清水龍一
ネットが繋がらなくなったりしていて、更新が遅くなりました……。
本当に申し訳ございません……。ひとまず復調したのでまた、更新速度を上げていきます。
「誰だ、アンタ。なんで俺の名前を知って――――」
「知っていますよ」
明は、龍一から視線を外した。
瞳はサハギンチーフへと向けられる。
サハギンチーフの口元は、好機とばかりに醜悪に歪められていた。ソイツは、「キギッ!」と声を漏らしながら手にした三叉槍を目の前の人間達に突き出さんと腰に構えている。
「あなたの名前も」
呟き、動き出した明は一瞬にしてサハギンチーフの懐へと潜り込んでいた。
『身体強化Lv6』と『命の覚醒』、二つのスキルを取得した影響か。その動きは、目にも止まらないほど素早い。
「あなたの力も」
拳を握り、明は目の前のモンスターの腹を打ち抜く。
バキリと表面を覆う鱗が割れる音を響かせて、「グぇ」と蛙が潰れたような声がサハギンチーフの口から漏れた。
明はすぐに小さくステップを踏んで、腰を回す。
「あなたの子供――蒼汰のことも」
振り抜かれた蹴りは、サハギンチーフの顔面を捉えていた。
ゴキリと骨が鳴った。それが、サハギンチーフの首の骨が折れた音であることは誰が聞いても明らかだった。
「ギ……ギ……」
口から泡を吹いてサハギンチーフが後ろへと倒れる。
そんなサハギンチーフから視線を外して、明は再び龍一へと目を向ける。
「あなたと話がしたい。そのために、俺はここに来ました」
龍一は、地面でのびたサハギンチーフとソレを圧倒した明を呆気にとられた表情で交互に見つめて、ついで、その眼差しを冷たくすると唸るように小さな声で囁いた。
「……………アンタ、何者だ? リリスライラの奴ら、じゃねぇな。見たことねぇ顔だ」
「一条明と言います。俺が何者なのかは、今ここでは話せません」
言って、明はちらりと背後のビル群へと視線を移した。
「長い話になります。ここで話し込めば、リリスライラの連中に見つかってしまう。一度、場所を変えましょう」
その言葉に、龍一も明が何を言いたいのか察したようだ。
明の視線を追いかけるように背後へと向けて、小さく舌を打つと手にした長槍を肩に担ぎため息を吐き出した。
「……分かった。確かに、ここは連中の根城からも近い。あの、似非神父がいずれここの巡回に来るのも、時間の問題だろうからな」
龍一はそう言うと、サハギンチーフの身体を蹴りつけた。
綺麗に放物線を描き飛んでいくその身体は、海に沈んでやがて見えなくなる。
「ついてこい。汚ねぇ場所だが、連中に見つからない場所がある」
「ありがとうございます。でも、その前に」
言って、明はビルの物陰へと視線を向けた。
「俺の仲間も一緒にいいですか? その中には、龍一さんが会いたくない人もいると思いますけど」
あの子から逃げないでくださいね? と念を押す明のその言葉に、龍一は明が誰を連れているのか察したのだろう。
大きなため息を吐き出すと、
「勝手にしろ」
と顔をそむけたのだった。
◇ ◇ ◇
明達が龍一に連れられた場所は、横浜市内の郊外に位置するとある民家のガレージの中だった。
恐らく、ここが龍一の拠点なのだろう。かび臭い倉庫のようなガレージの中にはベッド代わりの皮張りのソファが運び込まれていて、薄い毛布がだらりと床に落ちている。床の上には酒瓶や菓子パンの袋といったゴミが散乱していて、お世辞にも彼が慎ましい生活を送っていたとは思えない惨状だった。
「うわ、ゴミだらけ」
とその惨状を目にした彩夏が呟く。
龍一は、そんな彼女の言葉には耳も貸さず、さっさとソファへと足を向けるとどかりと腰を下ろした。
「…………それで、何を話したいんだ?」
「その前に、何か言うことがあるんじゃないのか?」
龍一の言葉に答えたのは奈緒だった。
奈緒は、柏葉に連れられた蒼汰へと目を向けると言葉を紡ぐ。
「この子に、何か言うことがあるんじゃないのか?」
その言葉に、龍一は蒼汰へと目を向けた。
蒼汰は龍一を見つめていた。何かを言いたそうに、口を何度か開いてはまた閉じて、そして何かを期待するような目で龍一を見つめている。龍一と合流し、この場所へと案内される道中ずっとだ。彼は、龍一から掛けられるべき言葉を待ち続けていた。
龍一は、そんな蒼汰から視線を外すと小さく呟いた。
「……ねぇよ。何もない」
「何もないって、あのねぇ!」
龍一の言葉に彩夏が噛みついた。
龍一は、その言葉に小さくため息を吐き出す。
「アンタらがしたい話ってのは、それだけか? だったら、俺に言えることは何もねぇよ」
言って、龍一は明達の顔を順に見つめる。
「文句を言いたいから、アンタらは俺を探していたのか? だったら、好きに言え。気が済んだら帰れ。もうここには来るな」
「ッ、アンタねぇ!」
「やめろ、花柳」
声を荒げた彩夏を明が制した。
「言いたいことは分かるけど、今回、俺たちがあの人を探していたのは文句を言うためじゃない」
「っ、そうだけど!」
彩夏はそう言うと、唇を噛みしめた。
明は、ついで奈緒へと視線を向ける。
「奈緒さんも。そうでしょ?」
「…………分かったよ」
奈緒は明の言葉に小さく呟いた。
明はそんな二人の様子にガシガシと頭の後ろを掻いた。
彼女たち二人の怒りも分からなくもない。
何せ、龍一はここに来るまでずっと、蒼汰へと一度たりとも視線を向けなかったからだ。奈緒や彩夏、柏葉がどうにか親子の間を取り持とうと会話を広げていたが、龍一はその会話に取り合おうともしなかった。
それもあってか、すでにもう柏葉の龍一に対する評価は最悪だ。
彼女は、眉間に皺を寄せたまま龍一の顔を冷めた表情で見つめ続けていた。
(……このまま、話し合いなんて出来そうもないな)
彼女たちだけではない。
蒼汰が近くに居れば、龍一の機嫌も悪くなる。下手をすれば、聞きたい情報にも答えてくれないかもしれない。
仕方ないな、と明はため息を吐き出した。
「柏葉さん、すみません。蒼汰をお願いできますか? どうやら、蒼汰がいるとあの人と話しも出来ないみたいだ」
「分かりました。……行こ? 蒼汰くん」
頷き、柏葉は蒼汰の手を引く。
蒼汰はちらりと龍一の顔を見つめると、また何かを言いたそうに口を開いて、けれどやっぱり何も言わず、名残惜しそうにその場を後にした。
明はその様子を見つめて、ついで奈緒と柏葉へと瞳を向ける。
「奈緒さんと花柳は、あの二人を守ってくれ。龍一さんはここが安全だとは言っていたけど、適度に『索敵』を使いながら周囲を警戒してくれると嬉しい。念には念を入れるに越したことはないからな」
「「……分かった」」
不承不承、といった体で奈緒と彩夏は頷いた。
彼女たちは龍一へとその瞳を向けて、文句を言いたそうに視線を鋭くさせたが何も言わず、柏葉達のあとを追ってガレージから出て行く。
そうして、ガレージの中に残ったのが二人になったことを確認すると、明は呆れた表情となって龍一を見つめた。
「これで満足ですか?」
「まあな。あの姉ちゃんたちは怖いな。俺を親の仇とでも言いたそうに見ていた」
言って、龍一は床に落ちていた瓶を拾った。酒瓶のようだ。ラベルには日本酒の銘柄が書かれている。
龍一は蓋を開けると、その中身を口にする。
「あながち間違っちゃいないでしょ。アンタは蒼汰を捨てたんだ」
「…………まあな」
龍一は呟くと、口元を拭った。
それから、床に落ちていた別の瓶を拾い上げると明へと投げ渡してくる。
「飲めるか?」
「飲めますけど、今はいらないです」
「そうか」
呟き、龍一は再び酒瓶に口を付ける。
そうして、数秒ほどの沈黙を挟むと再び龍一は口を開いた。
「最初の質問だ。アンタら――いや、アンタは何者だ」
「俺が何者なのかを話すには、そうですね。俺の力について、まずは話さないといけない」
「力?」
「ええ。あなたと同じですよ。俺も、固有スキルを持ってる」
言って、明は『黄泉帰り』スキルのことについて龍一に語った。
龍一は驚いていた。同時に、明がサハギンチーフを圧倒した理由に納得もしたようだ。「はっ、だからか」と小さく笑っていた。
明は、そんな龍一の様子に頷くと言葉を続ける。
「ここからが本題です。まず俺はこの件に関して、二度、死んでいる」
ピクリと龍一の頬が動いた。
彼の興味が明へと注がれる。
「リリスライラに殺られたか?」
「違います」
明は首を振って否定した。
「あなたの息子に殺されました」
「…………詳しく聞かせてくれ」
龍一は冷静だった。いや、冷静というよりかは、おそらく。明の言葉で何かを察したのだろう。彼は小さく唇を噛むと、明の瞳を見つめていた。
「最初のループは、何も分からずただ状況に流されました」
明は、その瞳を受け止めながらこの街で体験したことを龍一に言って聞かせる。
「あなたが蒼汰を見捨てた――いや、隠した理由も分からず、ひとまず蒼汰の父親を探すことを目的に、この街へと足を踏み入れた。結果的にあなたと会うことは出来ましたが、あなたは蒼汰を連れた俺に向かって、『街から出ていけ』と言って取り合おうともしなかった。その理由も分からず、俺たちは消えたあなたを探して、そして」
言葉を一度区切る。
「リリスライラの連中に出会った」
その言葉に、龍一は大きなため息を吐き出した。
「蒼汰はどうなった」
「守り切れず、化け物に変えられました」
「やはり、そうか」
「ということは、やっぱりあなたは知っていたんですね。蒼汰がリリスライラに狙われていることを」
「当たり前だ。でなきゃあ、あの子を街から連れ出したりしない」
言って、龍一は酒瓶を呷る。
「リリスライラの連中から、あの子を取り戻したのは俺だ。その足で、あの子を街の外に連れ出して隠した。二度と、連中に見つからねぇようにな」
やっぱりそうか、と明は思った。
状況からして、龍一が蒼汰のことを知らないはずがない。でなければ、蒼汰を隠す理由がどこにもないからだ。
「それで、化け物に変えられた後はどうなった」
「どうにも。俺は蒼汰に殺されて、過去に戻った。そこから、俺はあなたと同じ考えに至った。リリスライラの連中に見つかり、蒼汰が化け物に変えられるのならば、蒼汰を連中に見つからないようにすればいい」
龍一は頷く。
その顔を見つめて、明は言う。
「三日だ。今日を入れると、残り一日しかない。それが、タイムリミットだった」
「……? どういう意味だ」
「明日の深夜、蒼汰は化け物に変わる。それが原因で俺はまた死んで、そして今ここにいる」
「…………は? ……なん、で。リリスライラの連中には出会っちゃいねぇんだろ? あの似非神父には会っちゃいねぇんだろ!? それなのに、なんでまたあの子が――」
「あの子に埋め込まれた、魔王の身体の一部。それが今でもあの子を蝕んでいるからです。その身体の一部が、あの子をモンスターに変えてしまう」
彼の手からずるりと酒瓶が落ちていく。落ちた酒瓶は床にあたって砕けて、中身と破片を周囲に飛び散らせた。
明を見つめた龍一の瞳が、大きく揺れていた。
感情が抜け落ちたその表情は、まるで人形のようだ。血の気が引いて、青を通り越して白くなったその顔からは、今までの余裕が無くなっていた。
「…………それじゃあ、なんだ。お前は、こう言いたいのか。あの子は、どう足掻いても化け物に変わる運命にあるって、そう言いたいのか」
「そうは言ってません。……ですが今の状況は、俺一人ではどうしようもないのは確かです」
だから、と明は言う。
真っすぐに彼の瞳を見つめて、彼を探した理由を口にする。
「あの子を救うためにも、あなたの力を貸してください。あなたが知っていることを、何でも良いんです。俺に教えてください」
沈黙は数分ほど続いた。
龍一は、明の話をゆっくりと噛み砕くように飲み込んで、その話の衝撃から立ち直ろうとしているようだった。
やがて、のろのろとした動作で近くにあった別の酒瓶を手にすると、その中身を呷り、口を開く。
「…………お前らは、リリスライラのことをどこまで知っている?」
「魔王ヴィネを復活させる、あるいはそのヴィネに願いを叶えてもらうために人殺しを厭わない連中――というぐらいしか」
「間違っちゃいない」
言って、龍一はシャツの袖を捲った。
「けど、合っているとも言えない」
捲り上げられた袖の下に、刻印が浮かんでいた。
「ッ、それは」
予想だにしなかったその刻印を目にして、明の息が詰まった。
彼の腕に浮かんでいたもの。
それは大きな目と、塔のマークだった。
違いがあるとすれば、アーサーやあの仮面の連中に付けられていた刻印は黒くはっきりとしたものだったのに対して、龍一が身に付けた刻印は白く変色しているという点だろうか。
それ以外は、明は幾度となく目にした連中が身に付けた刻印とまるで同じ。
リリスライラの信者であることを示す刻印が、彼の腕には浮かんでいた。
「俺は、元リリスライラだ」
小さな声で龍一は呟く。
「だからこそ、アイツらのことは良く知っている」
呟いて、龍一は明を見つめる。
「アイツらは――――この世界の人間じゃない。モンスターと同じく、この世界を侵略しようとしてきた異世界の人間なんだよ」




