失った力②
「ふー……」
ゆっくりと柏葉は息を吐く。焦りでざわつく心を、無理やりに圧し鎮める。
(今ある問題は三つ)
自分を探す彼らの声を聞きながら、柏葉は心で呟いた。
(一つは、リリスライラの信者たちに『索敵』を使われればこの居場所がすぐにバレること。……けど、それは今のところ大きな問題じゃない。どうしてかは分からないけど、あの人達が『索敵』を使う様子がない)
おそらく、追いかけてきたあの数十人の中に『索敵』スキルを持っている人間がいないのだろう。今もまだ無事であることが何よりの証拠だ。もしも『索敵』スキルを所持している者がいれば、こうして隠れ続けることなど出来やしない。
(とはいえ、『索敵』スキル以外の感知系スキルはあるみたいだから隠れ続けることも出来そうにもない)
彼らの声に耳を澄ます。
あちこちから上がる叫びの中に「チクショウッ! 鼻が利かねぇッ! どこもかしこも焦げた臭いばかりだ!!」と叫んでいる声や「こっちもダメだ! 耳がやられちまった!!」と周囲に呼びかける声が混じっている。口調からして、音や臭いで居場所を感知するスキルを所持していることは間違いない。
突如として起きた爆発の影響でそれらのスキルが一時的に麻痺しているようだが、それも時間の問題だ。あと数分もしないうちにこの臭いに彼らの鼻も慣れて、耳鳴りもきっと治まる。
(『索敵』以外の感知スキル、か。そんなのスキル一覧にあったかな)
何かしらの、前提スキルを取得することで解禁されるスキルだろうか?
もしそうだとすれば、あまりにも取得するためのコストが高すぎる。
『索敵』スキルの取得に必要なポイントは5つだ。他の感知系スキルを取得するよりも『索敵』スキルを取得した方がコストは安い。
龍一曰く、リリスライラの信者たちは異世界側の人間と現実側の人間の混成らしい。もしも彼らが現実側の人間ならば、スキル取得に必要なポイントの希少性は知っているはずだ。
(異世界側と、現実側とでスキル取得の方法が違う?)
一瞬だけ考える。
けれど、すぐに首を振って思考を追い出した。
気にはなるが、今は重要なことじゃない。余計な思考はノイズに繋がる。
(ひとまず『索敵』を持っていないのはラッキーだった。使われれば、すぐにモンスターハウスの存在がバレることになる)
身を隠してから自分の失態に気が付いた。
明の作戦は、リリスライラの信者たちが『索敵』を使用しないことを前提としたものだった。だからこそ、相手に『索敵』を使われないようあえて姿を見せることによって、心理的にスキルの発動を防ぐことにしていた。目に見える人間を相手にわざわざ『索敵』を使う必要などないからだ。
それを、仕方がないとはいえ柏葉は『隠密』を発動し、破ってしまった。
結果として罠の存在が露呈することはなかったのだが、もしも『索敵』を使われでもしていたならたちまち罠の存在がバレていただろう。
(紙一重だったけど、地下街に押し込んだイビルアイの存在はまだバレていない。だからこそ、二つ目の問題であるステータスの差は、イビルアイをぶつけることが出来ればまだどうにかなる)
問題は、モンスターハウスまでの距離だ。
(ここから、モンスターハウスまでの距離はおよそ二十メートル。今の私なら一瞬で辿り着く距離だけど、それは相手も同じ……ううん、むしろ速度値の差があるから動き出しで捕まる可能性が高い)
手元に魔弾があれば、と考えずにいられない。
それさえあれば、コンマ数秒の時間を稼ぐことだって出来るはずなのだ。
(〝たられば〟を言い出したらキリがない……。今出来ることを考えないと)
柏葉は息を吐き出し、視線を持ち上げた。
(一条さんや、七瀬さんがここに来る様子もない。それに、さっきの爆発……。この状況で起きる事故にしては不自然すぎる。爆発が起きた方角も、七瀬さん達が逃げた方角と一致する)
三つ目の問題。仲間たちが合流しないこと。
用意したモンスターハウスは一つのみ。当初の予定では別れた仲間たちがここに集まり、それぞれが連れた信者たちをまとめてモンスターハウスの中へと誘導することになっていた。
すでに仲間たちと別れて五分が経とうとしている。
ステータスという数値によって、今や人外の力をもつ彼らだ。例え別々の方角に別れようとも、何事も無ければ姿を現しているはずである。
(きっと、七瀬さん達の身に何かが起きたんだ)
その何かは、今の状況からして想像に容易い。
(ニコライとアーサーの二人、もしくはどちらか一人が、七瀬さん達の元に向かった)
柏葉は、自分と蒼汰を探す信者たちの様子を見つめる。
一条明がかつて経験した襲撃では、アーサーとニコライは他の信者たちに混じっていたらしい。今回の襲撃が明の経験した襲撃と全く同じだと思っちゃいないが、リーダー格らしきその二人が、この場に出てこない理由を探すほうが難しいだろう。
(七瀬さん達の元に、その二人のうちのどちらかが向かったんだったら……。今すぐに、七瀬さん達が合流するのは難しい。一条さんも合流してくる気配がないところを見ると、あっちでも何かがあったんだ)
仲間たちの合流は、絶望的だった。
考えれば考えるほどに、柏葉はたった一人で数十人の信者たちを相手に蒼汰を守らねばならなかった。
「…………」
柏葉は瞳を閉じる。
(託された。任されたんだ。一条さんが、ループする原因になったものを。この戦いで守るべきものを)
世界にモンスターがあふれてから、自分に出来ることはないかと探し続けていた。
一条明の力によって、柏葉薫は出来ることが広がった。
(助けは期待できない。みんな、きっと戦ってる。――――だったら、私がやるべきことは一つ)
たった独りで、この窮地を乗り越えること。
「ふー……」
覚悟を決めた。
柏葉は懐から〝魔力回復薬〟を取り出し、一気にその中身を空にすると、静かに息を吐いて意識を自らの内側へと落とした。
「…………」
自分を中心に、魔力を伸ばす。
糸のように細く、けれども綱のように強固に。『人形師』というスキルによって伸ばされた魔力の糸を、地面を伝い伸びて地下街を塞ぐ山のように積み重なった瓦礫の一つ一つに張り付ける。
(ここから距離のある罠まで、今の私が逃げ込むのは不可能だ。それなら!)
罠に誘い込むのではなく、作り上げた罠を自らの手で壊す。
柏葉は、持ち上げた腕を胸元に構えると、ゆっくりと十指を開き構えた。
「『動け』」
意思が、指先から伸びた魔力を通じて瓦礫に伝わる。
柏葉の指先に従うように、地獄の蓋が開かれる。




