私の力
(問題は、薬の残り時間か)
ステータス画面を開いて残り時間を確認する。
――残り時間、49.61秒。
『再生』スキルが使えるのも一分未満だ。その間に飛ばされた腕を拾い、傷の治癒を行わなくてはならない。
「いきます」
合図の言葉と共に、明の両足に力が込められていく。
傍目から見てもハッキリと分かるほどパンパンに膨れ上がったその両足は、やがて溜め込んだ力を解放するように力強く地面を蹴って動き出した。
ドンッとした激しい音と共に衝撃と風が舞う。
かと思えば、バキリと骨を砕く音を響かせながら信者の一人が明の手によって殴り飛ばされている。
戦場が再び動き始めた。
その戦いは、先ほどとは比べ物にならないものだった。
「『火炎弾』!」
危険を察した信者の一人が、奥の手とばかりに魔法を使用する。
闇夜から滲むように現れた炎が瞬く間にバスケットボールほどの大きさへと凝縮された。球体へと変化した火炎は次々と明の元へと飛来するが、それを明はバサリと身に付けたローブを払って打ち消した。
「ッ、〝火炎払い〟か!」
消された魔法に信者が叫ぶ。
その信者の元へと明は一気に駆け込むと、力いっぱい顔を殴りつけた。
「ッ、ぅげ――」
拳が顎先に当たったのか、ぐるりと白目を剥いて信者が倒れる。
それにトドメとばかりに明が蹴りを放ったところで、今度はまた別の信者が明へと襲いかかった。
「『山割り』」
呟かれた言葉に、信者が手にした大剣の刃が青く輝いた。
『魔力撃』を思わせるかのような青白い光だ。凝縮された魔力が刃を覆い、その威力と切削力を一気に高めていく。
「ッ、くそ!」
『危機察知』スキルによって、その技が持つ危険を察したのだろう。
明は、信者の視界を覆うように足元の瓦礫を蹴り上げると素早く〝巨人の短剣〟を構えた。
――その直後だった。
信者の男が構えていた刃が、明へと振り下ろされた。
刃は男の視界を覆う瓦礫を断ち斬り、明の構えた剣の刃とぶつかった。甲高い音と共に凄まじい衝撃が明を襲うが、それも束の間のことだ。
クンっと手首を返して、明はぶつかった刃を受け流す。
流された刃は虚しく空を切って、男の体勢を僅かに崩した。
「なっ――」
男が口に出した驚愕の言葉は、最後まで続かなかった。
明が男の首筋へと刃を返して、切り裂いていたからだ。
「凄い……」
斬り飛ばされた腕を拾い、腕の癒着を行っていた柏葉の口からぽつりとした言葉が漏れ出た。
明が使う戦闘技術は全てモンスターを相手に培ったものだ。これまで繰り返した数多もの戦闘と時間が、ただの一般人だった彼を歴戦の戦士へと仕立て上げている。
今の受け流しだって、元はと言えばハイオークというボスモンスターが使っていたものらしい。幾度もの敗戦を経てようやく身に付けたものだと明から聞いていたが、あの練度ともなればそれはもう技と呼べるものだ。
(次元が違う。……でも)
そんな明をも、信者たちは上回っている。
「『衝撃刃』」
呟き、振るわれた刃の軌道に合わせて魔力の衝撃が地面を這う。
「『稲妻』」
唱えられた言葉に応じて電光が走る。
「衝撃打」
振るわれた拳の威力が増大されて、人知を超えた力と衝撃が放たれる。
その一つ一つを躱し、受け流し、ときには反撃を行い敵の数を減らしていた明だったが、それも徐々に、徐々にではあるが傷を負う回数が増え始めた。
「く、そ……」
刃が明の額を掠めて、血が垂れ落ちた。
それを乱雑に拭って明はまた動き出すが、明の動きに慣れ始めたのか信者たちの対応が早い。気が付けば明は防戦に回ることが多くなり、致命傷を受けていないのがやっとの状態となっていた。
「っ、終わった!」
全ての傷が癒えて、柏葉は声を張り上げた。
残り時間を確認する。
――残り時間、18.11秒。
時間がない。ここでもたつけば、あっという間に薬が切れてしまう。
「一条さん、お待たせしました!!」
武器を構えて、腰を落とす。
「私も一緒に――――」
「来るな!!」
戦います、と。続けようとした言葉は、明によって遮られた。
「柏葉さん、あなたの役割はなんだ! あなたの力は何だ!! その薬の残り時間いっぱい、俺と一緒に前に出て戦うことか!? 違うだろ!!」
必死に信者たちの猛攻を凌ぎながら、明は叫ぶ。
「俺は言ったはずです! 時間を稼ぐって!! あなたの、あなた自身の力を使うための時間を稼ぐと俺は言ったんです!」
信者が放った蹴りの一撃が明を捉えた。
衝撃で身体が揺れるが、両足を踏みしめ立ち止まる。反撃とばかりに明も蹴りを放ち信者を吹き飛ばすと、そのまま柏葉へと視線を向けた。
「大丈夫。柏葉さんなら出来る。俺は知っている! 今、この場を変えることが出来るのは、あなたの力だけです!!」
だから、と明は柏葉を安心させるように笑う。
「あなたは、あなたの力を信じてください」
言って、明は注意を引き付けるかのように、すぐに別の信者へと襲い掛かった。
「私の、力?」
明の言葉に、柏葉は呆然として呟いた。
(どういう意味? だから薬の効果が切れる前に手助けしようと――――)
心で呟き、手元に視線を落とした。そこでようやく、指先から伸びているものに気が付いた。
『人形師』スキルの、魔力の糸だった。
イビルアイを外に出すために、地下街の出入り口を覆っていた瓦礫を動かそうと張り付けていたものだ。スキルの発動を止めていなかったからか、未だに周囲の瓦礫へと張り付いていたその糸は、ゆらゆらと漂いながら次に下される指令を今か今かと待ち続けている。
(『人形師』……。そうだ、忘れていた。私の、私自身の力は『人形師』だ)
どうして忘れていたのだろう。
自分自身にある、本来の力を。
すぐ手元にあったはずなのに。どうして、言われるまで気が付かなかったのだろう。
(…………そうだ、勘違いしていた)
構えていた武器を降ろした。
息を吐き出し、焦る心を落ち着かせる。
刻一刻と減り続ける残り時間から目を背けて、柏葉は手を払って画面を消した。
(私の力は、モンスターから借りたものじゃない)
怪しげな光を放ち明滅する紋様が浮かぶ両腕を持ち上げ、指を開く。
瞳を閉じて意識をすると、指先から伸びる魔力の糸を感じる。
(私の力は、コレじゃない)
力は、借り物じゃない。
都合よく与えられるものじゃない。
自分の意思で掴み、勝ち取ったもの。
柏葉薫の力は、他の誰にもない、柏葉薫だけに与えられたもの。――固有スキル。
「また力を貸して」
魔力の糸を、柏葉は周囲に散在する瓦礫の一つ一つへと張り巡らせていく。
「『起きて』」
願い、組み立て、呼び掛ける。
「〝残骸の巨人〟」
かつて共に戦った相棒を。
彼女は、自らの力で再び創り出す。




