誘導役は?
予約投稿の時間がズレてました。申し訳ない。
日付が変わった。
現在時刻は午前零時十七分。普段であれば翌日のことを考えて、交互に見張りを立てながら睡眠をとる時間帯だが、今ばかりはそうすることも出来なかった。
「……それじゃあ、改めて作戦を確認します」
ソーラー電池式のランタンの明かりに照らされた明一行と龍一は、車座になって最後の確認を行っていた。
「今回の作戦の最終目標は、蒼汰の中に埋め込まれたヴィネの身体の一部――『左腕』を取り除くことだ。その手掛かりを知ると思われるヤツはおそらく一人。ニコライだけ」
呟く明の言葉に奈緒たちが頷く。
「ニコライを捕えるか、もしくは、蒼汰の左腕を取り除くことが出来ればいい。逆に、ニコライが逃走、もしくは左腕を取り除くことが出来ずに今日を終えるようなことになれば、俺たちは暴走する蒼汰に殺される」
「問題は、ニコライが左腕を取り除く方法を知っているかどうかだな」
難しい顔で奈緒が言った。
すると、その言葉に彩夏が呟く。
「方法を知っていても、喋らない可能性もあるでしょ。もしそうなった場合、どうするの?」
言われた言葉に明は頷いた。
「可能性は十分ある。その時は、もう一度繰り返すしかないだろうな」
「繰り返すって……。まさか、ニコライってヤツが口を割るまでコレを続けるつもり?」
呆れるように彩夏が言った。同じことを考えていたのだろう。奈緒や柏葉もまた、呆れたように深いため息を吐き出している。
そんな三人とは別に、ただ一人、龍一だけが静かに明を見つめて口を開いた。
「方法は?」
主語のない問いかけだった。
けれど、それが何を意味するのか明はすぐに分かった。
「問いません。出来れば、今回で終わりにしたい。方法に拘っている余裕がこっちにもない」
「……分かった。だったら、俺に任せてくれ。元はと言えば、俺の問題なんだ。お前たちはそれに付き合っているだけに過ぎない。汚れ役は、俺がする」
決意と覚悟を、龍一は静かな口調で言った。
「分かりました。では、もしそうなった時はお願いします」
「ああ」
頷かれる言葉に、明もまた頷きを返す。
それから会話を戻すように小さな咳払いを挟んで口を開いた。
「それで、これからの流れですが……。障害は、大きく分けて三つ。一つ目が、リリスライラの信者たち。全員が全員、『ヴィネの寵愛』スキル持ちだ。人数的な不利もある。まともにぶつかれば、ニコライに辿り着く前にこちらが全滅する可能性だってある」
明を除いた四人が頷く。
それを見て、明は言葉を続ける。
「二つ目が、アーサーだ。『ヴィネの寵愛』と『死霊術』……。二つの固有スキルを持っているヤツだけど、その戦闘能力は多分、今の俺と同じ。まともに正面から相手が出来るのは、今のところ俺しかいない。龍一さんは? 相手が出来ますか?」
「いや無理だろうな。『ヴィネの寵愛』スキルが厄介だ。俺じゃあ相手にもならないだろうさ」
「分かりました。それじゃあ、出来るだけ俺がアイツの相手をするようにしますが……。それでも、アイツひとりを相手に俺たちが全滅する可能性は十分にある」
明の冷静な言葉に、誰かが生唾を飲み込んだ。
その音を聞いて、そっと呟くように言葉を続ける。
「そして、三つ目。……ニコライ。戦闘能力は未知数。下手をすればアーサーよりも弱い可能性があるけど、それは、可能性としては限りなく低いだろうな」
龍一が頷いた。
「アイツは異世界の人間だ。モンスターが当たり前の世界で生きてきたヤツが弱いだなんて考えは、一度捨てたほうがいいだろうな。相手をするのも、この中で一番強いヤツがいい」
そうなると必然的にこちらから仕掛ける人間は一条明に絞られる。
それが分かったのだろう。奈緒はそっと呟くように言った。
「だったら、アーサーの相手は私が引き受けよう」
「奈緒さんが?」
驚いたように明は奈緒を見つめた。
その言葉に、奈緒は小さく笑って理由を口にする。
「一条と龍一さんを除けば、次にレベルが高いのは私だ。私には『不滅の聖火』がある。三人の中で、アーサーを相手に持久戦に持ち込めるのは私だけだ。私がアーサーを押さえている間に、二人がニコライの相手をしてくれると助かる」
「……なるほど。そうなると、残る問題は誰が誘導役をするのかですね」
呟く明の言葉に、柏葉と彩夏はそれぞれの顔を見渡した。
「「私が(あたしが)やります(やる)」」
二人の声が揃う。
その声に、明は目を見開くとそれぞれの顔を見渡した。
「誘導役はひとりだけだ。二人もいらない」
出来れば、一人は奈緒のサポートに回ってもらいたい。
そんな言葉を吐いた明の声に、即座に奈緒が声をあげた。
「だったら私が誘導役をするべきです。彩夏ちゃんはこの中で唯一の回復スキル持ちです。相手の攻撃を防ぐ『聖楯』もある。わざわざ誘導役に回す必要なんてないですよ」
「何言ってるの? それこそ、かっしーが七瀬のサポートに行くべきじゃん」
彩夏はそう言って、柏葉を見つめた。
「『人形師』スキルは汎用性が高い。サポートも、攻撃も出来るんだから七瀬との連携がとりやすい。……それにオッサンが言うにはさ、誘導する相手は『猛毒針』を使ってくるらしいじゃん。あたしには『解毒』もあるし、モンスターハウスの中に入れば、『聖楯』で自分の身を守ることだって出来る。あたしが誘導役をしたほうがずっといい」
「だ、そうだが?」
二人の主張を聞いて、奈緒が明へと視線を向けた。
「私はどっちがサポートでも構わない。どちらも、私の戦い方と相性がいいからな」
お前が決めろ、と奈緒はそう言った。
そんな時だ。
会話に、それまで思案顔となっていた龍一が割り込んだ。
「……いや、誘導なら俺がやる」
「龍一さんが?」
突然割り込んだその言葉に、明は驚いたように目を大きくして龍一の顔を見つめた。
「あの、申し出は嬉しいんですけど……。この役目は一番、龍一さんに向いていませんよ」
「そうでもないさ。むしろ俺が一番、連中を誘導するのには向いている」
「龍一さんが? どうして?」
怪訝な顔で明は龍一を見つめた。
すると、そんな明へと龍一は肩をすくめてみせる。
「俺は連中に顔が割れているからな。それに、連中の前から蒼汰を連れて逃げ出したのも俺だ。そんな俺が、蒼汰と同じぐらいの大きさの荷物を抱えて走っていれば、連中はきっと、俺が蒼汰を連れていると思うはずさ」
「なるほど」
一理ある話だ。龍一は、蒼汰を連れてリリスライラから逃げ出している。逃げ出したあとの龍一が、蒼汰を一度手放したことを連中はまだ知らない。囮となった龍一が抱える荷物を、連中が蒼汰だと勘違いする可能性は十分にある。
「今はちょうど夜中だ。薄い雲が出ていて月明りも翳っている。電灯があるならまだしも、こんな暗闇の中で人か荷物かを一瞬で判断するのはまず出来ないだろう」
「確かに、その方法なら連中を欺くことも、誘導することも出来る……か」
明は龍一の言葉に納得するように頷いた。
(龍一さんの言うことはもっともだ。連中からすれば、顔も知らない誰かが蒼汰を連れているよりも、龍一さんが蒼汰を連れていると考えるのがより自然だ。連中を騙し、誘導するのなら龍一さんに任せるのが一番だと思う。……デメリットがあるとすれば、ニコライと対峙するときに俺が一人になることか?)
心で呟き、考える。
たった独りで、あの男と対峙することが出来るかどうかを冷静に判断する。
(……多分、出来る)
方法はある。そのための準備も整えた。この方法が上手くいけば、たとえ異世界の人間であろうとどうにか出来るはずだ。
「分かった。それなら――」
と明がそう口を開こうとしたその時だった。
「却下だ」
先んじるように、奈緒がその言葉を口にした。
「奈緒さん?」
「悪い、一条。でも私はその作戦はマズイと思う」
言って、奈緒は龍一の顔を見つめる。
「清水さん。もしも仮にその方法をとったとして、モンスターハウスの中に連中を誘導したその後、あなたはどうするつもりだったんだ? 柏葉さんは『隠密』も『人形師』もあるからどうにか出来る。花柳も『聖楯』があるし、『回復』があるから最悪、一人でもどうにか出来る。けど、あなたはどうする? その場所から抜け出すことが出来るのか?」
厳しい奈緒の問いかけに、柏葉が同意するように頷いた。
「たしかに、そうですね……。それで誘導が上手くいったとしても、モンスターハウスの中に入った清水さんはただじゃすみません。最悪、その場から逃げ出すことも出来ないかも」
彼女たちの言葉に、明は龍一へと視線を向けた。
「何か、方法は考えているんですか?」
向けられた瞳に、龍一は小さく肩をすくめながら言った。
「それはこれからだな」
「それじゃあ、ダメじゃん」
彩夏が龍一の言葉に呆れかえった。
「行き当たりばったりすぎ。それで、アンタに何かあった時。残されたあの子はどうするつもり?」
言われて、龍一も明が何を言いたいのか分かったのだろう。ばつが悪そうな顔になると、龍一は「まあそうだな」と言って顎髭を掻いた。
「それじゃあ、どうする。言っておくが、誘導役に関して言えば俺が一番だぞ」
「……ええ。分かってます」
頷き、明はまた考える。
連中を欺き、かつ自分たちに有利な状況を作るための方法を模索する。
そして、ふと。
一条明は、その方法を思いついた。
「――……いや、そうか。誰かひとりが誘導しようと思うから、話がややこしくなるんだ」
「何か思いついたのか?」
声をあげた明へと奈緒が視線を向けた。
明は、向けられた視線に頷く。
「ええ。この方法を取れば、まず間違いなく連中の一部を切り離してモンスターハウスに誘導することが出来る。いや、むしろ上手くいけば連中の全てをモンスターハウスに誘導することが出来るかもしれない」
「どんな方法なの?」
怪訝な顔で彩夏は明を見つめた。
その言葉に、明はニヤリと笑って口にする。
「全員で、蒼汰を抱えて誘導するんだよ」
「「「「は?」」」」
四人分の声は、寸分の狂いもなく綺麗に揃っていた。




