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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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魔人 VS 魔人


 焼け焦げた大地の上で、二人の〝魔人〟が対峙する。


 一方は、漆黒の結晶と呪詛に包まれた異形。

 一方は、熾火のごとき神威を纏う灼熱の王。


 互いの身体から漏れだす瘴気と熱気がぶつかり合い、空気そのものが悲鳴をあげていた。


「捕食者ヲ……気取ッたツモリカ、人間」


 イフリートが低く唸った。その声には自らを脅かす異端に対する、確かな()()が潜んでいた。


「気取る……? 違ェよ」


 龍一は槍を軽く振るった。


 柄を握るその手にはもはや皮膚の色は残っていない。黒い結晶が指を覆い、血管のように魔素が走っている。


「俺ハ今まデ……テメェらを喰らって生きてきた。捕食者ヲ気取ったつもりナんか、最初からねェ」


 槍を構える動きはゆるやかで、しかし、そこには曇りなき殺意があった。


「この世界デの俺ハ、〝喰う側〟ナんだよ」


 そして次の瞬間。


 龍一の身体が弾けたように動いた。


「『疾走』ッ!」


 火花のように魔力が散る。


 爆ぜるような音とともに、地面が亀裂を描いて砕け散る。


 龍一の加速は音を置き去りにし、空気がその場を滑り落ちた。


 その動きに応じるように、イフリートも地を蹴る。灼熱の奔流が巻き起こり、鋭い爪が燃え上がった。



 ――二つの存在が、衝突する。



 炎と瘴気。力と衝動。魔爪と魔槍。


 拮抗する破壊の奔流が空を引き裂き、周囲の空気を震わせた。衝撃波が広がる。離れたプレハブ工場の壁がべこりと凹み、畑を挟んだ先の住宅の窓が軋みを上げた。


 静寂が、音と熱に踏みにじられていく。


「ゥオオオオオオオッッ!」


 龍一の槍がイフリートの胴を浅く抉った。


「グォオオオオオオッッ!」


 同時に振るわれたイフリートの拳が龍一の肩を焼き飛ばす。


 どちらも譲らない、呼吸ひとつ挟まずに繰り広げられる激しい攻防。槍と爪が交錯するたび、焦土と化した地に風圧が走った。


 ――この戦いは、力だけでは決まらない。


 読み合い、予測し、殺意を込めて研ぎ澄ました一撃の差。


 僅かな狂いが命を分ける。


「『神穿ち』」

「『ブろすとロア』」


 互いに示し合わせたように距離を取り、技を放つ。


 龍一の放った神速の突きと、イフリートの咆哮と共に放たれた火焔の衝撃が、空間の中心で激突する。


 空が割れるような轟音が走り、周囲を震撼させた。


 爆風を切り裂くように、二つの影が再び前へ――そして、激突する。


「オラァッ!」


 龍一の槍が下から跳ね上がる。


 それを、イフリートが身を翻して爪で押し返す。


「クッ……!」


 反動で龍一の足が滑る。だがそのまま体を回転させ、逆手で槍を振るう。


 刃がイフリートの腕を浅く裂いた。


「グッ……!」


 火の粉のような血飛沫が舞い、イフリートの顔が一瞬だけ苦悶に歪む。


 すぐさま地を踏み鳴らし、炎が奔流となって周囲を薙ぎ払った。


「チッ……!」


 龍一は舌打ちを漏らし、跳躍した。


 焦げた空を駆け、炎の壁を飛び越えるようにして再びイフリートに肉薄する。


「まだダッ!」


 叫びとともに、空中で槍を構え直し、逆落としに振り下ろす。


「――甘イな」


 イフリートはそれを読んでいた。


 振り下ろされる槍に合わせて、烈火の如く燃えあがる爪を真下から突き上げる。


 二つの力が、再び空中で激突する。


 爆音と共に、火と瘴気が爆ぜた。


 両者の肉体を削り、削り返し、荒れ狂う風が舞う。


 龍一が着地した時、両者は血を流していた。


 そして、最初に姿勢を崩していたのは、龍一だった。


「ハッ……は……っづ、ア……くそ……」


 龍一はその場に膝をつく。


 激しい咳と共に、喉奥から血の塊がこぼれ落ちた。


 皮膚の下で筋が裂け、骨が軋む。全身が痛みに悲鳴を上げていた。


 地に伏した龍一を見下ろすように、イフリートがゆるやかに振り返った。


「羽虫は、どれだけ足掻イても羽虫ニすぎなイ。諦メロ」


 全身から火の粉を散らしながら、静かに告げる。


 激闘の末に生じた傷は、すでに癒えつつある。


 その回復力は、龍一が抱いた覚悟すら無力と笑うように映った。


「……ククッ……諦めろ、ね」


 龍一は槍を杖代わりに立ち上がる。全身の傷から、どろりとした黒い血が流れ落ち、地面を汚した。その血の色は、もはや人のものではなかった。


「悪ィな……そんな境地はもう、とっくに過ぎてンだよ」


 血に塗れた口元を拭い、べったりと貼りついた髪をかき上げる。


 赤黒い液体が指を伝い、滲んでいった。


「テメェらが現れてから、何もかもが最悪ダ。命がいくつあっても足りやしねェ。諦めル機会ナンざ、いくらでもあった」


 再び咳き込み、血を吐く。


 龍一は、足元に広がる血だまりをしばし見下ろし、静かに息を吐いた。


(もう、長くはもたねぇな……)


 まだスキルの効果は確認していない。


 だが感覚で分かる。


『魔人化』は強大な力をもたらした。だが同時に、確実に命を削っている。


 この力は、人の枠を超える代わりに、この身を魔性へと堕としている。


(―――……だから、何だ)


 奥歯を食いしばり、イフリートを睨み据える。


(この身体が人間じゃなくなるから……何だって言うんだ)


 槍を構え直す。


 赤く染まった眼が、灼熱の王を捉えていた。


「アイツは……ソウタは、魔物ニなろウガ最後まデ耐エたンだ……ッ」


 喉が焼けるほどの叫びが、濁った空気を突き破った。


「父親の俺ガ……こんなトコで挫けテらレっかよッ!!」


 その怒号に、槍の穂先から黒紫の魔素が迸った。


「――『疾走』!!」


 足元の地面が砕けた。


 一瞬の加速。空間が歪み、龍一の姿が掻き消える。


 気づけば、すでにイフリートの背後に立っていた。


 その手には、殺意を込めた槍が構えられていた。


「『神穿ち』ッ!!」


 収束された魔力が一線の突きへと凝縮され、音すら置き去りにして放たれた。


 龍一の槍が空間を貫き、イフリートの背を穿つ。



 音が、遅れて世界に追いついた。



 爆風が周囲の空気を一瞬にして吹き飛ばし、地面が剥ぎ取られるように裂けていく。


 イフリートの身体が浮いた。


 黒煙と血飛沫を撒き散らしながら、吹き飛ばされたその巨躯が、瓦礫の山へと叩きつけられる。炎が爆ぜ、骨が折れる音が鈍く響いた。


(まだだ)


 このまま、 イフリートをテリトリーの外へ押し出そうと、龍一が駆け出そうとしたその時だった。


「っ……!」


 膝が崩れた。


「……っ、あ……がッ」


 視界が歪む。


 槍を支えに立つのがやっとだった。


 肉体の限界を超えて放った技の連発。『身体強化』スキルの熟練度が低い龍一の肉体では、たとえ『魔人化』していても耐え切れるはずもなかった。


 体内に取り込んだ魔素が暴れている。全身を駆け抜ける激痛とともに、血が噴き出すように喉まで逆流してくる。


 足が、動かない。


(ちっ、力が……抜ける……!)


 そう思った瞬間だった。


 崩れかけた瓦礫の中から、灼熱の気配が蠢めいた。


「ナ……めるナ……!!」


 轟然たる咆哮が響く。


 イフリートが、立ち上がっていた。


 焼け爛れた胸には風穴が空き、片腕はだらりと垂れ下がっている。それでも、その瞳は死んでいなかった。


 瘴気と混じった炎が再び蠢き、灼熱がその爪に集まっていく。


「貴様ノヨウナ……人間風情ニ……負ケルワケガ……!!」


 地を割って跳躍したイフリートが、一直線に龍一へと迫る。逆巻く炎と破滅をその爪に纏い、破壊の一撃を叩き込まんとしていた。


 動けない。


 足が、腕が――もう、反応しなかった。


(やべえ……間に合わねぇ!)


 視界の端で、灼熱の弾道が迫る。


 死が目前に迫ったその瞬間だった。


「――『聖楯』っ!!」


 鋭く透るような声が、空間を断ち割った。


 次いで、眩い光の障壁が龍一の前に展開される。


 灼熱の拳がそれを叩いた。


 光が軋み、音を立てて歪む。防壁が火花のように明滅し、地面を抉りながらもその一撃を受け止めていた。


「……間に合って、よかった……っ」


 その声に、龍一が目を見開く。


 そこには、血と埃にまみれた少女――彩夏が立っていた。


 彼女は傷つきながらも、それでもなお両手を広げて盾を支えていた。


 足元が震えていた。呼吸は乱れ、立っているのもやっとの状態であるのは見て明らかだった。それでも、彼女は一歩も引かなかった。


「おじ……さん……今、絶対に倒れちゃダメ……!」


 遮られたイフリートが、苛立ちの声をあげる。


「……貴様……ッ!」


 その一瞬の隙を龍一は見逃さなかった。


 槍を、もう一度握る。


 砕けかけた脚に力を込め、魔素を一点へと集束させた。


「コイツで終わりだ……!! 『神穿ち』ッ!!」


 黒紫の魔力が唸りを上げる。


 放たれた一閃が、今度は真正面からイフリートの胸を穿ち抜いた。


 灼熱の王が吹き飛ぶ。




 そしてその身体は、ついに――灼熱の境界を越えた。


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