表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
251/351

失った力③

 


「キィイイイイイイイイイイイイッッ!!」



 その鳴き声は、解放された歓喜に満ちた声だった。

 一匹、二匹と。仄暗い地下に封じ込められた魔物たちが、のそりのそりと月下のもとへと這い出てくる。


 魔物たちは、すぐに獲物を見つけたようだった。


 目玉と幾本もの触腕を蠢かしながら、すぐそばに居た信者の男へと声をあげながら襲いかかった。



「な、なんだコイツら!? いったいどこから!!」

「イビルアイだ!! 気を付けろ、弱体化の魔法を使って来るぞ!! 絶対に当たるな!!」

「当たるなって、そんな無茶な!! 一匹二匹じゃないんだぞ!? 十……いや三十は超えている! なんでコイツらがこんなに集まってるんだよ!!」

「スタンピードか!? そんな馬鹿な!! 世界反転はまだ未完成だぞ!? それなのにどうして、この場所だけダンジョン化が完成しているんだ!?」



 次々と溢れ出てくるイビルアイの姿に、信者たちの顔色が一気に変わった。

 溢れ出す魔物と信者たちが入り乱れたビル街の一角は、瞬く間に地獄絵図の様相を呈していた。

 一方で、柏葉は信者の一人が発した言葉の一つに眉をひそめていた。



「スタンピード?」



 たしか、暴走とかそんな意味を含む言葉だったはずだ。

 ダンジョン化、という言葉を発していたことからして、異世界(あちら)側に関する言葉だろうか。



(意味は分からないけど、そう思ってくれてるのは都合がいい)



 実際には違うのだが、勘違いしてくれればより隙が生まれやすくなる。

 事実、〝スタンピード〟という言葉に心当たりがある信者たちは顔を固くして、必死に逃走を図ろうとしている。中には柏葉と同じように不思議な顔をしている者もいたが、それは、後からリリスライラへと加入した現実側の人間だろう。



(思った以上の効果になったけど、とりあえず第一段階はクリア。このまま、あとはイビルアイの魔法が上手く信者たちを弱らせてくれれば……) 


 と柏葉が心で呟いたその時だ。



「『敏捷性上昇(アジリティアップ)』」


 ひとりの信者がふいに呟いた。



「えっ」



 思わず声が漏れる。

 聞き慣れない言葉だった。

 否、正確に言えば伝え聞いた言葉ではあったが、まさかそのスキルを彼らが使うとは夢にも思ってもいなかった。



「嘘、でしょ……」



 まさか、という言葉が頭の中をしめていく。

 だってありえない。敏捷性上昇(アジリティアップ)という名前のそのスキルは、明と奈緒が討伐したというウェアウルフが使っていたというスキルの名前だ。それなのにどうして、()()()()()使()()()()()!?



 戸惑う柏葉をよそに、スキルを使用した信者の男は力を溜めるようにグッと深く腰を落とした。

 かと思えば、その姿が一瞬にしてかき消える。

 次の瞬間には周囲に散在していたイビルアイの身体が真っ二つに切り裂かれ、ガラスを擦り合わせたかのような耳障りな悲鳴がイビルアイから上がっていた。



「ギィイイイイイイイッッ!!」



 信者は、その悲鳴に耳を貸す様子もなく無言で手にした長剣を翻すと、トドメとばかりにイビルアイの目玉を貫いた。



「落ち着けッ!! こいつらの動きは遅いだろ! いくら数が多かろうが、動きが遅ければ怯える必要はない!! 速度を上げることが出来るスキルを持つヤツは、それを使って対処するんだ!!」



 声量を上げるスキルを使用しているのか、人の限界を超えた大声だ。ビリビリと震える空気の波に、信者たちの顔色がさっと変わった。



「『素早さ上昇(クイックネス)』」

「『敏捷性上昇(アジリティアップ)』」

「『疾走』」



 声をあげた男の声を皮切りに、他の信者たちが次々とスキルを使用し始める。使用されるスキルの中には柏葉の知っているスキルの名前もあったが、そのほとんどが、聞き覚えのない見知らぬスキルばかりだった。



(やっぱりそうだ、間違いない!!)



 急激に速さを増して、周囲に散在するイビルアイを討伐し始めた信者たちを見つめながら、柏葉は心で呟く。



(この人達が使うスキルは、私達とは違う! 異世界側(あっちの人間)こちら側(私達)とで、取得するスキルの種類が変わっているんだ!!)



 そうだとすれば、状況が変わって来る。

 そもそも、明がイビルアイを使ってステータスの弱体化を狙う作戦を提案したのも、信者たちが全員、ポイントで取得するスキルを使って来ると踏んでいたからだ。

 『疾走』や『剛力』、『鉄壁』といったスキルは魔力値に依存している。

 だから、魔力値を含めたステータスそのものを弱体化させるイビルアイをぶつけることで、信者たちが使うスキルそのものも弱体化させる狙いがあった。



(でも、あの人達のスキルが私達と違うのなら話が変わってくる)



 ポイントで取得するスキル同様に、魔力値に依存するスキルであればまだいい。

 だが、もしも魔力値に依存しないスキルであったなら?

 いくら弱体化させても、発動するスキルの補正効果は変わらない。弱体化させた数値の差も、発動したスキルの効果で打ち消される。



(ヤバいヤバいヤバい……!!)



 ただでさえステータス差が大きな相手なのだ。それに加えて、モンスターと同じく未知のスキルを使って来るのだとすれば、あの信者たち一人一人がボスモンスターと同じだという認識に変えざるを得ない。



(いや、ただボスモンスターを相手にするよりも状況が悪いッ! 人間を相手にしている分、戦術や戦略を一人ひとりが持っている。何をしてくるのか分からない相手に、イビルアイを使ってステータスを弱体化させるだけじゃあダメだ。今までのような戦い方をしていれば確実に負ける!)



 じっとりとした汗が額に浮かぶ。

 目の前にいる相手のことを知れば知るほど、分の悪さが際立ってくる。



(私達よりもずっとステータスも高くて、ボスモンスターのように知らないスキルを持っていて、その上、私達と同じ境遇であるはずの現実(こちら)側の人間も異世界(あっち)側に加担している? そんなの……勝てるはずがない!)



 リリスライラの信者たちが、ボスモンスターと同じくこちらの知らないスキルを使って来ることを明は知っていたのだろうか。



(きっと知らない。そもそも、リリスライラの信者たちが異世界の人間と現実側の人間の混成組織だってことを知ったのも、ついさっきだ。『疾走』や『剛力』、『鉄壁』のポイントで取得できるスキルを使って来ることは言っていたから、きっと……信者たちは全員、私達と同じスキルを使って来ると思っていたはず)



 だからこそ、明はイビルアイを使うことを提案していた。

 自分たちと同じスキルを使う相手ならば、自分たちの天敵である魔物がまた同じく天敵であるはずだから。



(けど、その前提すらも崩れていた)



 地下街から溢れ出したイビルアイを掃討し、ある程度の余裕が出来たのだろうか。周囲を見渡していた信者の一人と、瓦礫の隙間越しに目が合った。



「ッ、いたぞ!! あの女だ!!」


 すかさず声をあげられ、周囲にいた他の信者たちの視線がこちらへと向く。



「あんなところに隠れていやがったのか!」

「掴まえろ!! 依代は傷つけるなよ! 神父様に叱られるぞ!」

「全員で向かうな! またさっきみたいに、どこかからか魔物が襲って来るかもしれない! 向かうのは数人でいい!! 他の連中は周囲の警戒と、あの女が逃げないようにあたりを囲め!!」



 口々に声をあげて、信者たちが動き出す。

 そんな彼らを、柏葉は動くことも出来ずただただ見つめる。



(この戦いは、圧倒的に私達が不利だ)



 時間が足りない。

 力が足りない。

 スキルも、人数も。何もかもが今の自分たちには足りていない。

 思えばこれまでのことだって全てがそうだ。レベルやステータスだなんて、脅威に抗う力を与えられながらもそれを十分に活かす場面なんてありはしなかった。

 中途半端に抗う力を与えられるから、より絶望は深くなる。これならばまだ、太刀打ちの出来ない圧倒的な力にただ翻弄されていたほうがまだいい。


 反抗できる些細な力があるからこそ、すでに決定づけられた世界の終わりに駄々をこねているような気分になってくる。



(やっぱり、私一人じゃ何も出来ない……)



 全てを諦めて、俯いたその時だ。



「……?」


 指先が、懐に入れた小瓶に触れた。



(そうだ、この薬)



 『解体』によって取得していたギガントの残りの素材全てと、魔素結晶から出来た効果不明の調合薬。

 人体にどのような影響が出るのかもわからず、使用を躊躇っていたものだ。



「―――……上等よ」



 どうせ、このまま何もしなければ殺されるだけなのだ。

 それならば、いっそ。この博打に賭けてみるのもいいだろう。



「もしも負けたら、ごめんね」


 謝罪の言葉を口にして、柏葉は蒼汰を地面に下ろすと懐から取り出した水薬を一気に飲み干した。



「……っ!」


 心臓が、大きく跳ねる。



「追い詰めたぞ!!」



 目の前に迫る信者の男の姿が、ぐにゃりと歪む。




 ――チリン。




 音が聞こえた。

 それは、柏葉薫にだけ聞こえるシステム音だった。




 ――――――――――――――――――

 不完全な変化の水薬 を使用しました。

 ――――――――――――――――――

 使用された魔物素材:ギガントの力が一部適用されます。


 柏葉薫のステータスが上昇します。

 スキル:再生 を取得しました。


 ――――――――――――――――――

 魔物由来の調合薬を摂取しました。

 柏葉薫の体内魔素率が上昇します。


 柏葉薫の体内魔素率が5.2%上昇しました。


 ――――――――――――――――――




「死ね!!」



 叫び、信者の男が振りかざした剣を柏葉へと突き刺す。

 刃はまっすぐに柏葉の心臓へと到達する。

 信者の男が仮面の奥でニヤリと笑う気配がした。


 ――だが、その笑みもすぐに凍り付くことになる。



「なッ!?」



 自らの手で命を奪った、彼女の顔に。

 ぼんやりとした光を発しながら、彼女の全身に浮かぶ怪しげなその紋様に。

 心臓を潰され、口から血を吐き出しながらも息のある彼女の姿に。


 自らの手で目の前の女の命を奪ったと確信していたからこそ、突如として起きたその変化に男の思考は僅かの間、停止した。



「いッッたい、なぁー……」


 ゴホゴホと、口の中の血を吐き出し柏葉が呟く。



「ごめんね。賭けに勝ったみたい」



 ニヤリと笑う。

 笑いながら、拳を握り締める。




 ――――――――――――――――――

 使用された調合薬は不完全な状態です。効果時間が大幅に減少します。


 効果残り時間:296.68秒


 ――――――――――――――――――




 そして、目の前に表示された画面を振り払うように。

 柏葉薫は、男の顔面へと向けて握りしめた拳を叩きつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりにきたなー チリン!
[一言] うああああ 希望は存在するのですかああ この鬼畜の作家先生!
[一言] 不穏な値が増えましたねぇ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ