副作用
「―――……悪い。柏葉さん」
柏葉を押さえつける男の拘束が緩んだ。
「もう少しだけ、頑張れますか?」
男を蹴り飛ばした青年が呟く。
その青年の姿に、柏葉は心からの安堵の息を吐き出した。
「一条、さん」
柏葉の呼び掛けに青年は――一条明は、小さく頷いた。
「状況は?」
「最悪、ですね。正直、一条さんが来てくれなかったらどうなっていたか……。今生きているのが奇跡みたいなものです」
「……みたいですね」
あたりを囲む信者たちを一瞥しながら明は呟いた。
「俺たちの方にはコイツらが誰も来なかったから、まさかとは思ってたんです。途中で計画にない爆発も起きていたし……。間に合って良かった」
信者たちは、急に現れた明を警戒しているようだ。
仲間が一撃で戦闘不能にさせられたからか、じりじりと距離を詰めながらも不用意に襲いかかって来る様子がない。それでも隙を見て襲いかかろうとしているようで、明が隙を晒すのを待ち構えているかのように鋭い視線を向けてきていた。
明は、そんな彼らを睨み付けながら言った。
「奈緒さんは?」
「すみません、七瀬さんは……まだ」
「それじゃあ、やっぱりあの爆発は」
柏葉の言葉にすべてを察したのだろう。明は険しい表情でそう言った。
そんな明へと、今度は柏葉が問いかける。
「あの……一条さん? ついさっき、ボスモンスターを討伐したっていう画面が出たんですけど、アレは――――」
いったいどうして、あのタイミングでボスを討伐したのか?
そんな意味を込めて問いかけた言葉は、明の言葉によって否定された。
「俺じゃないです」
「え?」
「アレは、俺じゃない。もちろん龍一さんでもない。アレは、俺たちの仕業じゃない」
同じ言葉を繰り返すように、明は言う。
つっけんどんなその口調に、柏葉がそっと目を向けると明の表情が歪んでいるのが見えた。
明は、大きな過ちを犯したような顔でさらに言葉を続ける。
「いつか、ありえるだろうなとは思っていました。過去に戻り、俺が行動を変えるたびにこの世界には何かしらの〝変化〟があるはずだから……。全部が全部、全てが同じであるはずがないんだから。俺のとった過去とは違った行動が、巡り巡ってどこかの誰かにとってのターニングポイントになるんじゃないかって」
「なんの、話ですか?」
恐る恐る柏葉は聞いた。
その言葉に、明は大きなため息を吐き出した。
「早い話が、俺がこの世界を繰り返せば繰り返すだけ、俺たち以外のどこかの誰かがボスを討伐する可能性があったってことです。――――そしてその瞬間が、幸か不幸か……あの瞬間だった」
「それってつまり」
「俺の『黄泉帰り』の回帰地点の変更が、すべてのボスが討伐されるたびに変更されるものだとしたら……。俺は、あの瞬間から、俺の意思で回帰地点を選べなくなってしまった。今までのような、言ってしまえば『黄泉帰り』に頼ったゾンビアタックでゴリ押しが出来るような状況じゃなくなってしまった」
ボスを一度倒すぐらいの実力を付けたその人間が次に取るべき行動は決まっている。
また新たなボスへ挑むのだ。
かつての一条明がそうだったように。
自分の保身や周囲の安全を確保するために、力がある人間は自らに降りかかる脅威を取り除く。
「皮肉な話です。この世界に対抗できるだけの戦力が整ってきてるっていうのに、それが、俺の首を絞めることになっている」
「で、でも! まだ仮定の話ですよね? 何もまだ、それが本当にそうだって決まったわけじゃないです!!」
「……ええ。そうだと、良いんですけどね」
『第六感』スキルの影響だろうか。
言葉には出来ない何かを感じているようで、明は微妙な表情で頷いた。
「何にせよ今はまだハッキリとしないことなので、この懸念は後回しにします。いずれ分かることですしね」
気持ちを切り替えるように明は息を吐いた。
「奈緒さんが心配だ。一応、龍一さんには爆発があった場所へと先に向かってもらってますが……。俺たちもすぐにここを片付けて、奈緒さんの下へ向かいましょう」
「はい、わかりました――ッ」
言って、柏葉は立ち上がろうと膝に力を込めた。
瞬間、身体が大きくふらついた。流した血の量が多すぎたのだ。
地面に倒れ込みそうになった身体は、明によって受け止められる。
その拍子に、身に付けた〝火炎払いのローブ〟が大きくはだけて、その下に隠したものが見えてしまう。
「柏葉さん、その身体は?」
斬り飛ばされ失った左腕と、全身に浮かぶ奇妙な紋様が見えたのだろう。問いかける明の表情が固いものに変わっていた。
「あ、これは……」
呟き、柏葉は口を噤む。
マルコと呼ばれていた異世界人が口にしていた言葉が一瞬、柏葉の脳裏を過ぎったからだ。彼の言う『一時的な力を得た代償』だなんて真偽の分からない言葉を頭から信じるつもりもないが、実際には調合した薬を飲んで以降身体には変化が起きている。
この変化が悪性か良性かで言えば、確実に悪性であることは間違いない。
けれどだからと言って、『解析』スキルを持つ明を相手にその変化を隠すことは不可能だ。
(――……言うしかないか)
覚悟を決めたように、柏葉は深い息を吐き出すと続きの言葉を口にした。
「薬の、影響です。一時的にギガントのステータスとスキルを得られる薬を飲んでいるので」
「ギガントのステータスと、スキルを?」
柏葉の言葉に明が眉を顰めた。
すぐに『解析』スキルを使用したようだ。柏葉のステータスとスキルを確認しているのか、縦に流れていた彼の瞳が突然、大きく見開かれる。
「魔素の結晶化……」
ぼそりと明は言った。
「モンスターにだけあったものが、どうして柏葉さんに?」
瞳は、柏葉の額へと注がれた。
柏葉は、その質問に答えることなく俯いてしまう。
それを見て、何となくではあるが明も状況を察したのだろう。到着が遅れたことを悔やむかのようにくしゃりと顔を歪めると、唇を強く噛みしめた。
「何を使ったのかは分かりませんが、あまりその薬を使うのは良くないみたいですね」
絞り出すように明は言った。
「魔素が何なのかも分かっていない現状ではありますが、柏葉さんの身体に起きたその変化は……元に戻らないかもしれない」
「かも、しれませんね」
けれど、だからと言ってあの状況では使わない選択肢などなかった。変化の水薬が無ければ、確実に死んでいたのだ。
それが分かっているのだろう。明もそれ以上のことは何も言わず、静かに武器を構えると腰を落とした。
「役割を分けましょう。俺が前に出ます。時間を稼ぐので、その間に傷を治してください。それが本当にギガントの使っていた『再生』スキルなら……腕を元通りにすることぐらい簡単なはずです。傷の治療が終わったらすぐにスキルを使って、一発、デカいのをお願いします」
「分かりました。……気を付けてください。どうやら、異世界から来た人達は私達とは違うスキルを使えるみたいです。」
「俺たちと違うスキルを? ……分かりました。ありがとうございます」
頷き、明は息を吐き出した。
明が戦闘態勢になったのを見て、柏葉も思考を切り替えた。
斬り飛ばされた左腕からの出血はとうに止まっている。片腕を失くしたことでバランスが悪いが、動けないほどではない。感覚からして『再生』スキルではすでに失った血液は補うことが出来ないようだ。失血によって視界がぼやけているが支障はないように思えた。