邪教の目的
「………………え?」
長い沈黙を挟んで、ぽつりと明は呟いた。
「は、いや……。えっ? アイツらが、異世界の人間? いや、いやいやいや。ちょっと待ってください。そんなこと、いきなり言われても――――」
「いきなり、か。本当にそうか?」
龍一は、明の言葉に小さく笑った。
「俺が足を洗う前から既に、連中はなかなか派手に動き回っていたぞ」
言って、龍一は明を試すように言葉を区切る。
「お前のところにも来たはずだ。リリスライラを名乗り、仲間になれと迫る奴らが」
――――来た。来ていた。
モンスターがこの世界に現れてから、三日目のことだ。病院内に足を踏み入れ、勧誘をした連中に向けて軽部が烈火の如く怒鳴っている光景を目にしたことがあった。
「〝世界が変わり、急速に勢いを増してきたカルト集団〟。それが、俺の知る世間に対する連中の評価だ」
知っている。
事実、これまで耳にしてきた世間の評価はその通りだった。
「この評価を聞いて、お前はおかしいと思わなかったか?」
龍一は問いかける。
「モンスターが現れた直後の、誰もが身を守るだけでも精一杯の混乱もままならないそんな時期に、どうしてそんなカルト集団が急速に台頭してくるんだ?」
彼は、その違和をありありと浮き彫りにさせる。
「たった数日だ。モンスターがこの世界に現れてから、まだ一ヶ月も経っちゃいない。そんな短時間で、連中の思想に同調する集団がゼロから出来上がるのか?」
出来ない。出来るはずがない。
出来てもせいぜい、話題にもならない小さなコミュニティのはずだ。
いや、どんな集団であろうとも始まりは小さなものであるはずだ。
リリスライラのように、名前も聞いたことのない集団が急速に台頭するなんてことは、まずありえない。
「分かったか」
龍一は、酒瓶の中身を呷ると息を吐いた。
「リリスライラという集団は、ゼロから出来たんじゃない。元々、すでに存在していた集団が、モンスターと同じくこの世界へとやって来たんだ」
呟き、龍一は明を見つめて唇を歪める。
「この世界にやってきた連中が、どうしてレベルの高い人間を狙っていると思う?」
「ヴィネの……魔王の生贄にするため」
「不正解だ」
龍一は明の言葉に鼻で笑った。
「聞き方を変えよう。モンスターが現れたこの世界で、レベルを上げたこの世界の人間が次に考えることは何だ?」
「次に? ――――ッ、まさか」
ハッと、明は気が付いた。
身に覚えがあった、と言った方が正しいのかもしれない。
「ボスモンスターを殺すこと」
「正解だ」
龍一は頷く。
「俺たちはモンスターを殺すことでレベルが上がり、ステータスが上昇する。同時に、ポイントを獲得しスキルを取得する権利を得ることが出来る。初めは取るに足らない小さな力だが、それが積み重ねれば強大なボスモンスターさえも倒す力となる」
だから、と龍一は言った。
「連中は、ボスモンスターを殺されないようレベルの高い人間を狙う。レベルの高さは、戦力の大きさと同じだ。連中にとって分かりやすい危険分子の目安が、俺たちのレベルなんだよ」
「いやでも、だからってなんで……。何で、連中はボスモンスターを殺されたくないんだ?」
「単純な答えだ。ボスモンスターを殺されたら、何が起きる」
「何って、世界反転率の減少が――――……ぁ」
口に出して、分かった。
「そうか。元が異世界の連中だから、世界反転率を進めたいのか」
「ああそうだ。ボスモンスターを殺せば世界反転率が減少する。……この事実は、この世界にモンスターが現れてすぐにボスモンスターを倒したヤツが居たから分かったことなんだが――――。……ん? そう言えば、お前どこかで」
じっと、龍一は明の顔を見た。
それから、何かを思い出したかのように喉を鳴らして笑う。
「く、くくく。そうか、まさかこんなところで有名人に会えるとはな。どうりで、お前がやたらと強いのにも納得したよ」
ひとしきり龍一は明を見つめて笑うと、酒瓶を呷って言葉を続けた。
「だったら、もう分かるだろ。この世界にやって来た連中が、いきなりボスモンスターを殺されたことでどれだけ慌てふためいたのかを。簡単に異世界侵略出来ると思っていたこの世界の人間に、連中がどれだけの危険を感じたのかを」
その言葉に、明は無言となって考えた。
龍一の言う、異世界がどんなところなのかは分からない。
けれど、たった1%。
世界反転率と呼ばれる数値がほんの僅か進んだだけで、本来ある一部の力を取り戻したモンスター達が、どれだけ危険な存在なのかは知っている。
一部の力であの強化なのだ。
ならば、本来の力を十二分に発揮しているであろうその異世界が、どれだけ危険な世界であるのかは容易に想像することが出来る。
(そんなモンスターがいる異世界の人間が、どれだけの力を持っているのかなんて考えるまでもない)
きっと、この世界のことは取るに足らない世界だと思っていたはずだ。
そんな世界を簡単に掌握できると考えていたはずだ。
けれど、その傲慢な鼻っ柱を明が早々にへし折った。いや、明本人からすれば長い時間をかけてようやく掴んだ未来だったのだが、『黄泉帰り』のない連中からすれば、侵略を始めたと同時にその野望が打ち砕かれたように感じたに違いない。
ならばこそ、連中がこの世界にいる人間に危機を抱いて、これ以上の邪魔をされないようレベルの高い人間を狙うのも納得のいくことだった。
「…………ん?」
そこまで考えて、明はふと疑問を感じた。
「なあ、だったらなんで、連中は仲間を増やそうとしているんだ? この世界のレベルの高いヤツがボスモンスターを殺すかもしれないって、連中はそう思ってるんだろ? だったら、最初から仲間なんて増やさずに俺たちを根絶やしにすればいいじゃねぇか」
明の言葉に龍一が笑った。
「もちろん、最初からそのつもりで動いてるヤツもいる。だが、よく考えてみろ。見知らぬ世界、見知らぬ土地で、人ひとりを見つけるのにどれだけの労力がかかる? 連中は確かに集団で侵略してきたが、その人数も多くはない。たったの数十人だ。その人数で、モンスターにある程度は殺されて数が減っているとはいえ、この世界にいる何億もの人間をすべて根絶やしに出来るのか?」
「それ、は」
出来ない。いや、出来るかもしれないが時間がかかる。
時間がかかれば、その分だけボスモンスターが倒されるリスクが高まる。
現実側の人間に必要なのは、世界に現れたモンスターに対抗するだけの力を身に付ける時間だ。
時間さえあれば、人類はレベルをあげてモンスター達に反旗を翻すことが出来る。
「お前がボスモンスターを倒したことで、連中は短期決戦をせざるを得なくなった」
龍一が呟く。
「短期決戦をするためには、人手が必要だ。それも、侵略をしようとする世界に詳しい現地の人間が、な」
「……なるほど」
明は頷いた。
ようやく、連中がこの世界の人間を仲間にしようとしていた理由が分かったからだ。
「だから、連中は嘘をバラ撒いたのか。レベルの高い人間を殺せば――魔王に生贄を捧げれば、その人の願いが叶う。そんな馬鹿らしい嘘を、モンスターが現れた世間の混乱を利用して、あちこちでバラ撒いた」
「ああ。心が弱れば、普段は気にもしない甘言が心地よくなる。世界が混乱のただなかにあれば、何を信じれば良いのかすらも分からなくなる。連中は、それを逆手にとったのさ」
そうして、その嘘を信じ――縋った人間を使って同士討ちをさせている。
龍一は、そう呟くように言葉を溢すと再び酒瓶に口を付けた。
「リリスライラは、異世界の邪教だ。魔王ヴィネを信仰し、魔性に堕ちた異世界の人間たちだ。アイツらは、自分たちの目的のためならどんな手段も、犠牲も厭わない。そういうヤツらが、俺たちの世界をモンスターともども、壊そうとしている」
息を吐き出し、龍一は腕に刻まれた刻印を見つめた。
「俺がそれに気が付いたのは、この刻印を刻まれてからすぐだった。連中がレベルの高い人間を狙えと指示してきて、その狙いが分かってすぐに、俺は嫁と蒼汰を連れてリリスライラから逃げ出した。……この刻印は、その名残だ。ヴィネとの回路は残ってはいるが、連中を裏切ったことでヴィネとの回路は絶たれた。だから、連中から与えられていたスキルも今となっては残っちゃいない。今の俺にあるのは、一度、人の道から堕ちた証を示すコイツだけさ」
「…………このことを、他の人は?」
「気付いているヤツはいるはずだ。実際、俺の他にも連中の正体にアタりをつけてるヤツはいた。そのうえで、現実側じゃなくて異世界側の方が生き残りやすいと、リリスライラに残り続けたヤツもいる」
「あなたは、どっちなんですか?」
「言っただろ。俺はリリスライラを抜けたんだ」
龍一は小さく肩をすくめた。
「最初は、生き残るためだった。嫁と蒼汰を守るために、異世界の勢力に属すれば家族みんなで生き残ることが出来ると思った。……その選択が、全て間違いだったと今は思うよ」
顔を俯かせて、龍一は言った。
それは、出会ってから初めて見せた、男の本心が表に出た言葉だった。
「…………よく分かりました」
と、明は龍一の言葉に息を吐いた。
ようやく、理解した。
今まで相手にしてきた連中が、どんな人間だったのかを。
明は今、ここにきてようやく理解した。
異変が起きたのは、その時だった。
――チリン。
音が聞こえた。
次いで、新たな画面が明の目の前に開かれる。
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邪教リリスライラに対する正しい知識を得ました。
シナリオが活性化されます。
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EXシナリオ:【邪教の蔓延】が発生しました。
あなたは、邪教リリスライラの目的を知りました。
邪教リリスライラは魔王の復活を目論み、この世界を滅亡に追い込もうとしています。
邪教リリスライラの目的を阻止してください。
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リリスライラの目的阻止率 0%
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