モンスターハウス
作戦が決まり、明達はすぐに動き出した。
リリスライラの戦力を削ぐために集めるイビルアイの数は多い。誰かが囮となってイビルアイを一か所に集めなくてはならないが、その役目は当然、五人の中でも一番戦力の高い明が請け負うことになった。
「……で、なんで柏葉さんも一緒にいるんです?」
雑居ビルの屋上。そこから、イビルアイの居場所を探るべく望遠鏡を覗いていた明の瞳が隣の彼女へと向いた。
眼下に広がる街並みを呆と見つめていた柏葉が、ちらりとした視線を向けてくる。
「別にいいでしょう? 一条さん一人が背負い込む役目でもありませんし」
「そりゃあ、そうですけど。誘導する途中で大量のイビルアイに囲まれることになるかもしれませんよ。そうなると、大量のイビルアイを相手に戦うことになる」
だから、傍にいるのは危険だ。
そう言いたそうな顔で明は柏葉を見つめた。
すると、そんな明の言葉に柏葉が小さく笑う。
「だからですよ。イビルアイが弱体化の魔法を使って来るなら、一条さんの背中を守る人が必要でしょう? イビルアイを見つけて誘導することを考えると、『索敵』スキルを持っている七瀬さんと彩夏ちゃんが適任ですけど……二人は、ほら。万が一リリスライラの襲撃があった時のために、蒼汰くんの傍で待機していますから」
言って、柏葉はちらりとした視線を街はずれの方角へと向けた。龍一の隠れ家のある方角だ。そこでは今、奈緒と彩夏が『索敵』スキルを使いながら、リリスライラの襲撃の可能性に備えて待機している。
「『索敵』スキルを私も持っていれば、私が向こうに残っても良かったんですけどね」
ここからじゃ見えないその場所をしばらく見つめて、柏葉は呟くようにそう言って肩をすくめた。
「それよりも、一条さん。イビルアイを誘導する方法は何か考えがあるんですか?」
柏葉は、話を変えるようにして視線を明へと向けると、首を傾げるようにして問いかけた。
明はその言葉にしばらく悩んで、口を開き答える。
「一応、方法は考えてます」
「どんな方法か聞いてもいいですか?」
「俺に、他の人にはないトロフィーというシステムがあることを前に話しましたよね?」
柏葉は頷いた。
「確か……。ある一定の条件を満たせば獲得するものでしたよね? モンスターの討伐とか、一条さんの固有スキル『黄泉帰り』の発動回数とか」
「そうです。そのトロフィーの中に、モンスターからのヘイト上昇とダメージボーナスを取得できるものがあります。それを取得して、イビルアイからのヘイトをあげつつ誘導していこうかと」
「なるほど。確かに、ヘイトが上がれば誘導は楽になりそうですね。……でも、大丈夫ですか? それだと、一条さんが多くのモンスターに囲まれることになるんじゃ」
「ええ。だから一緒に行動するのは危険だと」
「ああ、そういう意味ですか」
明が何を心配していたのかようやく分かったのだろう。柏葉は明の言葉に頷いた。
それから、しばらく悩みこんでからまた、彼女は口を開く。
「んー、まあそれでも。やっぱり一緒に行動します」
「どうして?」
「イビルアイの死骸はいい素材になるんですよねぇー」
ぽつりと柏葉が言葉を続けた。何気なく口にしていた言葉だったが、おそらく、こっちが本音だろう。
どうやら、明の戦闘にかこつけて素材集めをするつもりだったらしい。
「柏葉さん……」
「え、あ、いや! 違いますよ? ちゃんと仕事はします!! 素材集めはついでです。ついで!」
だとしても、厄介なイビルアイをただの素材にしか見ていないのは柏葉ぐらいだろう。
(まあ、柏葉さんの素材集めが捗れば、俺たちも楽にはなるし……。ヘイトの管理を俺がミスしなければいいか)
出会った当初の柏葉であれば、絶対に同行を許すことはしないが、今ではもう柏葉も立派な戦闘要員だ。自分のことは自分で守る力を、彼女はすでに身に付けている。
明は慌てたようにぱたぱたと手を振る柏葉に呆れた笑みを浮かべると、ため息と共に言った。
「戦闘中に解体するのだけはやめてくださいね」
「そこは大丈夫です! 解体の基本は戦闘後なので!!」
言って、柏葉が胸を張る。
その言葉に明はまた小さく笑って、すっと表情を改めて街へと向いた。
「――……それじゃあ、行きますか」
呟き、雑居ビルから飛び降りる。
怪我もなく地面に着地すると、背後から「平然と人間離れする行動するのはやめてください!」と悲鳴が上がっていた。
街中を走り回りながら、まずはトロフィー獲得のためにイビルアイの討伐を重ねていく。
今の明の敵ではない相手だ。順調に討伐を重ねて、すぐにその画面は現れた。
――――――――――――――――――
条件を満たしました。
ブロンズトロフィー:悪魔殺し を獲得しました。
ブロンズトロフィー:悪魔殺し を獲得したことで、以下の特典が与えられます。
・悪魔種族からの敵対心+20
・悪魔種族へのダメージボーナス+3%
――――――――――――――――――
(よし、ひとまずこれでOKだ)
ヘイトの上昇を知らせる画面をしかと確認して、明は手を振り画面を消すと柏葉へと向き直った。
「柏葉さん。ヘイト上昇のトロフィーを取得したので、本格的に誘導をはじめましょう。今まではあちこち探す手間がありましたけど、このトロフィーのおかげで向こうからやってくるはずです」
「私はどうすればいいですか?」
「出来るだけ、俺の傍から離れないようにしてください。柏葉さんの方にイビルアイのヘイトが向くようなことがあれば、すぐに教えてください。その時はもう少しだけ討伐を繰り返して、さらにヘイト上昇のトロフィーを獲得します」
「分かりました」
柏葉がこくりと頷く。
それを見て明は頷きを返すと、気合を入れるように大きく息を吸い込んだ。
「よし。始めます」
呟き、歩き出す。
トロフィーの効果はすぐに現れた。これまで、路地の向こうで気がつかなかったイビルアイも、明が傍に居れば襲い掛かってくるようになったのだ。
そうしたイビルアイの攻撃を明は躱し、少しずつ距離を取るようにしながら事前に決めていた場所へと誘導していく。
誘導場所は、横浜駅の地下街だった。
かつて多くのショッピングモールがあったその場所は、モンスターとの戦闘があったのかショーウィンドウやガラスが散在し、今や多くの乾いた血の痕に彩られている。人の姿が消えて、徘徊するモンスターと死が濃く残るその場所こそが、明達の決めたモンスターハウスの一つだった。
明は、殺気立ち狙いを付けてくるイビルアイを地下街の中まで誘導する。たった一つの出入り口を残し、その他すべての出入り口を潰したその場所は広々とした空間であるにも関わらず、どこか窮屈な圧迫感を覚えずにはいられなかった。
(ひとまず、これで一回目)
閉塞した地下街の奥にイビルアイを誘導し、すぐに地面を蹴りその場を離れる。逃げ出す明に向けてすぐにイビルアイが追いかけようとしてくるが、奴らの動きは遅い。追跡を振り切ることは簡単だった。
そうして、地下街の外で待っていた柏葉と合流すると、出入り口を瓦礫で塞いでイビルアイが逃げ出さないように蓋をした。
それから一時間後のことだ。
(ッ、これ……。思ってたより、しんどいな)
明は、ようやく抜け出した自作のモンスターハウスの傍で、大きなため息を吐き出していた。
(新しいイビルアイを連れ込もうとすれば、すでに中へと詰め込んでいるイビルアイが俺を見て襲って来る。動きは遅く、弱体化の魔法に物理的な威力はないから今のところ問題はないけど、それでも相手はモンスターだ。常識を超えた力で暴れ出せば、地下街の天井が崩落する可能性が高い。当然、今の俺が暴れれば一発でアウトだ。戦闘もなく、地下で蠢くイビルアイを躱して脱出しなくちゃいけないなんて……どんなステルスゲームだよ)
はじめは楽だった。
しかしその難易度も五回目を越えたあたりからガラリと変わった。六回目以降は回数を重ねるごとに難易度が増していき、十回目を超えると誘導した建物の中から脱出するのも容易ではなくなった。
なにせ、回数を重ねるごとに自作のモンスターハウスの脅威は増していくのだ。
一度目よりも二度目、二度目よりも三度目と連れ込むイビルアイの数が増えれば増えるほど、明の脱出は困難になった。
(自分で自分の墓場を作り出してるようなもんだな、コレ)
地下で蠢く大量のイビルアイの気配に向けて、明は大きく息を吐き出した。
(何か上手いやり方があればいいけど)
と明が視線を彷徨わせたその時。
それまで、ジッと何かを考え込んでいた柏葉がおずおずと口を開いた。
「あの、一条さん。イビルアイの誘導ですけど、代わりましょうか?」




