ取っていた。


 これはもはや、人間とモンスターとの戦いではない。ただひたすらに、生き残ることだけを本能に刻んだ、純粋な災厄への抵抗だった。


「ッ!」


 直後、うなじが冷えたような感覚とともに明の全身の毛が逆立つ。『危機察知』スキルの警鐘だ。その警鐘が響いたと同時に、明は地面を蹴って駆け出していた。


「ふレあレイんッッ!」


 イフリートが吼える。すべてを焼き尽くす熱塊が、頭上から雨のように降り注ぐ。


 魔法というよりも、もはや破壊に近い攻撃だ。


 明は降り注ぐ熱塊を素早く躱しながらイフリートへと接近すると、懐から取り出した〝魔力回復薬〟を一気に飲み干した。


 壊れた魔力回路に満たされた魔力が、途端に全身から焔のように漏れ始める。補充された魔力がこの身体からすべて抜け落ちるまで残り三十秒、その時間でこの災厄にトドメを刺さねばならない。


「『疾走』」


 能力値補正のスキル名を呟き、剣を構えた。漏れ出す魔力に耐え切れず、筋肉がきしむ。肺の奥で焼けた血が泡立ち、吐き出す息にも魔力が混ざった。身体の中で暴れ狂う魔力の塊を、無理やり押さえつける。


「『剛力』」


 全身から魔力が漏れていく。


 例えるなら、この身体はヒビ割れた器だ。


 ここに来るまでの間、無茶に無茶を重ねて、壊れてしまった。本来なら勝てるはずもない相手に勝つために、限界を超えた力を手にしてしまったがゆえに、多くの代償を支払った。


 だが、それでも。ここで下がる理由はどこにもなかった。


「――行くぞ」


 明が地を蹴った。魔力が脚部へと集中し、一瞬で視界が流れる。爆ぜるような踏み込みによって地面が崩れ、熱気を裂いて身体が前へ出る。


 刹那、イフリートが反応した。


 折れたはずの左腕が、咄嗟に振り抜かれる。灼熱の衝撃波が直線的に明へと放たれる。


「――ッ!」


 視線を逸らさず、明は身を捻る。火線がかすめ、右肩に熱が走った。だが止まらない。


 『剛力』によって膨張した上腕が、振りかぶった剣を支えた。全力の一撃。余剰魔力を喰らいながら、破壊力だけを一点に集中させる。


「はぁあッ!」


 鋭く踏み込んで、剣を振り抜いた。


 ドシュッ!


 イフリートの胸部、抉れた左肩の傷に斜めから切り込んだ。再生しかけていた装甲が断ち割られ、どす黒い魔素に侵された血が一気に吹き出す。


「ウゥォオオオオオオオ……ッッ!」


 痛みによってイフリートが仰け反り、そのまま拳を振り上げた。返しの動作は速い。イフリートが持つスキル『超筋力』が、筋肉の動作を加速させていた。


(間に合わない――!)


 咄嗟に『軽業』で重心を傾ける。完全には躱せない。拳が脇腹をかすめ、明の身体が横に弾かれた。


 砂煙が舞い、熱風が肌を焼く。転がる身体が地面を擦り、衝撃とともに肋骨が軋んだ。土と鉄の味が口内に広がり、喉に熱が逆流する。


「……くっ!」


 右肘をついて体勢を立て直した。


 鋭い痛みに顔が歪んだ。だが、意識は途切れていない。すぐさま働いた『自動再生』が、わずかに傷を塞ぎ始めているのが分かった。


(今ので十秒……残り二十秒)


 『疾走』も『剛力』も、常時維持はできない。体内に宿る魔力を喰らい、一瞬の出力を爆発させる、全身全霊の()()()()()だ。時間をかけるほどに、こちらが削れていく。


 さらに今は、魔力が常時漏出している状態。


 本来なら一分間持続するはずのスキル効果も、魔力が三十秒で枯渇する以上、理屈の上でも半減するしかない。出力と持続の均衡が、崩れている。


「クソっ!」


 だからこそ、明はすぐに立ち上がった。


 睨み返すイフリートは、全身を傷に刻まれ、崩れた肩も鈍った左脚も、明らかに限界を超えている。


 それでも、その巨体から噴き出す魔素の渦はなお途切れず、熱気の奔流は止まる気配すら見せなかった。


(もう一度……あの傷口に)


 明が、剣を構え直す。


 そのとき――背後から、声が届いた。


「一条さんッ!」


 焦げた空気を裂く、懸命な叫び。振り返らずともわかる。柏葉だ。


 すでに限界ぎりぎりの身体で、それでもなお、こちらへと走ってくる。


「支援に入ります!」


 そう叫ぶと、柏葉は両手を開いて動かした。


 瓦礫が、動いた。


 柏葉の両手がわずかに震えると同時に、崩れた鉄片と石くれが絡まり合い、まるで意志を持ったかのように空を裂いた。


 魔力の糸が絡む。繋ぎとめ、組み上げる。瓦礫の集合体が、異形の腕のような形を成して、イフリートの頭上に降りかかった。


 ズドォン!


 重い音とともに、瓦礫の巨腕がイフリートの右肩を叩き潰す。灼熱の装甲が砕け、地面が揺れた。その隙を逃さず、明が走る。


「ナイスです、柏葉さん……!」


 明の視線の先には、イフリートの傷口があった。左肩から胴にかけて露出した、まだ塞ぎきれていない裂傷。そこに、すべてを叩き込むべく、剣先へと魔力を集める。


「『魔力撃(マナブラスト)』――ッ!」


 剣を振り上げる。その刹那、イフリートが反応した。


 胴をひねると同時に、未だ再生しきっていなかった左腕が内側から裂け飛んだ。肩口から爆発のような熱波がほとばしり、辺り一面を灼熱で覆う。代償と引き換えに放たれたその一撃は、明の接近を強引に拒む、まさしく自爆に等しい迎撃だった。


「……くっ!」


 足元を這い上がる熱が脛を焼き、皮膚にひび割れるような痛みが走った。反射的に跳躍しながら、明は火線を抜けるようにして身体を翻し、熱風の渦を断ち切るように横へと飛んだ。


 着地の衝撃が膝にのしかかる。呼吸は荒く、焦げた空気が喉奥に突き刺さるようだ。それでも明は剣を構え直し、肺の奥まで酸素と共に意志を叩き込む。


 魔力は底に近い。


 だが――まだ尽きてはいない。


 あと一撃。


 この身体に残された猶予は、それだけだ。


「『魔力連撃(マナバースト)』」


 その一言と共に、剣へと魔力が流れ込む。刃が脈動するように淡く光り、内側から圧が高まっていくのを明は感じ取った。


 足元を砕く勢いで跳躍し、全身を撃ち出す。


 柄を握る腕に筋が浮かび、増した重量が骨に軋みを走らせる。


 けれど、それでいい。


 痛みは、生きている証だ。今はただ、撃ち込むことだけを考えればいい。


「これで仕留めるッ!」


 一撃目。

 振り抜かれた剣が空を裂き、魔力の斬撃がイフリートの腰を斬り裂く。灼熱の血が飛び散り、赤熱の空気が震える。


 二撃目。

 脇腹をなぞるように切りつけ、深く裂けた傷口から魔素が噴き上がる。


 三撃目。

 跳躍と共に喉元を狙う。炎膜に弾かれながらも、刃先は皮膚を割り、その下の熱を斬った。


 四撃目。

 身体をひねって重心を外し、反転するように振るった斬撃が、左肩の裂傷へと吸い込まれるように突き刺さる。


(届く……!)


 この一撃で、終わらせる。



 五撃目。

 魔力、肉体、そして意思。

 そのすべてを刀身に重ね、渾身の力を振り絞って斬り下ろす。



「うぉおおおおおおおおおッッ!!」



 明の叫びとともに剣が振り下ろされた、その刹那―――


 イフリートの瞳が、爛々と赤く輝いた。



「ォオオオオオオオオオオオオオオッッ!」



 咆哮が響き、同時に右腕が跳ね上がる。


 『超筋力』のスキルが発動していた。灼熱に包まれた腕が脈動しながら膨張し、まるで鉄塊のような質量を伴って動き出す。


 迎撃の軌道は、正面。


 明の渾身の斬撃に向けて、灼熱の腕が真正面からぶつかってきた。


「キサマごとき羽虫ガ、我に届クと思うタか」


 刃と肉が激突し、爆音とともに魔力が爆ぜる。


 空気が歪み、大気そのものが震えた。


「ぐっ……!」


 剣が弾かれ、明の身体は吹き飛ぶように後退する。脚が滑り、腕が痺れ、視界がわずかに霞んだ。握力が抜けそうになる刃を、歯を食いしばって必死に握り返し、どうにか膝をついて踏みとどまる。


(……駄目だ。もう……魔力が……)


 視界がにじむ。『疾走』と『剛力』の補正は消え、力が抜けた身体に重たく疲労が圧し掛かる。


 最後の一撃にすべてを費やした。


 確かに、明の斬撃は届いていた。


 イフリートの肩は深く割れ、どす黒い魔素の血が流れている。受けたダメージが大きく、『超速再生』も追いついていないようで、イフリートも虫の息だ。片膝をついて荒い息を吐いている。


 あと一撃。それだけで、倒せる――そう確信した、その瞬間。


「地を這エ、羽虫ドモよ!!」


 灼熱の咆哮が響いた。


 爆ぜた熱風があたりを薙いで、視界をゆがめた。


 明の身体が、吹き飛ぶ。



 その光景を――柏葉薫は、ただ見ていることしか出来なかった。





地味に投稿の表示形式を変えてみてますが、どうですかね。

(以前に比べて文と文の間にある空白多め)

読みにくいようであれば、以前と同じ形式に戻します。

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文章読みやすくて良いです
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