表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
271/303

頼み



「そう、た? 何言ってんだ?」

「お願い、お父……さ、ん」

「やめろ、やめてくれ。そんな事を言うな!」

「お父さん……殺して」

「やめろ!!」

「お父さん」


 これまで以上にハッキリとしたその言葉に、龍一の身体が大きく揺れた。

 蒼汰の言葉に動揺したのは龍一たちだけではない。明達もまた、蒼汰の言葉に動揺を隠せなかった。


「蒼汰?」

「私の、聞き間違いか? 今、自分を殺せって」

「いえ、私にもハッキリと聞こえました」

「どういう……こと? 嘘、だよね?」


 彩夏の言葉に、その場にいた誰もが応えることが出来なかった。

 蒼汰の言葉が続いている。自分を殺してほしいと、齢六歳の少年が呟き続けている。

 誰も、何も言えない。いや動くことすら出来ない。

 そんな中、最初に動き出したのは彼の父親である龍一だった。

 顔を俯かせていた龍一が言った。



「……分かった」



 激しい葛藤の跡を示すかのように、その唇には血が滲んでいる。龍一は滲む血を拭う素振りすら見せることなく、腰に差していたツインダガーを抜くと触腕の本体がある方角へと歩き始めた。

 その龍一を即座に明が引き留めた。


「っ、待ってください何をするつもりですか!? まさか、本当に……あの子を殺すつもりですか!?」

「止めるな明! 蒼汰の……アイツの、最後のお願いだ。蒼汰が蒼汰でいられる間に、俺は蒼汰のお願いを聞いてやりたい!!」

「だからって蒼汰を殺す必要はないでしょう!?」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ!」


 声を荒げて、龍一が振り返った。


「俺はどうすりゃいいんだよ!! もはや人間ですらないアイツの親として、俺が出来ることは何がある!! 俺はアイツの父親だ。父親なんだ!! お前には想像できるか!? 怪物に変えられた息子が、自分を殺してくれと懇願される俺の気持ちがッ!! お前には分かるのかよ!!」

「ッ」


 明は龍一の言葉に、唇を噛みしめた。子供のいない明でも、彼の気持ちが痛いほどに理解することが出来たからだ。

 しかしだからと言って、龍一が蒼汰を殺してもいい理由にはならない。

 明はそう考えなおすと、龍一を見据えて言った。


「でも……それでも。あの子を殺すのは、間違ってる」

「そんなこと、俺も分かってんだよ! だったら何だ、お前には何か出来るのか!?」

「出来ます」


 明は即答した。


「俺の『黄泉帰り』なら、この状況をひっくり返せるかもしれない」


 その言葉に、真っ先に反対を示したのは奈緒だった。


「一条、お前まさか……あの子を元に戻す方法が分かるまでループするつもりか? やめろ! それは無謀だって前にも話しただろ!!」

「そうですよ! レベルを上げるためにループするのとは訳が違うんですよ!?」

「二人の言う通りだよ! たった数回で済めばまだいいよ!? でも数十…それこそ数百を越えるかもしれないじゃない!!」

「それでも!」


 反対の声を上げる彼女たちに言い聞かせるように、明が声を張り上げた。


「それでも……!! 俺にこの力があるのは、この時のためだって俺は思ってる」

「一条!!」


 奈緒の反対の声に、明は安心させるように笑った。


「大丈夫。さすがに、俺も自分の限界が分かっています。自分が壊れる前にきっと、方法を見つけます」


 明と、彼女たちのやり取りを見つめていた龍一の目が、縋るようにして明に止まった。


「任せて……いいんだな?」

「はい」


 明は頷く。

 その頷きに安堵したかのように、龍一が震えた息を吐き出した。


「分かった」

 そして龍一は、明の手を取り握りしめた。深く、深く。頭を下げて、龍一は明に呟く。




「息子を頼む」




 そして、一条明はまたループする。

 今度は自分のためではなく、誰かを救うために。

 少年が辿る運命を否定するための回帰を始めた。






          ◇ ◇ ◇






「ぼ……くを、ころ……して」



 目覚めと共に耳に届いたのは、怪物となった蒼汰が発した悲痛な願い事だった。

 素早く周囲を見渡して、明は自分の置かれた状況を把握する。



(回帰場所は……ニコライが死亡した直後。龍一さんが蒼汰に呼びかけて、自我が戻ったあたりか)



 すでに事が起きた直後である。しかもループに踏み切るほぼ直前だということを考えれば、回帰場所としては最悪の部類だ。


(異世界人だったニコライが死んでも回帰地点が更新されている……。ってことは、アイツはやっぱり"ボスモンスター"としての扱いだったのか?)


 ニコライが死ぬと同時に現れたボス討伐を示す()()画面。この世界を脅かす異世界人もまたボスモンスターと同じ扱いなのであれば、あの画面が表示されるのも納得がいく。



(間違いない。『黄泉帰り』の地点変更のトリガーは、『シナリオ』の特殊な事情を除けば、〝世界反転率の進行度が減少した〟ことを示す画面が表示されることだ)



 『黄泉帰り』の回帰地点の更新を、これまではボスモンスターを討伐することだとしていたが、その仮説が今回の件でより具体的になった。

 その後の回帰場所は多少ズレがあるようだが、あの画面がトリガーだとすれば今回の『黄泉帰り』の回帰地点がココであることも納得できる。


(とりあえず、いろいろ試すところからだな)


 明は覚悟を決めるように息を吸い込む。

 今回のループでやるべきことは明確だ。蒼汰を元に戻す方法を見つける。ただそれだけ。ミノタウロスやギガントの時のように、手が出せない化け物をどう倒すのかあれこれ画策する必要はない。



(まずは会話からだ)



 龍一の言葉に反応したということは、誰かの言葉にも反応するということだろう。

 明はそう思って、動きを止めた触腕へと一歩前に踏み出した。



「蒼汰くん」

「お……にい、ちゃ……?」

「君を助けたい。俺たちの声が聞こえるなら、この腕をどけてくれ」

「僕……たすけ、る? 助け、ぇええええ、るるるるゥウウウウウウウウ? たすけ、たすけけけけけタス……タスケェエエェエエエエエエエ。たすける?」



 蒼汰の様子が変わった。

 まるで明の言葉に苦しむように、伸ばした触腕を何度も震わせてはその言葉を何度も繰り返す。


「蒼汰くん?」


 その様子に、明が眉を顰めた時だ。



「助けて」



 蒼汰が呟き、触腕が明の頭を薙ぎ払った。

 明は、ゴンッと何かが地面に落ちる音を聞いた。

 それが自分の頭が胴体と離れて飛んだ音だと気づくのには、そう時間がかからなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ