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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
六章

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周回

 


 夜明け前になると毎日届くデイリークエストを終わらせるために、彩夏が起きてきた。

 聞けば、今日のクエストは武器の素振りと筋トレらしい。

 まだ身体の疲れも取り切れていないのか、起き掛けから「今日のクエストはめんどくさい」と文句を言っていた。焚火を(つつ)いていた明が口を開く。


「だったら行かなければいい。『クエスト』システムは、従わなくても別にペナルティの無い『システム』なんだ。……報酬が欲しいなら話は別だけどな」

「そうなんだけどさ~、ここまでずっと続けてきたのをいきなりやめると、気持ちが悪いっていうか、むず痒いっていうか……。もう日課になってんだよね」


 彩夏は顔を顰めてため息を吐き出した。

 しばらく悩んでいたが、結局、クエストは終わらせることにしたようだ。文句を言いながらも、それでも律儀に与えられた仕事を終わらせるのが彼女らしかった。

 明は武器を手に野営地から出て行こうとする彼女に向けて言った。


()()、クエストを終わらせたら今日は早めに戻って来てくれ」


 明の言葉に彩夏が振り向いた。

 彼女の瞳が大きく見開かれていたので、明が不思議そうに首を傾げた。


「何だ?」

「いや名前……まあ、いいか」


 何かを言いかけて、彼女は止めていた。それから呆れたようにため息を吐き出すと、ひらひらと手を振り野営地を後にする。



 彩夏が出て行きしばらくすると、奈緒が起きてきた。

 いつものように魔法(クリエイトウォーター)で水を生み出すと、それを桶の中に溜めて他の人が使えるようにも準備をしてから顔を洗って、一服し始める。ともに旅をするようになってから始まった、彼女のルーティンだ。

 朝食の準備のために明が保存食を捌いていると、一服していた奈緒がふいに口を開いた。


「……お前、本当に一条か?」

「は?」


 突拍子もない言葉に、思わず明が顔を上げた。

 奈緒と視線がぶつかり、互いに無言で見つめ合う。

 それから奈緒は戸惑ったように笑うと、咥えていたタバコを携帯灰皿の中に落とした。


「いや……悪い。どうもまだ疲れが抜けていないらしい。一条が、一条じゃないような気がしたんだ」


 言われた言葉に、明は小さく笑った。視線を、奈緒から保存食へと戻して言葉を続ける。


「何ですか、それ。……俺は俺です。何も変わりません」

「そう、だよな?」

「おはようございまふ……」


 テントの中から柏葉が起きてきた。寝ぼけ眼だった柏葉が明と奈緒の二人の顔を見合わせて、首を捻る。


「んー……?? どうかされたんですか?」

「何でもない。私が変なことを言って、一条を困らせたんだ」


 柏葉の言葉に、奈緒が取り繕った笑みを浮かべて首を横に振った。


「物資の調達に行ってくる。人数が増えた分、日用品が足りなくなりそうだからな」

「あ、でしたら私も行きます!」


 柏葉が慌てたように身支度を整え始めた。

 二人そろって廃墟街に出て行く姿を見ていると、喧嘩をしたわけじゃないが気を遣わせてしまったかもしれない。今頃、柏葉が奈緒に事の顛末を聞いて笑っていることだろう。

 そうして女性陣がいなくなってしばらく経ったあたりで、ようやく龍一が顔を出した。



「…………なんだ、一人か」


 ボリボリと腹を掻きながら辺りを見回した。



「他の連中は?」

「みんな出かけました。寝坊はあなた一人だけですよ」

「別にいいだろ、会社に行くわけでもあるまいし」


 そう言いながら龍一が大きな欠伸をする。

 話題を変えるようにして、龍一が言った。


「それはそうと……お前、夜は何をしてたんだ?」

「何って?」

「誤魔化すんじゃねぇよ。他の連中は熟睡してたから気付かなかったみたいだが、あの時、俺はまだ起きてたからな」


 龍一はそう言うと、明を見据えた。


「明、お前……夜のうちに何をした? お前自身、気付いてるのかどうか知らねぇが、明らかに昨日の夜とは顔つきが違うぞ」


 言われた言葉に明は手を止めた。

 龍一が言葉を続ける。


「なんつうか、別人みたいだ。顔は同じなのに、雰囲気が別人みたいで気持ち悪い」


 なるほど。奈緒はそれを言いたかったのか。

 明は龍一の言葉にようやく納得した。

 それから少しだけ考えて小さく笑うと、また朝食の準備に取り掛かり始めた。


「後で話します」

「おい明」


 訳を話さない明を咎めるように、龍一が明の名を呼んでいた。

 すぐに明が言い返す。


「隠してるわけじゃないんです。どうせ、みんなには伝えなきゃいけないことなんだ。だったら、ここで話すよりも纏めて話したほうが効率的でしょ?」




            ◇◇◇




 朝食の準備を終えたあたりで彩夏が戻って来た。

 焚火を囲みながら車座になっていると、日用品を見つけた奈緒たちが戻ってくる。

 自分で用意した朝食を食べながら、明が口を開いた。


「夜のうちに『第六感』スキルのレベルを上げました」

「ッ!!? ゴホッ、ごほっ!!」


 前置きもなく単刀直入に明が言ったからだろう。朝食を食べていた奈緒が咽ていた。


「七瀬さん、大丈夫ですか!?」


 柏葉が慌てたように奈緒へと水を渡して背中を摩る。

 同じく驚いていた彩夏が口を開いた。


「えっ、それじゃあ何か分かったの?」


 明が頷く。


「……ああ。モンスターが現れたこの世界のことについて、ある程度のことは理解した」


 ある程度。

 明の含みある言葉に引っ掛かったようだ。彩夏が眉根を寄せて呟いた。


「全部じゃないの?」

「全部じゃない。『第六感』……今は『超感覚』スキルに進化したそのスキルのレベルをまた上げれば分かるだろうけど、俺が取り戻した記憶は十周目から十七周目の間の記憶と知識だ」

「待って、今さらっとスキルが進化したとか言わなかった?」

「言いましたね」


 彩夏の言葉に柏葉が同意した。

 そう言えば、スキルの進化についてはこの世界ではまだ出ていなかったか。と、明はそんなことを考えた。

 スキルの進化も『第六感』のスキルレベルを上げたことで分かった重要な『システム』の一つだが、それを説明するのはまた後だ。『第六感』のスキルレベルを上げて、この世界のことについて判明したことがあまりにも多すぎる。


「スキルの進化についても説明したいんだけど、まずはそうだな……」


 言って、明はどこから話せばいいものかとしばらくの間考え込んだ。が、結局は最初から順を追って説明することにした。要所だけを伝えても効率が悪いと思ったからだ。

 明が皆を見据える。


「どこから話せばいいのか分からないけど、『第六感』のスキルレベルを上げたことで、俺は、()()()()の記憶を取り戻した。『記録』という画面が現れたことで薄々分かっていたが、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」


 水を飲んで回復した奈緒が言った。


「十七周目とか、十八周目というやつだな?」


 声はまだしゃがれていた。よくよく見れば、まだ多少のダメージが残っているのか涙目になっている。

 明はそんな奈緒の様子に小さく笑うと「そうです」と頷いた。

 すると、柏葉が疑問を口にする。


「『黄泉帰り』のように、一条さんが死ぬことで発動するループとは違うんですか?」

 再び明は頷く。

「『黄泉帰り』とはまた違うループですね。『黄泉帰り』が〝この世界の〟同一時間軸上にある特定の地点へと巻き戻すループだとするなら―――」

「待て、一条」


 明の言葉を奈緒が遮った。ようやく調子が戻ったのか、顔もいつもの表情に戻っている。奈緒は険しい顔で考え込むように唇に手を当てると、言葉を続けた。


「ループに関する話をする前に、改めてお前が言う世界の定義を明確にしておきたい。ただでさえ時間を巻き戻すややこしい話なんだ。そこに十七周目やら十八周目やら、別のループの話が出てくればなんの話をしているのかが分からなくなる」


 どうやら本格的な話を始める前に、明が言う言葉の意味を整理しておきたいらしい。

 異論はないので明は頷いた。明が首を縦に振るのを見て、奈緒が言った。


「まず今、お前が言った〝この世界〟という世界の定義はどうなっている? 地球や宇宙が誕生した世界の話なのか、モンスターが現れた今の世界の話なのか。それとも、十八周目という今のお前に関する話なのか」


 なるほど、確かにその通りだ。そのあたりのことをしっかりと定義しておかなければ、話が変に拗れるだろう。


「そうですね……それじゃあ、世界反転率によって異世界と現実が混ざり合う今の世界を〝混沌世界〟、異世界がこの世界に侵略して来る前の世界を〝現実〟、世界反転率が進み現実が消えた世界を〝異世界〟と、これからは話の便宜上そう呼びます。〝この世界〟と俺が言った時は〝今の時間軸上にある混沌世界における話〟だと、そう思ってください」


 明の言葉に奈緒が頷いた。納得したようなので改めて話を続ける。


「この〝混沌世界〟の中で俺が行ってきた『黄泉帰り』が、これまで俺が繰り返してきた、いわゆる死に戻りと呼ばれるループです。一方で、そのループとは別に、俺……【一条明】という存在そのものが〝混沌世界〟そのものを繰り返している大規模ループがある。それが【周回】です」

「えっと、つまり?」


 明の言葉を理解出来なかったのか、柏葉が首を捻っていた。

 助け船を出すように龍一が答える。


「セーブデータが一つしかないゲームを、繰り返し直前のデータをロードしてやり直すのが今までの『黄泉帰り』によるループ。セーブデータそのものを破棄して、ゲームそのものを最初からやり直しているたのが今、明が言っている【周回】と呼んだループってことだ」

「ああ、なるほど」


 ぽんっと柏手を打って、柏葉が頷く。

 難しい顔をしていた奈緒が言った。


「『第六感』スキルがお前にしかなかったのは、それが理由か? さしづめ、『第六感』スキルの本当の効果は、その【周回】によって得た知識を今のお前が把握できるようになるってあたりだろ?」

「その通りです」


 明は奈緒の言葉に頷いた。

 『第六感』のスキルだった時には、疑問に対して感覚的に〝正しい〟判断を下す程度の効果しかなかったが、スキルが『超感覚』へと進化した今、その判断は絶対的な知識のもと下される判断になっている。

 奈緒と明のやり取りを聞いていた龍一が言った。


「それじゃあ何だ、リリスライラのやつらを倒して手に入れた『記録』ってやつは、その【周回】に関わる〝記録〟ってことでいいんだな?」

「ええ。あの時は十七周目の記録しか開示されていませんでしたが、今は十周目から十七周目まで開示されています」


 言って、明は『記録』を呼び出した。〝十七周目〟しか開示されていなかった画面には変化が起きていた。

 新たに〝十周目〟から順に〝十六周目〟までの項目が開示されていたのだ。


「『記録』の画面は、俺が『第六感』スキルのレベルを上げると同時に変化しました。おそらく残りの十項目も、『第六感』から『超感覚』へと進化したスキルのレベルを上げることで開示されるはずです」

「中身は見たのか?」

「夜のうちに。……いずれも、次の周回に向けた【俺】宛てのメモでしたよ」


 どんなメモなのか明は言わなかった。〝十七周目〟の内容が特別だっただけで、〝十六周目〟から〝十周目〟までは悲嘆にくれる明の心情と、その周回中に起きた悲惨な出来事が包み隠さず残されていたからだ。

 その中にはもちろん、龍一がどんな最期を遂げたのかも記されていた。

 龍一だけじゃない。奈緒や彩夏、柏葉の最期も記されていた。


 どれも悲惨で、語るのも憚れるような内容だ。

 さらに言えば、『記録』に残された仲間たちの最期は毎回変化している。おそらく、それらの周回世界において明がどうにかしようと躍起になった結果なんだろう。それゆえに、仲間の最期を語るその画面の文字は、無力な自分自身を呪っているかのような言葉で埋め尽くされていた。



 この世界で彼らがどんな最期を遂げるのか決まっていない。

 だから、あえては語らない。語るべき内容ではない。

 明が口を閉ざし、会話が途切れたからだろう。奈緒が口を開いた。



「どうしてお前だけがその【周回】とやらが出来るんだ?」


 明はその言葉に首を振った。


「それは、俺もまだ……分かりません」

「分からない?」

「言ったでしょう? ある程度の知識を取り戻したって。〝混沌世界〟における出来事や『システム』のことに関することは、ほぼ全て把握することが出来ましたが、俺がどうして【周回】することになったのかまではまだ分かりません」


 その理由が判明するのは、きっと、『超感覚』へと変わったスキルのレベルを上げた時だけだ。


 なるほど、と奈緒が思案顔で頷いた。

 逸れ始めた話を龍一が戻す。


「それで、その周回とやらの知識で何が分かったんだ」


 その言葉に明は考えた。

 どこから話すべきか悩んだが、その問いかけに答えるとすればまずはこれだろう。





「俺達の世界と異世界が混ざることになった原因―――『世界反転』と呼ばれる術式について、これから説明します」


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