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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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燃え盛る街



 かすみがうら市を出て、つくば市へと道を戻る。


 本来であればかすみがうら市の隣街にあたる石岡市を経由して向かったほうが早いのだが、あのあたりのボスは明ひとりならまだしも今の奈緒たちが相手をするには少々厳しい相手だ。

 イフリートとの戦いを前に死傷者を出すわけにもいかず、たとえ遠回りになったとしても安全牌をきるべきだと判断した。

 そうしてつくば市に戻り、山越えをして三日。

 明達はようやく水戸市の隣街にあたる笠間市に到着し、休む間もなくその足で水戸市へ足を踏み入れた。



 笠間市のボスは倒さずにスルーした。

 倒せばセーブが発生するが、どうせもう『黄泉帰り』が発生しない。術式の進行が止まり、仲間のレベルを上げることが出来るという利点もあるが、そのために負う被害を考慮すると今ここで相手するべきじゃない。

 イフリートを倒せば術式は破壊されるのだから無理に相手をする必要はないと、そう思ったからだ。


 水戸市に入り、真っ先に身を包んだ熱波に彩夏が悲鳴を上げた。



「暑……いや熱い!! 話には聞いていたけど、明らかに異常でしょこの街!!」

「焦げちゃいそうです……」


 玉のような汗を額から噴き出して、ぐったりとした様子で柏葉が呻いた。

 奈緒が頬を流れる汗を拭いながら呟く。


「まったくだ。だけど、セイレーンの刺身を喰ったかいはあったな。死ぬことはなさそうだ」

「みんな、必要最低限の武器と道具を手に取ったら、その他の武器と道具はここに捨ててくれ。特にスキルで製作していない、現実由来の道具や食糧は持ち歩かないように。この熱気で自然発火して余計なダメージを負う可能性がある」


 明が身に付けた道具を取り外しながら言った。

 柏葉が首を捻る。


「道具って、このテントやリュックもですか? まさか、素材も?」

「ええ。持ってたところで、この先は役に立たないですから」

「そんなぁ……せっかく集まってきたところだったのに」



 柏葉はがっくりと肩を落とすと、泣きそうな声でそう呟いた。

 可哀想だが仕方がない。ただでさえ魔物の素材なんかは特に取り扱いが難しい物ばかりだ。カニバルプラントのように燃えやすい素材なんかもあるから、この環境では持ち歩くのも難しい。



「うおっ!? 靴底も溶け始めてるぞ!」



 龍一が慌てた様子で片足を持ち上げた。

 すると、熱せられたアスファルト舗装路にへばりついた靴底のゴムが、まるで嚙み捨てた後のガムを踏んだかのように長く伸びている。

 明は靴を脱ぎ捨てながら言った。



「靴も捨ててください。そのために火傷耐性を身に付けたんですから」

「お気に入りの靴だったのに……」

「一条、靴底に鉄板を仕込めば靴も壊れないんじゃ―――」

「もっとダメです。熱したフライパンでも付けて歩くようなものですよ、それ」



 そうして騒ぎながら準備を整えること数分。

 武器と最低限の道具だけ、という軽装になった明達は水戸市の中心へと向けて足を踏み出した。


 水戸市は、ありとあらゆる生物が息絶えた死の街だった。


 家屋や街路樹はイフリートの熱気で自然発火し、至る所で炎が渦巻いている。場所によってはアスファルト舗装路が溶解しドロドロになって流れているし、街のあちこちでは炭化した()()の塊が横たわっていた。

 その正体は、考えるまでもない。街全体を包む独特の嫌な臭いがその答えだ。



「ひどい……」


 熱気と炎に包まれた街の惨状を目にして、奈緒が呟いた。


「これまでいろんな街を見てきたけど、この街の惨状は群を抜いている。こんなの、街の体を成しただけの瓦礫じゃないか」

「モンスターが居なくなったとしても、この熱気はしばらく残りますよね。復興なんて出来るのかな」


 柏葉が小さな声で言った。

 龍一が呟く。


「長い時間はかかるが街は元に戻るさ。元に戻らねぇのは、この世界に殺された人間だけだ。……明、イフリートのヤツはどこにいる? 居場所の見当もついてんだろ?」

「イフリートなら」


 明は呟き、指を持ち上げた。


「あの中です」


 明が示したのは、街を覆う熱気の中心。

 かつて水戸城と呼ばれた城の跡だった。



           ◇◇◇



 熱源の中心。

 燃え盛る炎と焦土と化した瓦礫の中に、そのモンスターはさも当たり前のように鎮座していた。

 人の姿を模った、身の丈三メートルを超える炎の塊の大男。

 火と炎の精霊、あるいは魔神とも呼ばれる神霊種。―――大精霊イフリート。

 すでに『黄泉帰り』はなく、クエストはもう発生しないがヤツの等級は分かっている。ギガントやセイレーンを超えるA級だ。


「『解析』」


 明は小さく呟いた。

 目の前に画面が現れる。




 ――――――――――――――――――

 イフリート Lv177

 体力:701

 筋力:834

 耐久:651

 速度:492

 魔力:921

 幸運:77

 ――――――――――――――――――

 個体情報

 ・ダンジョン:悪神の棲み処に出現する、神獣種亜人系のボスモンスター

 ・体内魔素率:42%

 ・体内における魔素結晶あり。筋肉、骨、心臓に中度の結晶化

 ・体外における魔素結晶あり。胸部を中心に広がる高度の結晶化。一部変質あり

 ・身体状況:正常

 ――――――――――――――――――

 所持スキル

 ・火炎無効化

 ・火傷無効化

 ・火の加護

 ・超速再生

 ・超筋力Lv1

 ・精霊魔法Lv3

 ・炎魔法Lv3

 ・召喚術Lv1

 ――――――――――――――――――




「相変わらずイカレてやがる」


 目の前に表示された画面に、思わず笑った。

 ギガントを超える怪力と強力な魔力を持ち、火炎と火傷は効かず、攻撃系統のスキルが合計4つと遠慮がない。耐久値はやや低いが、それを補うようにギガントの回復速度を超える『超速再生』のスキルを持っている。中でも厄介なのは『火の加護』スキルだ。このスキルがあるモンスターは、火炎環境の中では全ての攻撃が無効化される。


 明は目の前の画面を閉じると、物陰からジッとイフリートを観察して言った。



「……運がいい。まだ俺たちに気が付いてない。ヤツは今、休憩中だ」

「先手を打つか?」


 奈緒が魔導銃に魔弾を込めながら呟いた。

 明は小さく首を振る。


「いや、もう少しだけ様子を見ましょう。アイツは神霊種の中でも特別だ。ありとあらゆる状態異常と免疫耐性を備えていて、物理と魔法その両方に高い耐性を持っています。生半可な攻撃は通用しません」

「セイレーンに続いてアイツもなの?」


 そう言って、明の言葉に彩夏が眉間に皺を寄せた。

 明は彩夏へと視線を向ける。


「『火の加護』というスキルの効果だ。アイツが火と炎に包まれている間、ありとあらゆる耐性が上昇するようになっている」

「ギガントが可愛く見えてきますね」


 柏葉がため息を吐き出した。

 実際その通りだ。

 術式の核となったモンスターの中でも、ギガントはまだ力押しでどうにか出来るから、こちらの準備をきちんと整えることさえ出来れば簡単に倒せる。イフリートとは比べ物にならない。


「それで、どうするんだ。まさかこのまま戦おうってわけじゃないんだろ?」


 龍一が明を見つめながら言った。

 明は龍一からイフリートへと視線を移して、呟く。


「まずは、アイツをこのテリトリーの中から引き摺り出さなきゃいけない」


 イフリートが休息している場所は、燃え盛る炎に包まれている。これは、イフリート自身が周囲を自分に適した環境へと変えているからだ。

 そのため、ヤツのテリトリー内での戦いはイフリートにとって有利な条件での戦いとなり、逆に侵入者には不利な環境となっている。『火の加護』スキルの効果も発動するから、このまま戦えばまず勝てない。

 だから、まずはイフリートと同じ土俵に立てる場所へとアイツを引き摺り出す。

 炎の無い環境に持ち込んで、形成不利からどうにか均衡状態へと持っていく。



「作戦を伝えます。まず俺たちはここからパーティを2つに分けます。パーティ1が、イフリートをこのテリトリーから引き摺り出す役割です。当然、イフリートもこの環境が自分に有利であることが分かっているから抵抗します。こちらの攻撃はほぼ通じませんし、おそらく、相対すれば逃げ延びることも出来ません。相手にとって有利な環境の中で、決死の覚悟でイフリートをこのテリトリーから引き離すのがパーティ1の役割です」



 明の言葉に仲間たちが頷いた。

 怖気づくかとも思ったが、全員が修羅場を越えてきている。冷静に話を聞く仲間たちを見て、明は小さく微笑むと途切れた話を再開させた。



「次にパーティ2が、そのテリトリーから離れたイフリートを直接叩く役割です。直接対峙する分、パーティ1よりもさらに危険度が跳ね上がります。イフリートも命の危険に晒されることで、より必死の抵抗をしてくるでしょう」


 明の言葉を黙って聞いていた龍一が言った。


「だったら俺が先に行く。この五人の中で、明に次いで戦闘能力が高いのは俺だ。俺がパーティ1に入る。明、お前はパーティ2だ。そのほうがいいだろ?」

「そうですね。死に際でアイツが何をしてくるのか分かりませんし、その方が勝率は高いと思います」


 明は龍一の言葉に頷いた。

 龍一は明に頷き返すと、柏葉へと目を向ける。


「『持続再生』の水薬(ポーション)はあるか?」

「は、はい!」


 柏葉が懐から小さな小瓶を三つ取り出した。

 ここに来るまで間に作ってもらっていた、新しい調合薬だ。製作コストは高いが、継続的に傷を癒す効果がある。


「気を付けてください。そこまで数は用意出来ていません。今お渡ししたのが全部です」

「十分だ」


 龍一はニヤリとした笑みを浮かべた。

 そんな時だ。彩夏が龍一の手から小瓶を一つ掠めとった。


「おい」

「おじさん一人でどうやってアイツを相手するのよ。サポートぐらいなら出来るから、任せて」

「サポートって、あのなぁ」


 龍一が助けを求めるように明へと視線を向けた。が、その視線に明は無言で頷きを返すだけだ。彩夏の判断が間違っているとも思えない。

 明が何も言わないことで、龍一も覚悟を決めたらしい。

 深いため息を吐き出すと、手にした長槍をくるりと回した。



「ハァ……わーったよ! 足、引っ張るんじゃねーぞ」

「そっちこそ!!」



 腰に帯びた短剣を抜いて彩夏が構える。

 そして二人は、目だけで合図をすると一気にイフリートの元へと突っ込んだ。


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