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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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失い続けるもの

 


 横浜の街を出てから三日が経過した。

 三日も経てば一晩で別人のようになってしまった明の変化にも慣れたようで、仲間たちはその話題を口にすることも無くなっていた。

 明達は道中で出会うボスモンスターを倒しながら北上を続け、トラブルもなく東京都を抜け出す。噂の〝壁〟を目の当りにしたのは、埼玉県に入ってしばらくしてからのことだ。

 目の前に手を伸ばしながら柏葉が言った。


「これが〝壁〟……。本当にこれ以上先には進めなくなってるんですね」


 伸ばした柏葉の手が見えない何かに阻まれたていた。

 まるで空気の壁が出来ているかのように、伸ばした手が硬い何かに触れている。柏葉が試すようにノックをすると、何もない空中からは硬い音が返ってきた。

 隣で試すように短剣を振るった彩夏が呟いた。


「武器でも傷つかない……。あたし達は〝壁〟ってやつが何なのか事前に聞いていたから冷静に受け止められてるけど、何も知らなかったらこの人たちみたいにパニックになっていたでしょうね」


 彩夏は物憂げな表情であたりを見渡した。

 〝壁〟の傍には、夥しい数の死体が転がっていた。モンスターに追われ、逃げ出した先で〝壁〟に阻まれ、そのまま絶命した人々だ。死後数週間が経過し腐り始めた身体からは鼻をつくような腐臭が漂い始めている。死ぬ寸前まで〝壁〟に阻まれ移動が出来ないことを絶望していたのか、貌が無くなり始めたそこにはまだ色濃い絶望の表情が残っていた。


 明は言う。


「モンスターが出現したあの日以降、〝壁〟際だったこの街のパニックは他の街とは比べ物にならなかったはずだ。何せ、文字通り壁一枚隔てただけで世界がこんなにも違うんだ。向こうの街にはボスモンスターが居なくて、こっちの街にはボスモンスターが出現している。逃げ出そうにも逃げ出せず、ただただ殺されるのを待つしかない」


 明が〝壁〟から離れて歩き出したのを見て、柏葉と彩夏が慌てて明のあとを追いかける。

 明の隣に並びながら柏葉が呟いた。


「前に軽部さんが他の隊からの応援がないことを嘆いていましたが……これが理由ですよね」

「ええ。〝壁〟の外にいる自衛隊も、きっと県境を挟んで分断されていることに気が付いているはずです」

「けど、中に入る為の方法がない」


 明の言葉を彩夏が引き継ぐ。


「モンスターが出現したあの日から、この世界が一気に地獄になったと思ってたけど……。まさかその地獄の中にも種類があるとは思わなかった」

「外は外で大変な騒ぎになってると思うけどな。この〝壁〟の中だとあまりにも死が近すぎて誰もが自分のことで精一杯だったけど、外にはボスモンスターがいない。くわえて、レベルやステータスなんかが現れ、政治の中心だった東京も消えた。犯罪は急増しているだろうし、本当にルールのない世界が外には広がってると思う」

「……そう考えると、どっちも地獄ね」


 彩夏は小さなため息を吐き出していた。

 今日の野営地に決めた空き地の一角へと足を向けると、青い顔をした奈緒が出迎えてくれた。

 奈緒はこの街にある〝壁〟際に近づいてから、〝壁〟(そこ)に並ぶ腐乱死体の死臭にやられていた。これまで度々死体は目にしてきたはずだが、あの量の腐乱死体を目にしたのは初めてだったようだ。

 最初のうちは必死に我慢していた奈緒も時間が経つにつれて我慢の限界に達したらしく嘔吐しはじめたのを見て、明は龍一に頼んで奈緒を野営地へと先に帰していた。


 顔色の悪い奈緒が言った。


「戻ったのか……」


 明は奈緒を見て呟いた。


「ええ。奈緒さんは……まだ大丈夫じゃなさそうですね」


 奈緒が小さく笑い、彩夏と柏葉へと目を向ける。


「まだちょっとな。二人ともよく平気だったな、私はまだ鼻の奥にあの臭いがこびり付いているっていうのに」


 彩夏が首を振った。


「いや平気じゃないって。正直、あたしもギリギリ……。あたしよりも柏葉さんの方がすごいって」


 柏葉も頷く。


「私はまあ、『調合』スキルで臭いには慣れてますからね」


 柏葉が『調合』で作る薬の中には、その製作途中で酷い臭いを発するものもある。最初のうちはマスク越しや鼻栓越しにも鼻を刺激するその臭いに耐え切れず何度も涙を流していた柏葉だったが、慣れというのは怖いもので、今となってはマスク無しで『調合』しているぐらいだ。


 力なく笑みを浮かべる柏葉に、奈緒が半ば同情的な瞳を向けていた。


「ひとまず髪にも臭いがついてるから、みんなの身体、綺麗にするよ」


 彩夏はそう言って、『神聖術』スキルから取得した『清潔』と呼ばれる魔法を唱えた。頭上から降り注ぐ光のシャワーが四人の身体に付着した臭いを汚れを瞬く間に洗い流していく。

 鼻をつく不快な臭いが消えたからだろう。奈緒の顔に多少血の気が戻って来た。

 彩夏があたりを見渡し始める。


「で、もう一人は?」


 龍一のことだ。奈緒に付き添いをお願いして先に野営地へと戻ってきているはずだが、姿が見えない。

 奈緒が口を開いた。


「夕飯の調達だ。今日の当番だから」

「ああ、そういうこと……。またロクでもないものを調達してこなければいいけど」


 『悪食』というスキルがあるからか、龍一が調達をしてくる食材はそのほとんどがモンスターだ。しかも、食べるのに抵抗があるものばかりである。

 つい先日も昆虫型のモンスターを調達してきた龍一は、それを食料にしようとして奈緒や彩夏にこっぴどく怒られている。

 その出来事を思い出したのか、奈緒も彩夏の言葉に苦い笑みを浮かべた。


「こんな世の中だし、贅沢は言えないが……。昆虫食はちょっと厳しいよな」

「そうですか?」


 きょとんとした顔で柏葉が首を傾げた。


「わりと昆虫食もいけますよ??」


 さすがマンドラゴラの生サラダを平気で口にしていた彼女だ。他の女性陣とは言うことが違った。




 結局、龍一が調達してきたのはカップ麺だった。

 奈緒が出した魔法の水を沸かしてカップ麺を啜っていると、チリンと音が鳴って目の前に画面が開かれる。


 ――――――――――――――――――

 ボスモンスターの討伐が確認されました。

 世界反転の進行度が減少します。

 ――――――――――――――――――


 目の前に開かれた画面を見て、奈緒が言った。


「また誰かがボスを討伐したんだな」


 横浜の街で初めて目にしたあの日から、こうしたボス討伐を知らせる画面は度々現れるようになっている。これまでの明の活躍によって、〝壁〟の中で生き残った人々がボス討伐を成し得るだけの時間と力を身につけ始めたのだ。

 これまでの努力が目に見える形となって実り始めたことに嬉しさを覚える反面、怖さもある。

 明が呟いた。


「はい。今、この瞬間……。俺の『黄泉帰り』の回帰地点がまた更新されました」


 状況が好転するに従い、失われていく有利性。

 明自身が強くなれば強くなるほど、『黄泉帰り』にあったご都合主義が消えていく。

 いつ発生するかも分からないオートセーブがある以上、以前のような無茶も出来ない。

 たった一つのミスさえも許されないかのような、息のつまる緊張感に毎日が晒される。

 ……悪いことではないはずだ。

 いや、むしろそれが正しい姿だと言える。

 本来であれば、死んで都合よく何もなかったことにすることなんて出来るはずもないのだから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] どういう転機をたどれば【周回】がはじまるのだろう
[一言] ボス討伐者と合流できればまだ変わってくるのになぁ 柏葉さんはずっと柏葉さんなんだろうかw
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