自分自身のために
次のレベリングの相手を見定めるためにも、比較対象であるゴブリンのステータスを覚えておこうと、無言となってその画面へと目を凝らす。
そうして、その項目をあらかた覚えたところで、ふとポケットの中にあるその存在を思い出した。
(ってか、わざわざ覚えなくても写真撮っておけばいいんじゃ?)
さっそく思いついたことを行動に移すことにした。
スマホを取り出し、表示される解析画面へとカメラを向けて、明はピタリとその動きを止める。
(…………写らない)
どうやら、この画面は写真で残すことが出来ないようだ。
念のためにと、明は自分のステータス画面へとカメラを向けてみたが、やはりと言うべきかその画面もカメラには写っていなかった。
(大人しく暗記するか)
と、ため息を吐き出したところで、今度はリュックの中にあるその存在を思い出した。
(あ、そう言えばメモ用の手帳を入れてたんだった)
それは、これから先何があるか分からないからと、最初の準備の際に念のためにと用意しておいたものだった。
カメラには写らないこの画面も、さすがにアナログで残せば問題はない。
明は、さっそくゴブリンのステータスを手帳に記していく。
(これで、よし……と。とりあえず、これからは解析のスキルを使いながら、ゴブリンの次に戦えそうなモンスターを探すとして)
問題は、この世界に残された時間だ。
明が会社を出たのが午前三時すぎ。その時は、夜の群青が街を闇の中へと閉ざしていたが、いつしか空は白く染まり、街は夜明けの光に包まれ始めている。
この世界にモンスターが現れてから数時間が経過している。響くサイレンは鳴りやまず、街のあちこちで聞こえる銃声は激しさを増していくばかりだ。こうして、モンスターを相手にレベリングを繰り返している間にも、明はモンスターとの戦闘を行う警察や機動部隊、自衛隊を何度も目にしていた。
そのたびに、明は彼らに見つからないよう密かに回れ右をして、身を隠しながらその場からの離脱を繰り返した。彼らに見つかれば最後、逃げ遅れた住人と勘違いされて、保護される未来がなんとなく想像できたからだった。
(……まあ、保護されたからって、そこが安全とは限らないんだけどな)
明はため息を吐き出すようにして、心の内で言葉を漏らす。
レベリング中に一度だけ、明は、街中に溢れ出したモンスターから避難した住人たちが集まる、避難所となった学校の体育館の様子を見に出向いたことがあった。
望遠鏡を使い、遠目から見ただけでその中までは分からなかったが、避難所となった体育館の入り口やその周辺は、多くの装甲車や銃装した自衛隊で固められているのが見えた。
その時、彼らはちょうど周辺をうろつくイノシシ型のモンスターを相手に銃撃戦を繰り広げている真っ最中で、市街地戦――未だ避難していない住人がいるかもしれない場所での戦闘ということもあってか、大規模な砲撃は使用しておらず、小銃や小型の機関銃が攻撃の中心だった――を行う彼らは、何百という銃弾を受けても倒れず、怒りで突進を繰り返し周囲の住居やバリケードの鉄柵を簡単に破壊するイノシシ型のモンスターを相手に苦戦していた。
その後、彼らがどうなったのかを明は知らない。
その結末を最後まで確認することなく、その場を離れたからだ。
『黄泉帰り』というスキルを持つ明は、これまでに何度も死んで、生き返っている。その時に味わう痛みを、辛さを、苦しさを何度も経験したからこそ、この世界の誰よりも死が恐ろしいことを知っている。
こうして、レベリングをしているのは全て自分のためだ。名前を知らない〝誰か〟のためではなく、自分自身が死なないために。何もかもが滅んだこの世界で無事に生き残るために。
もう二度と、死に瀕する恐怖を味わうことがないよう、明は、この世界での戦いに身を投じている。
「今は……午前五時過ぎか」
ポケットからスマホを取り出し呟く。そのままスマホを操作して、現状の情報を一度集めるために、SNSやニュースサイト、さらには掲示板サイトを開いてその中身へと目を通した。
(どうやら、俺以外にもレベルアップしてる人達がいるみたいだな)
大手掲示板サイトのスレッドに書かれていた内容を見て、明は心の中で呟きを漏らした。
さらに読み進めていくと、その掲示板には、ステータス画面やレベルアップ画面といったあの青白い画面は表示される本人以外には見えていない、ということが書かれていた。
(……ああ、なるほど。だからあの時、奈緒さんに画面を見せても見えていなかったのか)
ミノタウロスに殺され、再び目覚めたあの時。
明が奈緒に見せた画面は、トロフィー獲得を示すものだったが、それもステータス画面やレベルアップ画面と同じように、他人には見えないようになっているのだろう。
そう思って、明は掲示板に書かれた内容に納得をする。
それから明は、一通り掲示板の書き込みに目を通して、それ以上に目ぼしい情報がないことを確認すると、スマホの画面を切ってポケットへと仕舞った。
(クエストやトロフィーに関する情報が一切なかったな)
もしかして、これは自分だけにしか出てきていないのだろうか。
一瞬、明はその可能性を考えたがすぐに首を横に振った。
もしそうだとしても、今はまだ断言できる状況じゃない。もしかすれば、まだクエストやトロフィーの獲得が表示される様な事を、皆がしていないのかもしれない。もしくは、一部の人間は明と同じようにクエストやトロフィーの存在を知っているが、ネットへの書き込みをしていない可能性もある。
(とにかく、もうしばらくは様子見かな。もう少し、情報を集めてみないと)
明は深い息を吐き出して思考を切り替える。
(クエストも折り返しでキリが良いし、一度、会社に戻ろうかな)
事前に物資を溜め込んでいた会社は、今や明の拠点も同然だ。
体力的にはまだ余裕があるが、それでも疲れているのには変わりない。
疲労が溜まれば思考は鈍り、集中力は低下する。結果としてそれは、普段ならば信じられないような失敗をする原因となる。それを、会社勤めでよく理解していたからこそ、無理せず撤退を選択した。
(会社は……こっちか)
周囲を警戒しながら、会社への道を進む。
その間にも出会ったゴブリンは全てクエストの進行と経験値に変えて、イノシシ型のモンスターや蜂型のモンスターは解析を使ってステータスを確認していった。
そうして、明が会社に辿り着くころには、それまでに確認していたほとんどのモンスターを解析することが出来ていた。
次話、明が解析したモンスター一覧(手記)です。
読み飛ばしていただいても、本編の流れには影響はありません。




