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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

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VS ニコライ③


(頭が痛い……)


 ジンとした痺れにも似た痛みが頭の内側から響いていた。

 大きく息を吐き出す。

 伏せた瞼を持ち上げると、視界がいつも以上にクリアになっていることに気が付いた。


(でも不思議だ。気分は悪くない)


 壊れた『魔力回路』から漏れだす魔力の奔流が体内から焔のように立ち昇り、瞬く間に霧散し消えていく。

 一条明が口にした薬の名前は、〝魔力回復薬〟。

 『調合』スキルによって製作可能な薬の一つで、元々は『魔力回復』スキルを持たない柏葉が、自分の魔力を回復させるために飲んでいた薬だった。



 〝魔力回復薬〟は製作した本人以外には効果がない。



 それは、柏葉が〝魔力回復薬〟を製作出来るようになり、製作した薬を明を含めた数人で飲んで確認した絶対事項の一つだ。

 にもかかわらず、こうして明が無事に服用できるようになったのは、柏葉の協力を得たからに他ならなかった。



(柏葉さんには悪いことをしてしまった)



 この戦いが始まる前、明は柏葉にお願いをして『解体』スキルを消した。製作スキルを活用しながら戦う彼女から、その戦闘手段を奪い取った。

 そうして出来た過剰分のポイントを全て、明自身がかつての力を取り戻して戦えるよう『調合』スキルへと割り振ってレベルアップしてもらった。


 正直に言って、賭けだった。


 『調合』スキルのレベルを上げたからといって、〝魔力回復薬〟が製作した柏葉以外にも適用できるようになる保証はどこにも無かったのだ。もしかすれば意味がない強化になったかもしれない。それでも、柏葉は『それが明のためになるのなら』とこれまで培ってきた戦闘手段を捨ててくれた。



 その想いに、報いねばならない。



「『疾走』」

 呟きに魔力が廻る。


「『剛力』」

 漏れだす魔力の焔がひと際強く、大きくなる。

 冬空に吐いた息のように、吐息にまで混じった漏れた魔力が夜空に燃えて消えてゆく。


「『集中』」

 明は重ねる。

 日常が壊されて、幾度となく死んで、そのたびに得てきた力を。

 これまで数えきれないほど繰り返してきた戦いの記憶と経験を。



「……いくぞ異世界人」

 今、この一時の戦いに命を賭して。




 全てを奪われた男に変わり、怒りをぶつける。




「ふっ!!」


 吐いた息の掛け声と、ニコライの身体に明の拳が突き刺さるのはコンマ数秒にも満たない時間の後だった。




「ッ!?」



 ボキボキと骨が砕ける音を響かせながら、ニコライが吹き飛ぶ。地面を転がったニコライが追撃を恐れて顔を上げた。

 が、顔を上げた先ではすでに間合いへと入っている明が剣を振り上げている。


「『防護(プロテクション)』ッッ!!」


 叫びは反射的なものだった。

 瞬時に形成される防御の膜が、ニコライに数秒の余裕と安堵をもたらせてくれる。

 ニヤリとした笑みがニコライの口元に浮かんだ。防御の膜によって明の攻撃が弾かれた隙を狙い、反撃する腹づもりのようだ。

 ニコライはすぐさま儀礼用と思われる短刀を懐から取り出した。が、直後に響いた破壊音にその動きが止まる。



「―――は?」



 振り下ろされた剣の一撃が、易々とその膜を切り裂き破壊していた。



「ありえない……」



 パラパラと降りかかる魔力の破片を前に、呆然とするニコライが呟いた。



「ありえないッ! 魔力で練られた防御結界だぞ!? 魔力をぶつけて結界を削るならまだしも、ただの力で壊せるはずが―――」

「壊せるんだよ」


 明が冷たく言い放った。


「聞いてるぞ? 奈緒さんの拘束魔法も、お前はそうやって自分の力で解いていたんだろうが」


 圧倒的なステータスの差の前では、どんな魔法も防御も意味がない。

 それは、これまでモンスター達を相手に何度も明が味わってきた屈辱であり、実際に見せつけられてきた荒業だ。


「ふっ!」

 明が手首を動かし、刃を切り返した。


「く……ッ!」

 すかさずニコライが構えた短刀で明の刃を受け止める。

 しかし筋力値の差があるのか、受け止めたニコライの上体が持ち上がり体勢が崩れた。そこに、今度は明のハイキックが直撃する。


「がっ!」


 ニコライの口から数本の歯が飛んだ。鼻骨が折れたのか鼻血を噴き出している。

 よろけたニコライへと明が剣を振りかぶり、今度は袈裟懸けにその身体を切り裂いた。

 ただただ圧倒的だった。

 明が動くたびに、男の身体には傷が増えていた。

 異世界からこの世界へとやってきたその男は、死を経験し成長してきた男の前に手も足も出すことが出来なくなっていた。

 だが、押しているはずの明の表情には余裕など一つもない。



(くそっ……これでもギリギリか)


 体内に残る魔力の残量が、残り少ないことを感覚的に理解する。



(早めに決着をつけないと)



 その場で旋回するように蹴りつけ、その勢いを止めることなく足を踏み込み、手にした剣を払って傷つける。

 これまでモンスターを相手に何度も繰り返してきたその行動が、着実に異世界人であるニコライを追い詰めていく。



「ぐぅうううううッッ!!」


 止まらぬ明の猛攻に、ニコライの口から呻きが漏れた。

ボタボタと流れる血がニコライの足元にどす黒い水たまりを作り出し、その身体が大きくよろける。



「舐め……る、な」

 ニコライが怒りに燃える瞳で明を睨んだ。



「舐めるなァッッ!!」



 ニコライが叫び、周囲の影が一気に蠢いた。

 影は触手のようにその腕を伸ばすと、鞭のようにしなりながら次々と明へと襲い掛かる。視界が触手の影で黒く染まるほどの猛攻だ。力では敵わないとみたニコライが今度は物量で押し潰そうとしているのがすぐに分かった。



「くそっ!」



 小さな舌打ちが明の口から漏れた。

 最初こそ迫る一本一本を斬り払い相手をしていたが、やがて無理だと悟ったのかその動きが止まる。

 その隙を逃さないとしているかのように、影の触手は一斉に明へと襲い掛かるとその身体を包み込んだ。



 ヒュンッ。



 直後、切り裂かれた風の悲鳴が聞こえた。

 かと思えば明を包み込んだ触手がバラバラに砕け散る。どうやらまとめて相手をするために、明はわざとその攻撃を受け入れていたようだ。

 視界が明けると同時に地面を蹴って、明がニコライへと突撃する。

 それを見たニコライが呟いた。



「『強化魔法(ブースト・マジック)』―――」

「ぉおおッ!」



 懐に飛び込み、剣の柄を握りしめた明が雄叫びを上げた。

 ビキビキとした筋が両腕に浮かび、筋肉が大きく膨れ上がる。

 ニコライが残りの言葉を紡ぎ終えたのはその時だ。



「『物理(フィジカル)耐性(レジスタンス)』!!」



 明の振るった刃が、男の胸元を切り裂いた。



「ふ、ふふふ……」


 胸元を切り裂かれ、身体を揺らした男がニタリと笑う。



(手元が狂ったか)



 与えたダメージの少なさに、明は思わず舌を打った。

 だがその考えをすぐに改める。

 ニコライが反応出来ない速度で追撃を放ったが、その一撃もまたニコライに大したダメージを与えることが出来なかったからだ。



(この感覚は……)



 思わず目を細める。

 魔力を用いて自身の身体を強化する。

 明は、その効果をもたらす能力を知っていた。



(『鉄壁』か)



 一条明がまだ取得していない、三つ目の自己強化スキル。

 名前は違えど、確かに同じ効果を持つその魔法を使用した男は、ニヤリと笑って明を見つめた。


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