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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

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力無き言葉



「ぼ……くを、ころ……して」

 目覚めと同時に、鼓膜に張り付いた少年の声が出迎える。


「っ!!」

「おね……がい。お父……さ……ん」

「そう、た? 何言ってんだ?」

「お願い、お父……さ、ん」

「やめろ、やめてくれ。そんな事を言うな!」

「お父さん……殺して」

「やめろ!!」


 その言葉に、少年の父親が激しく動揺する。


 これまでに何度も見て、聞いた言葉。

 もはや脳裏に焼き付いて空で言えるほど暗記してしまった、同じやり取り。

 今までと同じように女性陣が動揺し、互いの顔を見つめ合う。

 そして、しばらくの間を空けて少年の父親が決意を固める。


「……分かった」


 今までと違うのは、その決意を止めるものが誰も居ないことだ。

 これまで百度以上、彼の行為を傍で止め続けていたその男は、今回ばかりはただただ俯き唇を噛みしめていた。

 龍一が腰に差していたツインダガーを抜き歩き始めた。

 それを見た彩夏が、戸惑うように言った。



「ね、ねぇ! いいの!? あの人、本当に殺しちゃうよ!?」

「でもでも! それしか方法がないんじゃ、コレが一番なんじゃ」


 彩夏の言葉に柏葉が言った。

 奈緒が首を横に振る。


「結論が早すぎる。それこそ、あの子を助ける方法がきっとどこかに―――」

「そんな方法はない」


 奈緒の言葉をぴしゃりと遮る声があった。それまで俯いていた明の声だった。


「この世界に、あの子を元に戻す方法は存在していなかった」

「一条……?」

「俺達は、あの子の最期の願いを聞いてやるべきだ」


 彼女たちを見据えながら明は言った。

 その言葉に、その表情に、今度は別の意味で彩夏が慌てふためいた。


「存在していないって……まさかアンタ『黄泉帰り』で試したの?」


 明は声もなく頷いた。

 その仕草だけで十分だと思ったからだ。

 明の表情を見て、奈緒も、彩夏も、柏葉も。三人がそれぞれ声もなく押し黙った。一条明という男が、これまで何度も繰り返しループを行ってきたことを知っていたからこそ、それ以上の言葉は何も言えなかった。

 それでも、何かしら言わなければいけないと思ったのだろう。

 彩夏が引きつった笑みで言った。


「で、でもさ……そう言いながら、何かしら方法があるんでしょ? いつもみたいにさ、何だかんだ言いながら、どうにかしちゃうんでしょ?」

「無理だ。今回ばかりは、俺にもどうしようも出来ない」

「本当に? 本当にそうなの?」


 彩夏がよろよろと明に歩み寄った。


「だってさ、らしくないよ」

「彩夏、やめろ」


 奈緒がそっと彩夏を引き留めた。

 そんな奈緒へと彩夏が振り向く。


「どうして? なんで止めるのよ。だってさ、おかしいよ! 父親が子供を殺すことをただ見ているだけだなんてさ!!」

「彩夏さん」


 柏葉もそっと彩夏を引き留めた。その手を払い、彩夏は明に詰め寄る。


「ねえ、どうしたの? こんな簡単に諦めるなんてさ」

「諦めてない」


 明は彩夏へと即座に言い返した。

 その言葉に納得できないのか、彩夏は首を横に振る。


「諦めてるよ!!」

「彩夏!」


 奈緒が彩夏を窘めた。けれど、彩夏は止まれないのか残りの言葉を口にする。


「いつもと違うじゃん! いつものオッサンなら、諦めずに何度も―――」

「何度も試したよ!!!! その上でこの結論なんだ!!!」


 明の怒号が、彩夏の言葉を遮った。

 彩夏の肩がビクリと震えた。

 それに気が付いた明がハッとした顔になり、ついで唇を噛みしめて手で顔を覆う。

 表情を隠した男は、消え入るような声で呟いた。


「悪い……。お前に当たることじゃないのに、それなのに、俺は…………」


 彼女が必死に食い下がるのも当たり前だ。

 彼女は明が何度ループしてその結論を下したのかも知らないのだ。知らないからこそ、己の正義感と照らし合わせて明の言葉を受け入れられなかっただけだ。

 それが分かっているからこそ、激しい自己嫌悪に明は陥る。

 大人げなく八つ当たりしてしまった、自分自身が嫌になる。

 明は顔をあげると、彩夏を見つめた。

 ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡いでいく。


「百と二回……。俺はこの状況を繰り返し、ありとあらゆる方法を探った」


 声が掠れる。

 この結論を下した自分が許せない。

 けれど、そうすることでしかもう、この世界を救う方法がない。


「だけど、どのループでもあの子を救う方法が見つけられなかった。『第六感』スキルも、あの子を救う方法がないことを教えてくれている。だったらせめて、あの子の最期はあの子の願いを聞いてあげるべきだ」


 明は泣きそうな顔で龍一と蒼汰を見つめた。

 これから息子を殺しに向かう、その男の後ろ姿にしてやれることが何もなかった。


「何が『黄泉帰り』だ」

 痛いほど握り締めた拳の内側に爪が食い込み、皮膚が裂ける感覚がした。


「何が『神にも等しい力』だ!!」

 かつてニコライが言ったその言葉が、明自身を苦しめていた。


「俺は、あの二人に何もしちゃやれない」


 血が垂れる拳を額に当てて、男は呟く。

 血に混じり流れる涙が、地面に斑な模様を作っていく。




「俺は、無力だ」




 掠れた声は、廃墟に変わった街に溶けるように消えていく。

 かつて一つの街を確かに救った英雄のその言葉に、かける言葉を誰も持ち合わせていなかった。


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