生き残れますか?
龍一の隠れ家に戻ると、蒼汰はすでに眠りについた後だった。
明は、奈緒や彩夏、龍一の三人にモンスターハウスが完成したことを告げた。同時に、当初の予定からは外れて、完成したモンスターハウスは一つであること。しかしながら、その場所には予定以上のイビルアイを詰め込んだことを報告する。
「まあ、いいんじゃない? もともと、複数のモンスターハウスを用意するのは集めるイビルアイの数を少なくするためだったし。大規模なモンスターハウスが作れたなら、一つでも十分でしょ」
と彩夏は言う。
彩夏の言葉に奈緒も同意するように頷いた。
「そうだな。お疲れ様。大変だっただろ? あとはこっちでやっておくから、ゆっくり休んでいてくれ」
「あとは?」
呟きながら立ち上がる奈緒の姿に、明は首を傾げた。
「何か、七瀬も考えがあるんだって。オッサンたちのバックアップ? 念のためにもう一つ、モンスターハウスとは別の罠を用意しておくみたい」
ソファに寝転がった彩夏が口の中で棒付キャンディを転がしながら言った。
「手伝いましょうか?」
彩夏の言葉を聞いて、明が奈緒へと声を掛ける。
すると奈緒は、その声にひらひらと手を振って小さく笑った。
「ああ大丈夫だ。一条たちが出掛けている間に、素材の調達は清水さんがやってくれた。あとはもう、私一人で平気だ」
「そうですか」
蒼汰を護衛するために龍一は残っていたのだと思っていたが、どうやら別の目的があったらしい。
そんな考えが顔に出ていたのだろうか、奈緒は少しだけ困ったように小さく笑うと言葉を継ぎ足した。
「悪い。でも、このままだとお前以外のみんなは、どうせ連中に襲われたら逃げることしか出来ないんだ。私や花柳は『索敵』で連中の襲撃に早めに気付くことが出来るけど、それだけだ。このまま、何もせずにお前たちのことを待っているだけなんて出来なかったから」
「別に謝ることじゃ……」
奈緒の言葉に明は首を振った。
「ただ、素材を集めるのであれば俺たちにも事前に言っておいてくれても良かったのに。もし教えてくれていたら、帰りにでも集めてきましたよ?」
「お前の負担になりたくなかったんだ」
そう言って、奈緒は自分の中の感情を隠すように顔を伏せながら笑みを浮かべた。
明は奈緒をジッと見つめる。
負い目を感じている顔だ。いや、焦っているとでも言った方がいいのかもしれない。
「まあ、そんなわけで。少し外出してくる。一時間後には戻るから」
「だったら俺も一緒に」
「それも平気だ。清水さんに頼んでる。一条は、ここで蒼汰を守っていてくれ。……もうすぐなんだろ? 以前、連中が襲撃してきたのは」
「ええ。まあ、そうですけど」
「だったらなおさら、ここに居てくれ」
煮え切らない返事をする明に向けて、奈緒は笑った。
「……それじゃあ、行ってくる」
一方的に話を打ち切り、部屋を出て行く彼女の後ろ姿を明は見送った。ついで、その瞳はソファでゴロゴロと寝転がっている少女へと向けられる。
「花柳は手伝わないのか?」
「だから、それをオッサンたちが帰ってくるさっきまでやってたんだって。もう、腕がパンパン」
彩夏がこれみよがしに細腕を持ち上げてみせてくるが、いつもとの違いが分からない。
けれど疲労が溜まっているのは確かなようだ。ぐったりとした様子で寝ている彩夏からは、いつもの覇気が感じられなかった。
「そんなわけだから、あたしは少し寝る。何かあれば起こして」
欠伸混じりに彩夏は言った。彼女の泰然自若としたその態度を見ていると、今が緊急事態であることすら忘れてしまいそうになる。
彩夏はさらに二、三度ほど欠伸を繰り返すと、すぐに寝息を立てはじめた。
話し相手も居なくなりどうしたものかと考えていると、別の部屋で素材の整理をしていた柏葉がふらりとやってくる。
「あれ? 七瀬さんは?」
「別の罠を仕掛けに行くって、龍一さんと二人で出て行きましたよ」
「別の罠? なんだろ、無茶しなきゃいいですけど」
心配するように柏葉は言って、ぽすりとソファの上で眠る彩夏の横に腰を下ろした。
小さな衝撃にソファが揺れて、彩夏の口から「んぅ」とした文句の言葉が零れ出る。そこで、柏葉はようやく彩夏が寝入っていることに気が付いたのだろう。申し訳なさそうな顔で「あっ、ごめんね彩夏ちゃん」と謝罪の言葉を口にすると、手にしていた『調合』の道具と素材を並べ始めた。
どうやら、イビルアイを誘導する際に消費した、魔力を回復させるために『魔力回復薬』を作るつもりらしい。
すり鉢に入れたモンスター素材を一心不乱にゴリゴリとすり潰し始める柏葉をよそに、明は自身のステータスを確認するために画面を開き眺める。
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一条 明 25歳 男 Lv1(129)
体力:387
筋力:1023
耐久:831
速度:880
魔力:0【200】
幸運:190
ポイント:15
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固有スキル
・黄泉帰り
システム拡張スキル
・インベントリ
・シナリオ
・スキルリセット
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スキル
・身体強化Lv6 ・集中Lv1
・解析Lv3(MAX) ・剛力Lv1
・鑑定Lv3(MAX) ・疾走Lv1
・危機察知Lv1 ・軽業Lv1
・収納術Lv5 ・魔力撃Lv1
・解体Lv1 ・第六感Lv1
・魔物料理Lv1 ・斧術Lv1
・魔力回路Lv2 ・毒耐性Lv3
・魔力感知Lv1 ・火傷耐性Lv1
・魔力操作Lv1 ・麻痺耐性Lv1
・自動再生Lv2 ・命の覚醒Lv1
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ダメージボーナス
・ゴブリン種族 +3%
・狼種族 +10%
・植物系モンスター +3%
・虫系モンスター +3%
・獣系モンスター +5%
・悪魔種族 +3%
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(残り15ポイント。既存のスキルのレベルを上げようにも、どのスキルも要求してくるポイントが高い。新しいスキルを取得することも出来るっちゃあ出来るけど)
心で呟き、明はスキル一覧を見つめた。
(使えそうなスキルはポイントの要求が高いんだよなぁ。15ポイントで取得出来て、かつ使えるスキルといえば『威圧』スキルぐらいだけど……。このスキルを取得する意味ってあるのか?)
明は首を傾げながら『威圧』スキルを見つめた。
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威圧Lv1
・アクティブスキル
・スキル所持者のステータスレベルよりも低いステータスレベルの相手を一時的に恐慌状態へと陥れる。
・恐慌状態の度合いはスキルレベルに依存する。
威圧Lv1を取得しますか? Y/N
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一条明は『黄泉帰り』を行う度にレベルがリセットされている。
一応、総合レベルといった形でこれまで積み上げてきたレベルが引き継ぎされてはいるものの、目覚めた先の一条明はステータス上のレベルが全て1からだ。
だからこそ、取得に悩む。
このスキルの示すステータスレベルはいったいどちらなのだろうか、と。
(もしもこれがリセットされる方のレベルだったら……。取得する意味がないからなぁ)
一度取得してみて検証するのはアリだ。けれど、それをするだけの時間が今はない。
(今日分の『スキルリセット』は柏葉さんにもう使っちゃったし……。日付が変わればまた使えるようになるけど、でも、今はその検証をするよりも先に地力を上げるのが先だ)
心で呟き、唸る。
『命の覚醒』スキルを取得したことで明の戦闘能力はさらに上昇した。
けれど、それだけじゃ足りない。決定打に欠けると言ってもいい。
相手は、異世界からやってきた人間なのだ。その戦闘能力の高さは、一度戦っているからこそ、もう十二分に理解している。
(連中に勝てる方法があるにはある。けど……)
と、そんなことを明が心の中で呟いたその時だ。
ふいに、ぽつりと柏葉が言った。
「私達は生き残れますか?」
それは、まるで独り言のように吐き出された小さな言葉だった。