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この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っている  作者: 灰島シゲル
五章

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死霊憑依





              ※ ※ ※



 明と柏葉が(モンスターハウス)製作のために街へと出ていた時のことだ。「話がある」と言って、奈緒の口からそんな言葉を聞いた彩夏は、怪訝な顔となって奈緒を見つめていた。



「カニバルプラントの死骸を攻撃手段に? どういうこと?」



 言われた言葉の意味が分からずに問い返す。

 すると、奈緒は小さく頷きながら説明をするように答えた。



「ああ。一条がモンスターを使って連中を弱体化させるって言った時に、ふと思いついたんだ。私達が薪や着火剤の代わりによく使っているあの死骸も、使い方次第では罠に活かせるんじゃないかって」

「んー、可燃性の高い死骸だし、使い方次第でどうにでも出来ると思うけど……。何をするつもり?」

「よく聞く方法さ。こいつ等を、爆弾に変える」


 言って、奈緒は手元の死骸を弄ぶ。



「爆弾に?」


 その一方で、彩夏はきょとんとした顔を奈緒の手元に向けた。



「こいつらを? どうやって」

「ほら、ここ最近もあっただろ。工場内にあった可燃性の粉末に静電気や火花が飛んで引火、爆発した事故の話。あれと同じことをするんだ」


 言われて、彩夏も現実改変前に起きていたニュースを思い出したのだろう。こくりと頷いた。


「そう言えば、そんなニュースもあったね。確かにその方法を使えば、死骸を爆弾に変えることも出来るだろうけど……。着火方法はどうするの? 導線でも使うつもり? それとも、相手自身に火を使わせるとか?」

「導線なんか使えば、相手に狙いが悟られるだろ。それに、漫画やアニメじゃないんだ。そう上手く火を使うヤツなんかいるものか」



 奈緒は彩夏の言葉に小さく笑った。



「着火は、私がするんだ」

「…………正気?」



 呆気にとられたように彩夏は言った。

 奈緒はこくりと頷く。



「当たり前だ。幸いにも、私はすぐには死なない(・・・・・・)からな。爆発に巻き込まれたとしても、生きている可能性が一番高い。相手の動向を見ながら火を点けられるから、確実に巻き込める方法でもある」

「いや、いやいやいや! 正気じゃないでしょ、そんな方法!! 頭おかしいよ!」

「分かってるよ」

「だったらッ!」

「けど、やるしかないんだ。そうでもしないと、私は、私自身の使い方が分からない」

「『私自身の』って、そんなの。だからって、こんな方法……」



 戸惑うように彩夏は言った。



「七瀬らしくないよ。自分の命を犠牲にするだなんて、七瀬が一番嫌がりそうなことじゃん。どうしたの?」

「…………」



 問われた言葉に、奈緒は視線を落とした。

 口を開き、閉じて。数秒ほどの躊躇いを挟んだのちに、ゆっくりと息を吐き出して、奈緒は口を開く。



「分からないんだ」

「え?」

「『不滅の聖火』の使い方が分からないんだよ」



 言って、奈緒は静かに笑って顔を上げた。



「即死しない。たったそれだけの力の使い方が分からないんだ。一条や花柳みたいに前に出る戦闘スタイルなら、この力の使い方もあったのかもしれない。けど、私の戦闘は後方からだ。そんな位置に居るヤツが死に目に合うことなんて、まずない」



 だから、と奈緒は言う。



「その力を使ってアイツの助けになろうとするなら、こんな方法しか私には考えつかない」

「…………」



 彩夏は奈緒の顔を見れずに俯いた。焦りを覚える奈緒の気持ちが痛いほどに分かったからだ。



(あたし達は、オッサンとは違って次がない。何が起きようとも、この世界で生きていくしかない。オッサンは繰り返す度に前に進めるけど、あたし達は、二の足を踏み続けている)



 死に戻るたびにレベルを上げ続ける明と、()()()()()()でレベルもステータスも停滞し続ける奈緒。

 二人の存在は、境界線上の両端にある。

 だからこそ、一条明の助けになりたいと願う彼女にとって与えられたその力は、呪いとでも言える存在になっている。



(七瀬の気持ちも分かるな……。力があるのに、使えないって辛いことだし)



 もしも、自分自身の力が役に立たないものだとしたらどうだろうか。

 助けたい人も助けることが出来なければ、自分だったらどうするだろうか。



(……あたしも、多分。同じことを考えるだろうなぁ)



 死なないことを利用して特攻するか、もしくは、自爆による攻撃手段を取るか。

 彩夏は、大きく吸い込んだ息を吐き出した。顔を上げて、奈緒を見つめる。



「…………あっそ。だったらいいんじゃない?」



 意識して、出来るだけいつものような口調で言って、言葉を区切る。

 そして小さく笑って、彩夏は彼女の覚悟を後押しする。



「盛大にやっちゃいなよ。七瀬が何度も立ち上がれるように、あたしが何度でも治してあげるからさ」




             ※ ※ ※




「――っ、げほ、げほっ!!」


 爆発の余波が収まり、痛みを感じるような耳鳴りがするなかで、彩夏は激しく咽込みながら瓦礫の中から這い出てきた。



「ッ」



 『聖楯』と〝火炎払いのローブ〟を使用しても防ぎきることが出来なかった衝撃と火傷に、彩夏の顔が大きく歪んだ。けれど、それも束の間のことですぐに彼女はあたりを見渡す。



「七瀬!!」



 名前を呼んだ。

 返答はない。もう一度、あたりを見渡して彩夏は叫ぶ。



「七瀬! どこ!? 返事してよ!!」


 彩夏は必死に、神風とも言うべき自爆をした彼女を探す。



「ッ!!」



 そして、ようやく見つけた。

 全身を炭化させて、衝撃に身体をボロボロにさせながら、それでもなお、瓦礫の中で彼女は立ち尽くしていた。



「七瀬!!」



 もう一度、彩夏は彼女の名前を呼んだ。

 その声に、奈緒の首が少しだけ動いたような気がした。



(生きてる!)


 慌てて、彩夏は奈緒のもとへと駆け寄った。



「『回復(ヒーリング)』!」



 すぐにスキルを使用する。

 彩夏の掌から溢れた癒しの光が、瞬く間に彼女の傷を癒していく。



「――――ッ、ごほっ、ごほ! ……悪い、助かった」



 二度、『回復(ヒーリング)』スキルを使用してようやく、奈緒の口から言葉が漏れた。パラパラと炭化した皮膚を剥がし落としながらも、彼女は身動きが取れるようになった自分の身体を見つめて、深い息を吐き出す。



「『自動再生』スキルのレベルが足りてないな。レベルを上げないと」

「冷静に分析してる場合!? 本当に死んだと思ったじゃん! 無茶しすぎだよ!!」

「悪い……。でも、上手くいっただろ」


 小さく笑って、奈緒は瓦礫と未だに焦熱で燻る周囲を見渡した。


「正直、思ってたよりも威力が高かったけど……。これで――」

「これで、何だ?」



 声が、聞こえた。

 低く唸るような、焼けた喉から無理やり発声しているような、そんな掠れ声だった。



「なッ!!?」



 驚き、声の方向へと二人は目を向ける。

 瓦礫の下から炭化した腕が伸びていた。腕は、自身の身体を覆う瓦礫をゆっくりと動かすと、その下にある焦げた身体を白日の下に露わにする。



「……君を侮っていたよ。まさか、こんな方法を取ってくるなんてな」



 炭化した人間が嗤う。唇も、瞼も、鼻も。腕も足も何かもを炭に変えながらも、それでも、確かに息のあるその男は、ギョロギョロとした瞳を奈緒へと向けると、考え込むように言葉を発する。



「回復や再生とはまた違う……まさか、君に与えられたのは不死の固有スキルか? なるほど、だから()()()、一条くんは私が何かしらを企んでいると分かっていたのか。どうやら本当に、私はどこかの世界で一度、君を殺したことがあるようだな」



 奈緒の力に、これまで抱いていた疑問が氷塊したのだろう。男は――アーサーは、過去の出来事に納得したような声で頷いた。



「だとすれば、厄介だなァ。一条くん同様、君の力は使い方によって大きく化ける。現に、今だって君の攻撃で、私の仲間は耐え切れずに死んでしまった。――……だが」



 言葉を区切り、唇のない男の口元が大きく歪んだ。



「悪いなァ。どうも私は、死に損なったらしい」



 掠れた声が弾む。

 今の状況を楽しむように、彼女たちの心に兆す陰を察するように。男は、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。



「どうやら、固有スキル()の扱いにまだ慣れていないようだな? 不死の力をただの自爆に使うなんて、先が思いやられるな。ステータスの低い連中ならばどうにか出来るだろうが、私のように、()()()()のステータスさえあれば意味をなさなくなる」

「…………化け物め」



 小さく奈緒は舌を打った。

 その言葉に、アーサーがつまらない冗談でも聞いたかのように呆れた息を吐き出してみせる。



「こんな世界に変わったあとだと、誉め言葉だな。それに、化け物は()()()も同じだろう? なにせ、死んだ瞬間に世界をやり直すんだ。下手をすれば、私以上の化け物なんじゃないか?」

「アイツを……。一条を!! アンタと一緒にするな!!」


 叫び、奈緒は魔導銃を突き付けた。


「ショックアロー!!」



 銃口から放たれた魔法がアーサーへと迫る。

 その軌道を、アーサーは静かに見つめると笑みを浮かべた。




「……ちょうどいい」


 呟き、



「命を張って、ここまでしてくれた礼だ。七瀬くん。君に、固有スキル()の本当の使い方というものを教えてあげよう」


 身に迫る魔法を軽々と避けて、



「オリヴィア」


 男は、自らが使役する最愛の妻の名前を呼んだ。



「『死霊憑依』だ」



 オリヴィアが頷く。

 頷き、その姿が男と重なる。


 ――瞬間。男の周囲の空気が歪んだ。


 否、そう錯覚してしまうほど強大な(プレッシャー)と殺意が、男を中心に周囲に撒き散らされた。



「ッ!」



 奈緒の息が止まる。

 膝が震えて、心臓が早鐘のように打ち鳴らされ始める。心が、本能が、魂が。一刻も早くこの場から逃げ出せと叫び始める。



(この、感覚は)


 幾度となく経験し、今となってはもう慣れ親しんだ感覚だ。



(ボスモンスターと、同じ――)


 心で呟くのと、



「花柳!!」



 咄嗟に、彼女の名前を叫ぶのは同時。



「『聖楯』ッ!!」



 その呼びかけに、同じ錯覚を覚えていた彩夏は瞬時に応えた。即座に展開された半透明の膜が、眼前の男と奈緒たちの境界を確かに隔てる。




 しかし――。




「同じ手を繰り返すだけか?」


 呟きと同時に地面を蹴ったアーサーが、彩夏が発動した『聖楯』の前へと滑り込んだ。



「ふっ!!」



 息を吐き出し、男が拳を振るう。

 轟ッとした音と共に、空気が震えた。

 振るわれた拳はその軌道が一瞬だけ消えた。かと思えばそれは、凄まじい衝撃と音を響かせながら展開された『聖楯』にぶつかる。



 ヒビが入った。


 ヒビが広がった。


 割れて、砕けて。粉々とした破片に代わって。

 リィンッ……とした音を響かせながら、目の前で破壊されていく『聖楯』の姿に、奈緒と彩夏の瞳が大きくなる。



「脆いなァ」



 砕いた『聖楯』の破片を浴びながら、アーサーが呟いた。



「脆すぎる。物理を完全に遮断する盾だとばかり思っていたが、所詮はこんなものか? 盾が、ただの力押しに負けてちゃ話にならんだろう?」


 ニヤリと、男は笑った。


「さあ、第二ラウンドだ。わざわざ奥の手を使ってあげたのだ。簡単には死ぬなよ?」


 呟かれた声に、ひゅっとした音が鳴る。

 それは、彼女たち二人の内のどちらかが鳴らした、恐怖に息を飲む声だった。


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― 新着の感想 ―
妻と娘を亡くして人の道を踏み外した哀れな人だったのに、すっかり外道の中ボスに成り下がりましたね。オリビアはそんなアーサーを止めないならば、彼の記憶の通りに振る舞うだけのただの死霊なのですね。
[良い点] なんてこった
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