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光雨 

 


「お前を倒すのは私だ、アーサー」


 口の中の血を吐き捨て、奈緒は残る片腕を持ち上げると魔導銃を土埃の向こうへと突き付けた。



「お前を倒して、私はあの日の自分(弱さ)を越えて行く」

「く、ははは! 君が? 私を倒す?? ふ、ふふ……口ではどうとでも言える」



 奈緒の言葉に、しゃがれた笑い声が返って来た。

 煙る土埃の中に男の影が映り込む。アーサーだ。

 アーサーは、焦げた皮膚のあちこちから血を流しながら土煙の向こうから歩み出てくると、怒りに燃える瞳を奈緒へと向けた。



「すぐには殺すまいと、手を抜いたからか? どうやら調子に乗らせてしまったらしいな。……いいだろう。もう、遊びは終わりだ。貴様も、そこの小娘も!! 今すぐにヴィネに捧げる生贄にしてくれる!!」

『不滅の聖火』()を殺せるなら、な」



 奈緒は掠れた声で言って、気合を入れるように短く吐息を吐き出した。



「――――『装填』」

「この後に及んでまた魔法(それ)か!!」



 奈緒の持つ魔導銃の輝きを見て、アーサーが吼えた。



「何度試そうが無駄だ!! 狙いの分かる攻撃に当たりはしない!!」



 アーサーは、力を溜め込むように腰を落とすとドンッとした音と共に駆け出した。

 目にも止まらぬ速さとなり、一足飛びで距離を詰めてくるアーサーに奈緒の瞳が細められる。



「『チェイン』」



 瞬間、ガクリと身体の中から何かが抜け落ちていくような奇妙な感覚に襲われる。魔法の副作用だ。死の淵に立つ奈緒の身体に、魔法の発動が重たく圧し掛かった。



「…………ッ!」



 ぐらりと身体が揺れた。

 意識が一気に暗くなる。それを、奈緒は奥歯を割りながら噛みしめてどうにか繋ぎ止める。



「拘束魔法か」


 五体を縛らんと迫る鎖にアーサーが反応した。



「確かに、当たれば厄介だ。……()()()()、な?」



 ニヤリと嗤い、アーサーが地面を蹴って横に跳んだ。

 その直後だった。

 パァンッとした火薬の乾いた音があたりに響いた。魔弾が、奈緒の魔導銃から放たれたのだ。



「時間差攻撃……!」



 銃口から放たれた魔弾を目にして、唸るようにアーサーは言った。

 ベストなタイミングだ。地面を蹴り、宙に跳んだアーサーの体勢は整っておらず、男が迫る魔弾を避けるのは不可能かのように思われた。



「考えたな。でも、遅い」



 だが、その魔弾すらもアーサーは回避する。

 空中で腕だけを振るって、迫る魔弾を手にしたナイフで斬り落とす。



「今さら、銃弾の軌道が見切れないとでも思ったか?」

「なッ!?」



 さすがの奈緒も、空中で魔弾を斬り落とされるとは思ってもいなかったのだろう。驚きの声を漏らした後、悔し気に唇を噛むと仕切り直すように再び魔導銃の照準をアーサーへと合わせた。


 声が割り込んだのはその時だ。




()、じゃない」



 彩夏だった。

 彩夏は、奈緒を守るように前に飛び出すとあらん限りの声をあげる。



「アイツを倒すのは()()()でしょ、七瀬!! ――――『光雨(レイン)』!!」



 両手を広げて、彼女が叫ぶ。

 アーサーを中心に幾何学模様の光が上空へと広がった。

 広がる模様はやがてどろりと溶けて、光の粒へと変わりだす。



「範囲魔法……だと!?」



 初めて、アーサーの表情に焦りが浮かんだ。

 頭上に広がる模様の大きさに、攻撃を回避することが出来ないと悟ったのだろう。急所を守るようにアーサーが防御姿勢を取る。

 直後、頭上の粒は細かな光となってアーサーへと土砂降りの雨となって降り注いだ。



「ぐ、ぅうううっ!!」



 降り注ぐ大量の光に穿たれ、アーサーから苦痛の声が漏れた。

 スキル後の硬直の隙を埋めるように、彩夏が奈緒(相棒)の名前を呼ぶ。



「七瀬!」

「終わってる」


 名前を呼ばれた奈緒は、すでに魔導銃を構えていた。



「そうだな。花柳の言う通りだ」


 魔導銃をアーサーへと突き付け、奈緒は笑う。



「私たちで、アイツを倒そう。――『チェイン』」


 呟かれた拘束魔法が、今度こそは逃すまいとアーサーの身体を捉えた。



「――ッ! はな゛やぎッ!!」

「分かってる」



 スキルの副作用に血の塊を吐き出しながらも、奈緒は彼女の名前を呼んでバトンを渡す。

 渡されたバトンを受け取った彩夏が一歩、前に出る。

 腰を落とし、短剣を腰に構えた。



「『魔力撃』!!」



 振るわれた短剣の斬撃に魔力が乗った。刃の軌道に沿って飛翔する魔力の斬撃が、鎖に囚われたアーサーの身体を一閃する。



「ぐ、あァ!」



 傷口から血が舞って、アーサーがふらつく。

 そこにすかさず、奈緒の決死の『ショックアロー』が撃ち込まれる。



「ぐ、ぅうううう!! おのれ、おのれおのれ!! どうして貴様らは邪魔をする!? どうして貴様らは分からない!! 異世界に飲まれたほうがまだ希望はある。失ったものも取り戻せるのだぞ! なぜそれが分からないんだ!!」

「ああ……分からないな」



 奈緒は、荒い息を吐き出しながらアーサーへと向けて呟いた。



「モンスターが現れて、異世界の人間に侵略されて。私達の日常も、平和も、何もかもを壊されたこの世界にある未来は、ただの破滅だ。破滅の先にお前が望むものなんてものは、何も無いんだよ」

「うるさい!!」



 血を吐き出しながら言って、アーサーが再び動き出した。

 だが、以前のような勢いがない。

 当たり前だ。『回復(ヒーリング)』によって多少の傷を癒した奈緒とは違って、アーサーには『自動再生』しか回復手段がない。スキルのレベルによって回復速度が上昇するスキルではあるが、この戦闘を通じて受けた全てのダメージを癒すには時間が足りないのだろう。



「『光雨(レイン)』!」



 そこに彩夏がスキルを発動させる。

 再び広がった光の模様が光の雨となり、アーサーに向けて降り注ぐ。



「うるさい。うるさいうるさいうるさい……!! 貴様に何が分かる。恵まれた力を与えられた貴様に、何が分かる!! その固有スキル()がオリヴィアにあれば……。娘に与えられていれば!! 彼女達は、モンスターに襲われても死ぬことがなかった!」



 光に穿たれ血を流し、それでも、アーサーは奈緒に向けて歩みを進めてくる。

 男の身体に限界が近づいていた。

 それでも、男は憎悪の如き執念で限界を迎えつつある身体を動かしていた。



「娘はまだ十二歳だった! これから先、輝かしい未来が彼女には待っていた!! 君の力が彼女にあれば、こんな世界でもまだ私達は共にいられた!!」

「だから、何なの……」



 アーサーの言葉に彩夏が反応する。

 彩夏は、広げた両手をアーサーに向けたまま叫びをあげる。



「だから何なの!! アンタの事情なんて知らない。興味もない!! 大切な人が亡くなったことを、自分だけの不幸だなんて顔で言わないで!!」

「黙れ、黙れッ!! 黙れェエエエッ!!」



 彩夏の言葉にアーサーが怒鳴った。

 アーサーは奈緒を投げ捨てると、今度は彩夏に向けて突進する。



「世間知らずのお前に何が分かる!!」

「分かるよ!!」


 叫び、彩夏は両手を広げ構えた。



「私も、大切な人を亡くしてるッ!! ――――『聖楯(シールド)』!!」



 発動した防護膜は、男が振るったナイフの威力に破れてリィインッとした音をあげながら砕け散った。



「それでも、前に進んでる!! 私だけじゃない! 今もまだ、この世界で生きている人達はいろんなものを乗り越えて生きている!! 異世界の技術に、魔法に縋るのが悪いなんて言わない。でも、今のアンタがしているのは全部、ただの〝逃げ〟だ!!」



 彩夏の言葉に、アーサーが拳を握りしめていた。

 歪んだ執念に燃えるその瞳が、砕ける破片を浴びながらも一歩も引かない彩夏を映していた。



「アンタが恨むのは七瀬の力じゃない。誰でもない!! 私達の世界をこんな風にした、異世界でしょ!?」

「黙れと言っているだろうがァアアアアアアア!!」



 叫び、アーサーは握りしめた拳を彩夏へと振り抜いた。



「花柳、づぅッ!」


 彩夏を助けようと奈緒が手を伸ばす。が、激しく痛む身体が伸ばしたその手をその場に縫い付ける。




「っ!!」



 迫る拳に、彩夏も回避が間に合わないと悟ったのだろう。

 次に来る痛みに備えて、ぎゅっと、瞳を閉じた。――――その、瞬間だった。



「相変わらず狂ってるな、アーサー」



 低く張りのある声だった。

 ついで、獅子の鬣のように髪を振り乱した男がアーサーと彩夏の間に滑り込んでくる。



「嬢ちゃんの言う通りだ。大切な人を亡くしてるのはテメェだけじゃねぇ。俺だって殺されてる」



 振り払われた拳がアーサーの顔に突き刺さる。

 その衝撃で、アーサーは吹き飛び地面を転がる。



「テメェら、リリスライラにな」



 そう言うと男は――清水龍一は、地面に転がるアーサーを睨み付けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] さっさと始末しようとしないで異常な執着を見せたアーサーに少し違和感を前回は感じてましたが娘にこそあれがあればという八つ当たりだったんですね……
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