失った力
お待たせしました。また再開します。
場面変わって柏葉の視点から
奈緒や彩夏の戦場から離れた、横浜駅地下街。その出入り口からほど近い瓦礫の陰で柏葉薫は一人、昏睡し続ける少年を腕に抱き息を潜めていた。
異変が起きたのは、明達と別れてしばらくしてからのこと。
〝魔弾〟の暴発を利用し、閃光を放ちながら追手の目を眩ませながら必死に逃げていた柏葉は、突如として起きた爆発の衝撃に巻き込まれた。
街全体を揺るがす轟音と、ビルの間を吹き抜けていく熱波の高温に柏葉の意識が向いたのはほんの一瞬だ。爆発が起きた状況が分からなくとも、背後に迫るリリスライラの信者たちが混乱したのをすぐに察した柏葉は、幸いとばかりに『隠密』を発動した。
気配を消し、姿を隠して。これでもう大丈夫だと、一息に追跡を振り切ろうと足を踏み出したところで爆発に混乱する信者たちのうちの一人が言った。
――「子供が宙に浮いている」と。
その奇妙ともいえる光景が、彼らの混乱を鎮めるきっかけになったのは間違いない。
突如として起きた爆発に惑う彼らの混乱は波のように引いていき、あっという間に冷静になった彼らは、直前の混乱など無かったかのように再び柏葉を追跡し始めた。
(そうだよね……)
柏葉は心の内でそう呟き、顔を顰める。
(『隠密』スキルを使ったのは私なんだから、蒼汰くんも一緒に気配と姿を消すことなんて出来ないよね)
明の使う『疾走』や『剛力』が明自身にしか作用しないように、姿と気配を隠す『隠密』もまた、スキルの使用者である柏葉薫だけにしか作用しない。『隠密』スキルは、あくまでも柏葉薫の姿と気配を隠すスキルだ。
(失敗したな。服とか鞄とか、今まで私が身に付けた装飾品も一緒に『隠密』スキルで隠すことが出来ていたから完全に頭から抜けていた。服とか鞄とか、そういうのって私の装備品って扱いなのかな)
武器や防具、攻撃力や耐久値なんてものが道具にもあるのだ。装備品なんて概念が、この改変された現実に適用されていたとしても何らおかしくはない。
身に付けた衣服や鞄は〝柏葉薫の一部〟とスキルに認識されているのだろう。
(どうしよう……)
ちらりと、柏葉は物陰から顔を覗かせる。
咄嗟に〝魔弾〟を暴発させることによって何とか彼らの目を眩ますことには成功した。が、その魔弾で手持ちの魔弾が尽きてしまった。
魔弾は製作コストの低い道具だ。製作系スキルを持つ柏葉にとって、素材さえあればいつでも作り出せる道具でもある。問題はその素材が手元にないことだった。
(魔弾の材料はボスモンスターから採れる魔素結晶のみ。今の状況で悠長にボスモンスタ―を狩っている余裕なんてあるわけない……。もう少し、大事に魔弾を使っていけばよかった)
とはいえ、魔弾を使わねば彼らから逃げることが出来なかったのも事実だった。『ヴィネの寵愛』というスキルを持つ彼らと、今の柏葉の間にあるステータスの差は歴然だ。惜しみなく道具を使っていかねば、逃げることすら出来ずあっという間に捕まっていただろう。
(どうしよう)
二度目となる弱音を心で呟く。
もう、かれこれ数分は身動きが出来ずにいる。瓦礫の向こうでは、あちらこちらから柏葉を探す信者たちの声が響き渡っている。
このまま隠れ続けるのも限界だ。一時的に身を隠すことには成功したが、どこかで何かしらの手は打たねばならない。
「……ステータス」
ぽつりと呟き、画面を表示させる。
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柏葉 薫 24歳 女 Lv89
体力:78
筋力:120
耐久:117
速度:126
魔力:23【53】
幸運:78
ポイント:1
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固有スキル
・人形師
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所持スキル
・身体強化Lv2
・武器製作Lv3(MAX)
・防具製作Lv2
・調合Lv3(MAX)
・魔力回路Lv1
・挑発Lv1
・隠密Lv1
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一条明が敗北し、ループしたことで現状の危機が明らかになった。
この二日間、街中を駆けずり回りながら準備を整える一方で、暇さえあればモンスターを倒してレベルアップに力を入れてきた。
柏葉薫がこの三日間のうちにあげたレベルは3つ。
レベルアップの回数はごく僅かで、新たに取得したスキルもイビルアイを集めるために取得した『挑発』スキル以来なにもない。そこに大きな変化があるとすれば、柏葉が大事にしていた『解体』スキルを失ったことだろう。
(一条さんにお願いされて『解体』をリセットして、還元されたポイントで『調合』を上げた。そのおかげで一条さんの役に立つことも出来たし、いろいろな物が一気に作れるようになった)
〝火炎払いのローブ〟だってそのうちの一つだ。素材の〝耐火の水薬〟は『調合』スキルのレベルを上げたことで創れるようになった。今までは限界を感じていた製作スキルに『調合』スキルで出来た素材が加わったことで、ぐんと製作できる物の幅が広がった。
「……………」
柏葉は懐から小瓶を取り出した。
白と赤が混ざった液体だ。僅かな粘性があるのか、瓶の中でタポタポと揺れるその液体は降り注ぐ月光を受けて薄く光り輝いている。
(作戦の直前に、残った素材をかき集めて『調合』で創ったこの薬……。時間もなかったし、一条さんに『鑑定』してもらってないからどんな効果なのかも分からない。戦闘用の薬だってことは分かるけど)
これを飲めば、今の状況を好転させることが出来るだろうか。
一瞬だけ考えて、柏葉は首を横に振った。
(ダメ、博打すぎる。良く分からないものに手を出して、副作用があるものだったらそれこそ取り返しのつかないことになる。……一条さんから蒼汰くんを任されたんだ。私が、どうにかして蒼汰くんを守らないと)
唇を噛みしめて、前を向く。
本来であれば、蒼汰を守るのは戦闘能力の高い明か龍一のはずだった。けれども、その二人の戦闘スタイルはガチガチの近接特化だ。ゆえに、彼らが全力を出して戦おうと思えば、傍にいる蒼汰の存在が逆に邪魔になる。
一方で奈緒はといえば、彼女は彼女で後方支援に特化した戦闘スタイルだ。誰かと一緒に戦うことを前提としたステータスとスキル構成なだけに、彼女に蒼汰を任せるのは酷だといえた。
そこで、蒼汰の護衛役として白羽の矢が立ったのが柏葉だ。
もちろん、柏葉は辞退した。そんな重要な役目、自分に出来るはずがないと言い切った。
しかし、そんな柏葉に向けて明は言ったのだ。『今の柏葉さんなら大丈夫』と。何の迷いもなく、それが当たり前であるかのように、全幅の信頼を寄せて彼はそう言い切った。
その信頼に応えたいと思った。
だから彼女は、彼からお願いされた少年と共にここにいる。