合流
前話から更新が止まり、本当に申し訳ございませんでした。
また更新を頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。
瓦礫の巨人が崩壊してから数分後。奈緒たちのもとに一条明が合流した。
明は、奈緒たちの口から事の顛末を聞くと、大きな安堵の息を吐き出してみせる。
「やっぱり、アーサーは奈緒さん達のところに来ていたんですね。俺でも苦労する相手なのに……奈緒さん達が生きていて、本当に良かった」
「本当に、ギリギリだったけどな」
と奈緒が力ない笑みを浮かべて言った。
「それだけの力の差がアイツと私達の間にはあった。いろいろなタイミングが重なって、どうにか生き残ることが出来た」
「実際、七瀬は固有スキルが無ければ死んでた。無茶してやっと、って感じ。もう二度と戦いたくはない相手かな」
奈緒の言葉に彩夏が同意するように頷いた。視線は遠くへと向けられる。
「アーサーのこと嫌いだけど……。正直、言ってたことを理解できないってわけでもないんだよね。あたしだって、アンタ達と会う前にリリスライラと出会っていたら、正直……分からないし」
「結局のところ、アイツも私達と同じ被害者なんだ」
奈緒が睫毛を伏せながら言った。
「モンスターに……異世界から来た奴らに大切なものを奪われた。奪われたからこそ、縋るしかなかった。嘘か本当か分からない話でもアイツは信じるしかなかったんだ。……皮肉な話だよ。異世界に日常を壊されたヤツが、最後の最後まで頼っていたのは異世界なんだ」
深いため息を奈緒は吐いた。
「きっと、リリスライラに残る連中も同じなんだろうな。ありえないと思いながらも信じるしかないんだと思う。そうでもしなきゃ、もう、こんな世界で生きている意味なんて見つけ出せないのかもしれない」
信仰とはつまり、心の拠り所だ。
他者から見たその信仰がどんなに酔狂なものでも、信じたその人が救われているのであれば文句をつけることは誰にも出来ないはずなのだ。
けれど、リリスライラはその拠り所を利用している。
この世界を侵略するための道具にしてしまっている。
「アーサーからは何か、蒼汰を元に戻す方法は聞き出せましたか?」
明は、横たわるアーサーへと目を向けると言った。その言葉に龍一は首を横に振る。
「いいや、コイツは何も知らなかった」
やっぱり、と。
明は小さくため息を吐き出した。
最初の違和感は、蒼汰がニコライの手によって初めて変異した時のことだ。
変異した蒼汰が現れた時、アーサーは、目の前に現れた蒼汰の姿に驚き、戸惑い慌てていた。一方でニコライはと言えば、その場にいた誰よりも冷静にあの結果を受け容れているようにも見えた。蒼汰の暴走はリリスライラ側にも予想外の出来事であったはずなのに、だ。
あの落ち着き様は、あまりにも異常だ。
まるで、蒼汰の暴走を可能性の一つとして予見していたようにも見えてしまう。
しかしだからといって、それだけの内容で違和感の正体を決定付けることなんて出来やしなかった。
だからこそ一条明は見逃した。その違和感も、気のせいだと思うことにした。
けれど、そんな明が次に違和感を覚えたのは、龍一とリリスライラの間にある因縁話の中だった。
龍一によると、蒼汰の母親はニコライの手によって『血』を飲まされ殺されたらしい。
『血』を飲まされた蒼汰の母親が形を留めることが出来なくなった時、ニコライはそれを『拒絶反応』だと言っていたようだ。
(少なくとも)
と明は心の中で呟く。
(『拒絶反応』なんて単語が口から出るのは、少なくとも一度は同じことを試したことがあるヤツが言う台詞だ。初めてその出来事を目の当りにしたヤツが言う言葉じゃない)
もしかすれば、リリスライラという集団は以前から繰り返し、人間を対象にした実験を行っていたのではないか?
龍一の話を聞いてからずっと、明の中ではそんな疑念が渦を巻いていた。
もし人体実験を繰り返していたのだとすれば、その成果物である蒼汰を元に戻すことを知っているんじゃないかと、そう思うようになっていた。
けれど、だからといってその事実を知る者はごく僅かだろう。
少なくともアーサーは何も知らないはずだ。
何せ、彼らにとってはアーサーもまた、この世界を侵略するための駒でしかないのだから。
(やっぱり、蒼汰を戻す鍵を握っているのはニコライか)
すべての元凶に直接、問いただす他に方法はない。
ちらりと明は状態を確認するように仲間の顔を見渡した。
全員、満身創痍だ。
奈緒も彩夏も龍一も。アーサーと戦った傷が癒えていない。
柏葉だけが〝変化の水薬〟の効果中に得たギガントの『再生』スキルの恩恵によって傷一つなく、このまま戦うことも出来そうに見えるが……彼女の疲労はピークに達している。
傷はないが、このまま戦えば今度こそ確実に彼女は命を落とすだろう。
(みんな限界だ。このままニコライと戦えば誰かが死ぬ)
明はそう決意を固めるように拳を握り締めると、ゆっくりと息を吐き出した。
「みんなはここで休んでいてくれ」
明の言葉に慌てたように奈緒が尋ねた。
「みんなは、って……お前はどうするつもりだ」
「ニコライを探します。アイツから蒼汰を元に戻す方法を聞き出してきます」
「だったら俺を連れていけ。アイツの居場所に心当たりがある」
「龍一さん」
ちらりと明は龍一の顔を見つめた。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねぇ」
即答して龍一は笑った。しかし、その表情はすぐに険しくなる。
「けど、ニコライの野郎には、一発入れないと気が済まない。アイツは沙耶の仇だ。お前が止めようが、俺は無理やりにでも付いて行くぞ」
言って、龍一は奈緒たちへとその視線を向けた。
「悪いが、武器を貸してくれ。俺の槍はアーサーの野郎に壊されちまったからな。何でもいい」
奈緒たちが顔を見合わせる。
「だったら、私の魔導銃よりも柏葉さんと花柳が持つツインダガーの方がいいだろうな。二つ揃えば、武器スキルも使える」
「武器スキル?」
初めて耳にした言葉だったようだ。首を捻る龍一に柏葉が答えた。
「製作レベルの高い武器には、スキルが付与されるんです。ツインダガーには『魔力連撃』というスキルが付与されています」
「そりゃいいな。貸してくれ」
龍一は彩夏と柏葉からそれぞれ手渡された短剣を振るって具合を確かめると、満足するように頷いた。
「待たせたな」
「本当に大丈夫ですか?」
「何度も言わせるな。アイツに復讐するチャンスが巡ってきたんだ。このまま何もしないでいられるかよ」
じっと龍一の顔を見つめて、明はため息を吐き出した。
「分かりました。それじゃあ一緒に――――」
行きましょう、と。
明が口にするはずの声は、ふいに背後から聞こえた声に遮られた。
「おや、どこかに行くんですか?」
ハッとして振り返った。
いつからそこに居たのだろうか。
見覚えのある礼服を身に纏った男が、にこやかな笑みで明の背後に立っていた。