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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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武技



 武技と呼ばれるものがある。


 ある程度の知能を持つモンスターや武術の研鑽を積んだ異世界人が一連の動作をなぞって放つ、魔力を使用しない攻撃技のことだ。通常であれば一つの動作で一つの攻撃が完結するはずのものを、武技は、攻撃と次の攻撃の間に最適化された動作を挟むことで無駄のない連続攻撃を可能としている。


 例を挙げるなら、明が以前戦ったウェアウルフが使用した『れんそうしゅうげき』もその一つになるだろう。

 漢字に直せば『連爪蹴撃』となるその技は、爪による連撃と蹴り技を決められた動作で行うことで無駄のない攻撃と威力の底上げを図っている。


 純粋な武の研鑽によって生み出されたそれらの技の一つ一つは、彼らにとって必殺技や奥義に等しい。

 イビルアイに向けて明が放った技は、そんな技の一つだった。


「……えっと、つまり? その武技ってやつを『第六感』スキルのレベルを上げたことで身に付けたと?」


 イビルアイを倒して元に戻ると、明は茫然とした表情で見つめる仲間たちに出迎えられた。

 いったい何があってそんなことが出来るようになったのかと彩夏に詰め寄られて、その説明を終えたところである。

 明は彩夏の言葉に肩をすくめて言った。


「身に付けた、というよりは思い出したが正しいけどな。前の周回で使ってたんだ」

「どっちでもいいわよ、そんなの。とんでもない技には変わりがないじゃない」


 明の言葉に彩夏が呆れた。


「あたしには、オッサンの腕の一振りでイビルアイが二回斬れたように見えたけど、どういう仕組み?」

「仕組みも何も、無駄を省いた動きで素早く斬り下ろしと斬り上げを行うだけだ」


 たったそれだけの行動でも、目にも止まらぬ速さで放たれる正確無比の二つの斬撃は、ほぼ同じタイミングで相手を切り裂く技になる。

 『身体強化』を重ねたことで、異世界から来た彼らと同じ人外の域にまで肉体が成長した今だからこそ使えるものだ。


 彩夏は明を見つめた。


「あたしにも出来る?」

「興味があるのか?」

「やってみたい」


 明はじっと彩夏を見つめた。

 けれど、すぐに首を横に振る。


「今は無理だな」

「なんでよ!」

「剣の振り下ろしと斬り上げを素早く行えるだけの身体と、技術が足りない。同じことがしたいなら、少なくとも『身体強化』のスキルレベル5以上と、『剣術』スキルのスキルレベル3以上は必要だな」

「『身体強化』はともかく、『剣術』スキルならオッサンも無いじゃん!」

「技術の話だって言っただろ? 俺が出来てるのは、俺が何度もこの世界を繰り返しているからだ。ループしないお前が同じことをやろうと思うなら、技術系統のスキルを取得するしかない」


 恨めしい目で彩夏が明を見つめた。


「ずるい……」


 明はそんな彩夏の言葉に苦笑いを浮かべた。

 ズルだ何だと言われても、明からすれば途方もなく長い時間を掛けてようやく身に付けた技の一つなのだ。周回世界の話で言えば軽く二、三周はかけている。

 明に向けて柏葉が言った。


「さっきの技に名前はあるんですか?」


 明は頷きを返す。


「連中は『飛燕剣』って呼んでましたね。本当は五連撃なんですけど、俺が真似出来たのは最初の二連撃だけです」


 明は中途半端な技ですよ、と言って笑った。

 奈緒が不思議そうに尋ねる。


「その、武技ってやつは、私達がポイントを消費して取得する攻撃スキルと何が違うんだ?」


 もっともな疑問だ。

 明は奈緒の言葉に答えた。


「習得する過程に違いがあるようです」

「過程に?」

「武技は、鍛錬と研鑽によって身に着けることが出来る技です。何度も同じ動作を繰り返し行うことで身体に沁み込ませ、無意識のうちにでも放つことが出来るようになってようやく身に着けることが出来る技。一方でスキルは、システムという恩恵によって誰でも簡単に身に着けることが出来る技だと言えます」


 武技という言葉を分かりやすく言い換えるとするなら、個人が身に付けた特技と言った表現がぴったりだろう。ポイントを消費して誰でも簡単に身に着けることが出来る()()()()()()()()()スキルとはまた違う。

 彩夏は武技を身に付けたいと言っているが、時間をかけて強くなるよりももっと確実に、手軽に早く強くなれる方法があるのだからそちらの方法をメインにするのが一番だ。

 それに、と明は言葉を続けた。


「連中が使う技を真似するよりも、俺達が使うスキルのほうがずっと優秀ですよ」

「そうなのか?」

「ええ、例えば龍一さんが使う『神穿ち』ですが」


 いきなり名前が出たからだろう。龍一が明を驚いた眼で見つめた。


「連中が使う技にも『神速突き』と呼ばれる似た技があります。どちらも超神速の突き技であることに変わりがありませんが、『神穿ち』にはスキル使用者の速度と筋力値に合わせて威力が増す効果がある一方で、『神速突き』はその効果がありません」

「連中が使う技の方が威力は低いのか」


 龍一が呟いた。

 明は頷く。


「そうですね。武技はスキルではなく、鍛錬と研鑽によって身に付けた技なので。俺が使う『受け流し』と同じです。あの技は相手の攻撃をいなす技ですが、スキルではないのでシステムの恩恵がありません。あくまでも使い手の技量に左右されるんです」

「なるほどな……。俺たちが使うスキルが、連中の使う技の上位互換ってのは嬉しいもんだ」


 ニヤリとした笑みで龍一が言った。


「だからよほどのことが無い限り、基本的には攻撃スキルを使っていくのが一番ですよ」

 と、明はそう話を纏めると荷物を手に取り歩き始めた。


 明一行は横浜の街を後にする。市街地を抜けて西に進み、国道246号線と合流すると道沿いに北へと進むと川崎市に入った。

 道中での話題は、やはりと言うべきか明のことが中心だ。

 仲間たちは口々に一晩で変わった明の様子について触れ騒いでいたが、その中でも最も騒ぎが大きくなったのは、明が彩夏への呼び方を変えたことについてだ。

 きっかけは柏葉の一言だった。

 柏葉は隣に歩く明の顔を覗き込みながら言った。


「そういえば、ずっと気になっていたんですけど。一条さんと彩夏ちゃん、いつの間にそこまで仲良くなったんですか?」

「え?」


 きょとんとした顔で明は柏葉を見つめた。


「仲良く?」

「はい。前は『花柳』って苗字で呼んでましたが、いつの間にか『彩夏』って名前で呼んでましたし」

「ああ、それ。あたしも気になった」


 彩夏が話に乗って来た。


「今朝、いきなり名前で呼ばれて驚いちゃった。どういう心境の変化?」

「そうなのか?」


 奈緒が驚いた眼で明を見た。

 明は奈緒の視線を受けて、微妙な表情で呟く。


「あー……多分、周回中の記憶が戻った影響でしょうね。前は名前で呼んでたことも多かったので」


 明自身、あまり気にした変化ではなかったが、周りから見ればそれも大きな変化と受け止められていたようだ。「へー」と言って彩夏がニヤニヤと明を見つめてくる。


「あたしを名前で呼び合う仲、ね。いったいどんな関係だったのやら」

「どうもねぇよ。今と同じだ」


 鬱陶しそうに明は彩夏を遠ざけた。

 そこに奈緒が口を挟んでくる。


「一条、私の呼び方は?」

「はい?」

「私の呼び方だ。やっぱり、呼び捨てになってたりしたのか……?」

「奈緒さんは奈緒さんです」


 明は即答した。

 奈緒が「そうか……」と言って口をへの字にする。龍一が悪ノリしてきた。


「俺は何だ。呼び捨てか? それとも別に渾名なんてつけたりしてたのか?」

「あなたも今と変わらない呼び方ですよ。龍一さんです。ってか、何なんですか。名前の呼び方ぐらいなんだっていいでしょう?」

「こんな面白そうな話題、見過ごせねぇよ。ほら言ってみろよ明、お前が言う周回中ってやつは何があったんだ? 嬢ちゃんを名前で呼び合う仲になってたんだろ?」

「何もないですって」


 明が龍一に向けて呆れた視線を向けた。

 声があがったのはその時だ。


「あ、あの!」


 声の主は柏葉だった。

 柏葉は俯きがちに視線を落とすと、ごにょごにょとして言った。


「わた、私の呼び方は、何だったんでしょうか」


 声が小さく聞き取り辛い。明が聞き返すと、少しだけ大きな声で、柏葉はもう一度言った。


「私も、その……名前で呼ばれてたりしますか?」


 明は柏葉を見つめた。

 何が気になっているのか、柏葉はちらちらと明の様子を伺うように視線を向けてくる。

 明は言った。


「柏葉さんは、柏葉さんですよ」

「そ、そうですか……。私だけ、どれだけ繰り返しても名前呼びじゃないんですね……」


 柏葉が分かりやすく肩を落とした。

 そこでようやく、彼女が何を気にしていたのか明は気が付いた。


「あー、えっと……」


 何と答えればいいのか分からない。

 数秒ほど考え込んだが今さら名前を言うのもむず痒く、


「なんだか、すみません」


 そう言って、明は視線を逸らすことしか出来なかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 照れて言えなかったなんて言ったら余計つつかれるものなぁw
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