ゴブリンの次は……
明は、自ら書き込んだメモ帳を見直す。これで未だに解析が出来ていないモンスターは残り一匹。あの、ミノタウロスだけとなった。
持ち前の幸運が発揮したのか、それともミノタウロスは出現した数が少ないのか。この探索中で一番危惧していたミノタウロスを、明は一度も見かけることがないまま、会社へと到着した。
(辺りにモンスターは……居ないな。よし、今の内に)
明は、裏口から会社の中へと入ってその扉を施錠すると、さらに会社中から集めた机をバリケードのように積み上げて、ようやく一息を吐く。
(これで、すぐには入ってこれないだろ)
事実、明の会社の裏口は、外側からの押し扉だった。会社の内側から扉が開かないよう積み上げた机の山は、バリケードと同時に扉を開かないよう押さえつけていて、外側から扉ごと吹き飛ばされない限りは安全かのように思えた。
「さて、と」
呟き、明は飲食品が積みこまれた山へと向かい、その中から炭酸飲料を手に取ると喉を潤す。
「~~~~っ、あー……、美味い」
シュワシュワと弾ける泡が喉を通り、その刺激で目が覚めるのを感じる。
事前に買っていた制汗シートで身体の汗や汚れを拭うと、メンソールの効いたシートが残った眠気を吹き飛ばした。
明はすっきりとした気持ちで大きく伸びをすると、傍にあったワークチェアを引っ張り腰を下ろした。それから、解析スキルを使って判明したモンスターのメモを手に取ると、クエスト後のレベリングへと向けて思考を巡らせる。
(ボアというイノシシは体力も多いし、筋力、耐久、速度、全部が高いな。コイツはレベリングの相手から除外、と。……狼型のモンスターは、体毛の色によって個体値が違うみたいだな。こいつらも、筋力や耐久が今の自分よりも上だから除外。と、なると…………)
「ゴブリンの次にレベル上げが出来そうなモンスターは、カニバルプラントって名前の食人植物か、キラービーっていうでっかい蜂か」
解析によって表示されたレベルの違いはあるが、ステータスだけを見ればどちらも同じぐらいのモンスターだ。
明は、それぞれのモンスターのことを思い浮かべた。
カニバルプラントは、見た目が食虫植物のウツボカズラそっくりのモンスターだ。大きさは成人男性がすっぽり入るほどに大きく、大抵がブロック塀や放置された車に蔦を伸ばして絡みついているからすぐに分かる。
自分で移動することが出来ないのか、だらりと地面に伸ばした蔦で獲物――人間が近づくのを待ち、攻撃の範囲内に入ればすぐさまその蔦が人の身体に絡みついて、おそらくは溶解液が出ているのであろう壺のような筒状の身体の中へと連れ去るのを、探索中に何度か目にしていた。
一方、キラービーというモンスターの攻撃は至極単純で、既存の蜂と同じくお尻の針で人を刺して毒を注入し、死に至らしめるというものだった。
どうやら、どこかにキラービーの巣があるようで、毒針で襲われた人間がキラービーに運ばれていくのを、探索中に目撃している。
単純な近接攻撃をしてくるゴブリンとは違って、どちらを相手にするにしても危険度が増している。
明は、何度もゴブリンのステータスとそれら二匹のステータスを見比べて、次のレベリングの相手を決めた。
(よし。クエストを終えたら、次に挑む相手はカニバルプラントだな)
レベルは高いが、キラービーと比べれば速度は遅く、さらには攻撃範囲に入らなければ何も出来ないというのが大きい。もしもキツイと考えれば、その場から逃げ出しさえすれば追撃されることもないだろう。
そう、考えての結論だった。
(ゴブリンから奪い取った石斧はまた持っていくとして、包丁はー……まあ、使えるのか分からないけど一応、持っていくか。あとは使えそうな物と言えば――――着火用のガスバーナー……いや、これって効果あるのか? まあいいや、これも一応持っていこう)
ゴブリンだけでなく、カニバルプラントに挑むことも考えて、明は買い占めた物資の中から使えそうなものを選んで、リュックの中身を入れ替える。
それから、簡単な食事を済ませて腹を満たすと、小一時間ほど身体を休めながらゲームにありがちな単語を思いつく限り口に出して、新たな画面が出てくるかどうかを試して過ごすことにした。
「……メール。……職業。……ジョブ。……ささやき。……ウィスパー」
その他、ガチャやショップ、セーブやロードといった基本的な単語から、ログアウトや称号という単語まで思いつく限りのことを呟く。
しかし、唯一反応があった言葉は、以前から存在が分かっていた『クエスト』という単語のみで、軽い音を出しながら表示された画面には、『現在、E級クエスト:ゴブリン が進行中です』という一文のみが表示されていた。
(まあ、そう簡単にはいかないか)
そう心の中で呟いて、明はため息を吐き出す。
それから、気を取り直すようにグッと伸びをすると、
「よし。行くか」
と自分に気合を入れ、明は再びモンスターが溢れた街へと繰り出した。




