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幕間 奈緒の心

一方そのころ、奈緒は……というお話



「良かったのか?」



 明たちから離れてしばらくしてからのことだ。


 予定していた仕事を時間通りに終えて、休憩がてらひしゃげた車のボンネットに腰かけていた七瀬奈緒に、同行していた清水龍一の言葉が届いた。



「良かったって、なにが?」



 問いかけの中身が分かっていながらも、奈緒ははぐらかすように言葉を返す。

 すると案の定、龍一から補足をするような言葉が返ってくる。



「アイツに黙っていたことだ。俺や彩夏はアンタのやろうとしていることを聞いたが――……。アンタ、明には何も言ってなかっただろ。あの時、どうして何も言わなかった?」



 どうやら、出掛ける前に交わした明とのやり取りを聞いていたらしい。

 奈緒は懐からシガレットケースを取り出しタバコの先端へと火を灯すと、龍一にちらりとした視線を向けた。



「ふー……。そりゃあ、言えば止められるからな。止められることが分かっているのに、わざわざ言う必要はないだろ」

「止められるようなことをしようとしているって、自覚があるんだな」

「あるさ。自分でも、狂ってる方法だって思ってる」

「それじゃあ、どうしてこんな方法を取ろうと思った? 彩夏(あの嬢ちゃん)はアンタの表情を見て、何かを察していたようだが……。俺はアンタらと出会ったばかりだ。アンタのことも、アンタらのこともよく知らない。アンタの勢いに押し切られる形で手伝いはしているが、いい加減、どうしてこんな方法を取ろうと思ったのかぐらい教えてもらわねぇと、わりに合わねぇよ」



 言いながら、龍一は小さく肩をすくめた。

 奈緒は、そんな龍一から視線を外すと夜空を見上げる。


 そこに広がる群青へと向けて、肺の中に溜まった紫煙を吐き出し曇らせていく。



「…………私が、私自身に立てた誓いを守るためだ」

「誓い?」

「ああ。心に誓ったことだ。あれから、ずっと考え続けている。……どうすればアイツの隣に立つことが出来るのか。どうすれば、私はアイツに置き去りにされないのか」



 奈緒が息を吸い込み、タバコの先端に灯る小さな炎がじりじりと燃え上がる。

 文明が消えた夜の街に、たった一つの焔が灯される。



「アイツは、タイムルーパーだ。ただひとり、過去に戻って何もかもをやり直せるような存在だ。……そんなアイツと肩を並べるにはどうすれば良いのかが、ずっと、私には分からなかった」

「アンタは十分、明を支えていると思うけどな」


 龍一は呟き、奈緒の視線を追うように上を見上げる。


「出会ったばかりの俺でも分かる。明が、アンタら三人の中で一番頼りにしているのはアンタだ。無茶するアイツを私が支えてやる、そんな気概だけじゃあダメなのか?」

「気持ちだけじゃあ、アイツは救えない。アイツは私達を、みんなを救ってくれるけど……。それじゃあ一体、無茶をするアイツを救うのはいったい誰なんだ?」

「…………なるほど。それが理由か」



 奈緒の言葉に、龍一は、七瀬奈緒の在り方を察したのだろう。

 深く息を吐き出すように彼はそう呟くと、考え込むように顎髭をじょりじょりと撫でた。



「でもだからって、こんな方法じゃなくてもいいんじゃないか? もっと他にやりようがあるだろ」

「そうだな。だけど、私に与えられた力を一番上手く使える方法は、きっと、今はコレしかない」

「狂ってる。アンタらみんな、頭がおかしいぜ、ほんと。彩夏(あの嬢ちゃん)彩夏(嬢ちゃん)だ。アンタからこの方法を聞いて、特に何も言わなかった。『あっそ』とだけアイツが言ったのを聞いた時には、マジで信じられなかった」



 呆れたように龍一が呟いた。

 その言葉に、奈緒が困ったように笑う。



「そんなこと、誰よりも私達が一番分かっているさ」



 奈緒は呟き、タバコを燻らせる。

 静謐な夜空に紫煙を吹きかけ、その星空を霞めていく。




「死に目にあった。私達は全員、死ぬしかない運命だった。それを、私達はみんなアイツに救われた」




 吐き出した独白は、紫煙に巻かれて消えていく。

 吐露した奈緒の心は、傍で聞く龍一の耳以外の誰にも届かず、流れていく。



「それでも、アイツは見返りも求めずただただ笑っていた。……アイツにとっちゃあきっと、私達の命を救うことなんて、ついでみたいなものだったんだろうな。アイツはアイツなりに、この狂った世界で生き足掻いて、たまたま私達を救っただけなんだと思う」



 だけど、と奈緒は続ける。



「それでも、私達は確かにアイツに救われたんだ。生かされたんだ! ……だったら、その命を、その力を、ほんの少しだけでも、この世界で生き足掻くアイツのために使ってやりたい」



 吐き出された奈緒の言葉に、龍一は黙って夜空を見上げた。

 彼女が見つめるその紫煙の行く先を、ただただ彼は目で追い続けていた。


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